第17話 自信

「私が思うに、やっぱり自分に自信がない人はダメかなあ」


「自信…ですか?

それってやっぱり、得意な事とか、人に自慢できる事があるとかっていうことですかね?」


 いきなりの一般論でちょっとだけガッカリな気もしたが、僕はせっかくなのでこの話をもう少し掘り下げてみようと思った。


「う〜ん、得意なことか。確かにそういうものがある方が、自分に対する自信は持ちやすくなるかもね。

だけど、そういうものを持っていても自分に自信が無さそうな人もいるし、逆にそういうものが無くても自分に自信がありそうな人もいるよね?」


「得意な事がなくても自信がある人…」


「そうね、例えば、ものすごくサッカーが得意な人がいたとするじゃない?それこそ将来プロになれるかも知れないくらいの才能と技術を持っていたとして。

そうだなあ…さらに、見た目もイケメンだとしようか?」


「そりゃーモテるわ」


 カジの言うとおり、僕もそう思う。卒業式で学ランのボタンが全てなくなったサッカー部の星野君なんかはまさにそれだ。


「だけど、例えばもしその人が、その才能をひけらかして自慢ばっかりしたり、周囲の人のマウントを取るようなタイプだったとしたら?

もしくは、試合のプレッシャーとかでいつもカリカリして余裕なくて、周りの人にトゲトゲしい態度を取るようなタイプだったとしたら、どうかなあ?」


「ああ、そりゃあダメだわ。女子どころか、男子からも嫌われるね」


「裕ちゃん、さっきと言ってること真逆だけど?フフフ」


「なるほど…」


 何だか、今の話は今までモヤモヤしていた事への扉が少し開いたような気がする。


「確かに、そうなるとスポーツが得意とか、勉強が得意っていうのはモテるための必須の条件ではなくなりますね…」


「そうね、いま言ったようなタイプの人って、結局のところ、実は自分に自信が無い人なんだと思うんだよね。

人からマウント取って優越感を感じたり、プレッシャーを自分で受け止めきれずに八つ当たりみたいな事したり、そういう事で埋め合わせをしないと、自分の心を支える事ができないのかもね」


「ああ〜うんうん。わかるわ〜」


 カジが斜め上を見ながら頷いている。恐らく、思い当たる人物の事を思い浮かべているのだろう。


「反対に、例えば今は人に自慢できるような得意な事がなくっても、何か目標を持って頑張っていたり、心に余裕があって、その余裕を人への思いやりとか、誰かを励ましたりとか元気にさせたりとか、そういう事に使える人って、きっと自分を信じる気持ちがあるからできるんじゃないかな。

私なら、そういう人って素敵だな〜って思うかな」


 それを聞いた瞬間、僕は思わずハッとした。


「…今の話、メチャクチャ刺さりました…」


 思い返せば、僕は吉田さんと付き合っていた時は真反対の人間だったと思う。

 彼女は吹奏楽という打ち込めるものを持っていたが、僕は部活もやってないし、他に何か目標を持って頑張っていたことも無かった。

 それに、僕は彼女の部活に「自分が合わせてあげている」って考えていたけど、応援なんてしてあげたことは一度でもあっただろうか?

 もしかしたら、悩みやグチを聞いて励まして欲しかったこともあったかも知れない。

 繭子さんの言ったことに当てはまる事なんて、ひとつも無かった。


「そりゃ、振られるわな…」


 僕は思わず声に出した。


「まあでも、これは私個人の意見だから、必ずしもみんなに当てはまるわけじゃないと思うよ?

あ!ほら2人とも、ケーキ食べよケーキ、ね?」


 何かを察したように、繭子さんがフォローを入れてくれる。こういう気遣いができるところも、やっぱりモテる要因なんだろう。


「うん、食べよう食べよう!いただきま〜す」

「えっと、じゃあ遠慮なく。いただきます」

「あたしも、いただきま〜す」


 3人揃って、それぞれのケーキを口に運ぶ。


「裕ちゃんのもひと口もーらい!」

「あ、ずりい!じゃあ俺も!」


 なんだかだんだんとこの2人のイチャつきにも慣れてきた。もはやカジも開き直ってきているような気がする。


「ん〜!おいし〜!」


 繭子さんは目をギュッとつむって、本当に幸せそうな顔で感想を漏らした。

 こんなんもいちいち可愛い。


「あのさ、ちょっと俺から質問いい?」


 ケーキを頬張りながら、カジが口を開いた。


「さっきの話、確かに俺も納得する部分は多いけどさ、それって結局『だがイケメンに限る』みたいな事ってないの?」


 確かに、これはなかなかスルドイ質問な気がする!さすがカジ。


「あ〜、よく言うよねソレ。う〜ん、どうかな〜?確かに、見た目重視の子もいるかな〜」


「だとすると、結局顔かい!ってことにならない?」


「ん〜…正直、見た目は関係ない、とは言い切れないかなあ。むしろ大事かも」


「やっぱ、そうなんですね…」


 見た目120点の繭子さんに言われると、やっぱりズッシリ来るものがある。


「でも、ルックスって生まれつきの顔で決まる部分のほうが少ないと、私は思ってるよ?」


「え〜、そうかなあ!?俺はぶっちゃけ、見た目だけはDNAでほぼ勝負がついてるから、見た目で勝てなかったら中身で勝負するしかないと思うけど」


「ふ〜ん、凛くんはどう思う?」


「えっ?う〜ん、そうですね…。確かに、生まれつきの差は、埋めようが無いんじゃないかと思います」


 僕はカジの意見に賛同した。

 さらに本音を言えば、生まれつきの美しさを持つ繭子さんには、見た目のコンプレックスで悩んだ経験なんてそもそも無いから、だから「生まれつきの顔は関係ない」なんて言えるんじゃないだろうか。


「…なんかスイマセン」


 当然本音は隠しつつ、だけど繭子さんには反論した形になるので思わず謝罪してしまった。


「いいのいいの。ディスカッションをする時はあえて反対意見をぶつけたほうが、最終的にはより良い結論に辿り着く、って大学の先生も言ってたし」


「確かに…全員の意見が一致してたら、それ以上何も出てこなくなっちゃいますね」


「でもなあ…どんなに議論しても、やっぱり見た目の差だけは生まれつき決まってると思うんだよなあ。

まあ、整形とかって手もあるけどさあ」


 カジの言うとおり、顔を変えるなら整形という手段もなくはない。

 

「う〜ん、そうだなあ…。ちなみに私は整形を否定するつもりは全くなくて、それを必要とする人やそれで救われる人もたくさん居ると思うよ。

ただ、私が言おうとしている話とは、またちょっと違う切り口の話になっちゃうかな」


「じゃあもうお手上げだな」


 そう言ってカジは手を上げて見せる。


「ホントにそうかなあ?じゃあ2人に聞くけど、2人が思う見た目の良い悪いって、何を見て判断してるの?」


 そんなこと、考えた事もなかった。


「まあまず顔だな」


「うん、あとは?」


「あと…体型とかですかね?」


「そうだね。他にはどう?」


「んん…?他になんかあるか…?凛、なんか思い浮かぶ?」


「いや…わからない…」


「ええ〜ホントに〜!?

じゃあヒントね。もし世の中の人が全員ボウズ頭で、そのうえ裸で生活してたとしたら、見た目は顔と体型だけで決まるかもねえ」


「あ…髪型…!」

「あと、服装か」


「ピンポーン!って、まあヒントというかほとんど正解言ったようなもんだけど。

あと、身に着ける物でいうとメガネとかアクセサリーとか帽子とかバッグとか、そういうのも影響するよね」


 そう考えると、今まで「見た目」って一括くくりで考えてたけど、色んな要素が合わさって成り立っていたんだってことがわかる。

 なんだかだんだん授業のようになってきたけど、こんな美人教師からモテるための授業を受けられるなら、毎日喜んで出席するのに。


「じゃあ…他にはどうかな?」


「え…!?他…?」

「いやいや、さすがにもう無いだろ!メガネとかまで言われちゃったし!」


「フッフッフ、甘いのう〜ボウヤたち」


 そう言って、繭子さんは人差し指を立てて不敵な笑みを浮かべた。

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