第2話 卒業式
念の為もう一度言っておくが、僕はモテない。
「彼女いたってことは、モテてるじゃねーか!」
というツッコミをもらうこともあるが、これは決して「モテた」部類には入らない。いや、以前の僕なら多分同じツッコミを入れてたと思うが、そうじゃないのだ!
僕にとってこれは、れっきとした失敗体験なのだ。
僕の中学生活……個人的にはたくさんの忘れられない思い出があるが、取り立てて話すような事もない平凡な毎日だったと思う。
強いて言えば一度だけ、「他校との抗争」ってものに巻き込まれたことがあった。
本当にくだらない話なので詳細は省くが、3年生になってすぐの頃、同じ市内の中学と一部の不良男子がモメて、「双方の男子生徒を集めて決闘を行う」という
「これはもはや学校同士のプライドをかけた戦争だ!」
とか、
「この戦いに参加しない奴は今後、この中学の男子を名乗る事を禁ずる!」
だとか、訳のわからない扇動と共に、
結論からいうと、この抗争イベントは自然消滅した。
当然だが、こんなアホな話に積極的に乗っかってくる奴なんてほとんど居なくて、当事者の不良グループの中にこの「校内の白けた空気」を覆す程のカリスマ性を持った者もいなかった。
その結果、決戦のXデーは「いつもの穏やかな日曜日」として何事もなく過ぎ去っていったのだ。
ただ、僕はと言えば、このXデー当日が過ぎるまでは、本っ当に生きた心地がしなかった!
と言うのも、僕はこの抗争、「参加確定メンバー」として名を連ねていたからだ!
先に言っておくが、僕は不良グループの一員でもなかったし、最後にケンカらしきものをした記憶があるのは幼稚園の頃だ。アウトローとは無縁の人生であるし、これからもそう有りたいと願っている。
そんな僕が参戦を余儀なくされたのは、同じテニス部で仲の良かったピロリンこと
ピロリンは普段からその不良グループのメンバーと交流があって、今回の抗争も「当然のように参加する流れ」になってしまって、後に引けるような状況ではなかったらしい。
そんなピロリンから、
「頼むリンリン、最低でも1人あたり10人の兵士集めるのがノルマなんだよ…!
できねーとマジでボコられる…一生のお願いだ!マジで…頼む!」
と半泣きで土下座までされた手前、断りきれなくなった。
さすがに最前線で殴り合い、のような事は御免だったが、
「俺らは後方支援組で、ヤバくなった時のサポート役だから、マジでヤバくなるような事はないから!」
との事だった。まあ「ヤバく」ってのが具体的にどんな状態の事を言ってるのかはわからなかったが、多分ピロリンもわかってないので、それ以上は聞かなかった。
ちなみにピロリンもまた、不良ではない。恐らくケンカも強くない。ただ、ちょっとヤンチャな性分なのと、すぐにカッコつけたがる性格なので、不良グループの連中ともコミュニケーションはとっていた。この時は完全にその性格がアダとなった形だ。
しかしその後しばらくしても、日付以外の具体的な集合場所や時間は知らされぬままだった。
後で逆恨みされるのも嫌なので、前日の夜に念の為ピロリンにLINEしてみたところ、
「いや実は俺も何も聞いてないんだが…つーか、今週入ってから誰もその話に触れない空気になってる…。
正直、俺はこのままスルーしようと思ってる。」
との返答があり、結局どうしようもないので僕もそのままスルーすることにした。
後で聞いた話だが、結局両校で具体的な取り決めがなされないまま、なんとなくウヤムヤになったらしい。……なんじゃそりゃ。
こうして僕の中学生活最大のピンチは、何事も起きないまま終わりを告げた。
それ以外、取り立てて武勇伝もない。部活も最後の大会は2回戦で敗退だったし、大して悔しさも感じないまま、普通に引退した。
そんな凡人オブ凡人ズの僕にドラマが起きたのは、中学生活最終日……卒業式の日だった。
卒業式を滞りなく終え、各クラスに分かれての最後のホームルームも終わり、それぞれが思い思いに友人との別れの時を過ごしていた。
女子は結構泣いていたが、男子は僕含め、割とドライだった。まあ、みんな会おうと思えばすぐに会える場所に住んでる訳だし、
「なんで女子が泣いてるのか理解できない」
というのが男子一同の見解だ。
僕も仲の良い友人たちとひと通りのコミュニケーションを終え、多少の感慨深さを覚えつつ、程よい頃合いで校舎を後にすることにした。
その夜は家族が「卒業祝い」を催してくれるということで、さすがに中3にもなると照れ臭さもあったが、ご馳走が食べれる喜びと、家族仲も良いほうだったので、素直に嬉しい気持ちもあり、僕の頭の中はすでにそっちモードに切り替わりつつあった。
下駄箱を通り抜け昇降口を出ると、外にはまだ多くの卒業生や下級生たちが滞留していた。
その人混みの中で一際目立った存在がいた。サッカー部の部長だった星野君だ。
星野君は制服の前ボタンが全て無くなっており、開けた学ランから白いYシャツが露わになっていた。……すげえ、さすがは学年一のモテ男、星野君。てゆーか制服のボタンが全部無くなる奴なんて、ホントに居るんだ…?
あのボタンを貰った女子たちは、星野君に告白とかしたのだろうか?それとも、ボタンさえ貰えれば満足とか?第2ボタンは誰がGETしたのだろう?早い者勝ちだったのか、それともやはり本命の彼女だろうか?星野君に彼女が居るという話は聞いた事がないが、あれだけのモテ男に彼女の一人や二人、居ても不思議ではない。
そんな事を考えながら、僕は校門を通過した。てことは、僕が中学生活の最後に考えていたことは、一度も口を聞いた事のないモテ男、星野君の制服のボタンの事だったことになる。
同じ部活の連中は自宅の方向が違っていたので、校門を出た直後からの帰り道はいつも1人で帰っていた。
いつもと変わらぬ通学路を歩く。3年間通い慣れた通学路も、今日で最後。毎朝袖を通したこの学ランも、家に着いて部屋着に着替えたら、もう着ることは無いかも知れない。
そう思うと、普段と全く変わらない景色や物に、何とも言えない特別な感情を覚えた。
住宅街を歩き、自宅まで5分ほどの所にある小さな公園の前に差し掛かった時だった。
「…あっ…の、小室くん…!」
突然、誰かに後ろから呼び止められた。
え、僕…?…女子の声…?
半身だけゆっくり振り返ると、2年生の時に同じクラスだった、
そのすぐ後ろには、吉田さんと同じ吹奏楽部だった佐野さんもいる。
「ごめん、ちょっと、いいかな…?」
え…なに……??
一瞬固まってから、急に動揺に襲われ、キョドって周囲を見回してしまった。ここら辺は常に人通りの少ない住宅街だ。いまは僕ら以外、視界には誰も居ない。
声を掛けた側であるはずの向こうも、なんか少しテンパってる。
「えっと、ちょっとあっちに来て欲しいんだけど…。」
公園の中…?一緒に来いってこと…?
僕の返答を待つことなく、佐野さんが吉田さんに声をかけた。
「カナがんばってね…!私、こっちで待ってるから。」
佐野さんは着いて来ないらしい。このまま道の真ん中で固まっている訳にもいかず、公園の中に入る以外の選択肢がない。
てゆーか、これって……もしや…。
そう思った途端、僕の中にいる小室凛が、全員でテンパり始めた。
ヤバイ、どうしよう?どうすればいいの??どう振る舞えば良いのか全くわからん…!顔が引きつる…!
ヤバイ、すげえテンパってる…てか、いま知ってる奴が通りかかったらどうなんの??
頭も心も全く整理が付かない内に、とりあえず公園の隅まで先導された。
とりあえず、ここなら道路から死角になっているから、知り合いが通り掛かっても気付かれづらい。万が一誰かが来ても、入口で見張ってる佐野さんが合図をくれれば、誰かに変な目撃のされ方をされる心配もないだろう。
何だかずいぶん段取りが良い。変な例えだが、巧妙に仕掛けられた
そんな具合に、頭の中では色んな言葉や気持ちが順不同に駆け巡ってるけど、実際は僕はここまでの間、「え」とか「うん」とか、その程度の言葉しか発してない。
ただ、テンパってることだけはどう見ても悟られてるだろう。
いや、向こうももしかしたら、こっちの精神状態に気を回せるほどの余裕はなかったかも知れない。
平日の物静かな住宅街に居ることを忘れてしまいそうになるほど、自分の心臓の音が聞こえてくる。よく分からないが、このまま稼働し続けたらブレーカーが落ちる気がする。
「えっと、急にごめんね…。」
ふうっ、っという大き目のため息の後に続き、吉田さんが口を開いた。
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