第16話 お姉さん

「やべえ…マジで緊張してきた…」


「いや、ホント緊張とかしなくて良いから」


 カジのお姉さんである繭子さんに相談に乗ってもらうことになり、僕はカジと待ち合わせ場所のカフェで繭子さんの到着を待っていた。


 繭子さんは現在大学一年生なので、学年で言うと僕らの4つ上だ。

 卒業した中学は同じだが、僕らが入学すると同時に繭子さんは卒業だったので、校内で直接顔を合わせたことはない。


 それでも、繭子さんはそのルックスから校内ではちょっとした有名人だった。

 僕とカジは1年生で同じクラスだったのだが、入学してすぐの頃に3年生の女子の先輩達が「梶谷先輩の弟が入学してきた」といってクラスを覗きに来たこともある。


 僕は繭子さんとはカジの家で何度か挨拶を交わしたことがあるが、カジがすぐにその場を離れようとするので、ちゃんと話をするのは今日が初めてだ。


「…あのさ、先に言っとくけど、姉ちゃんに会っても引かないでね」


「え?いや、引くも何も、会うのは今日が初めてって訳じゃないし…なんで?」


「いや…まあ…会えばわかると思う…多分」


 一体どういうことだろうか?もしかして、結構性格がキツイ人なのだろうか…?

 もし僕が「モテるってどういう事だと思いますか?」なんて聞こうもんなら、「キモイ」と言われててバッサリ切り捨てられるかも…。

 あんな美人にそんなコト言われたら、しばらく立ち直れない自信がある。


「あ、姉ちゃんからLINE来た…もうすぐ着くって」


「マジか…!ヤバい…ちっと、今のうちにトイレ行ってくるわ」


 あんな美人と会うというだけでただでさえ緊張してたのに、そこに変な疑念まで加わって、僕はかなりのプレッシャーを感じていた。


 トイレから戻って間もなく、店内に繭子さんが姿を現した。


「あ、こんにちは〜。凛くん、ご無沙汰だね〜」


「あ、えと、ゴブサタしてオリマス」


 久しぶりに見る繭子さんのあまりの美しさに、思わずカタコトになってしまった。


 前に会ったのは僕が中学の時だったから、大学生になった繭子さんを見るのは今日が初めてだった。

 白いブラウスにロングスカート、サラサラのロングヘアーをポニーテールに束ねて少し化粧もしているみたいだ。


 高校生の時もそれはキレイだったが、大学生になった繭子さんは少し大人っぽさが増して、もはや直視できないほどの美人になっていた。「お見目麗みめうるわしゅう」とはまさにこのことだろう。

 シンプルな服装やメイクが、かえってその素材が一級品であることを物語っている。


 繭子さんは「よいしょ」と言いながら、壁沿いのソファ席に座るカジの隣に腰掛けた。


「ごめんね〜、遅くなっちゃって!」


「あ、いえそんな!こちらこそ今日はすいません」


「ううん、全然大丈夫、今日はもともと空いてたし。

あ、とりあえずあたしも飲み物買ってくるね」


 カウンターで注文するタイプのカフェだったので、そう言って繭子さんはレジカウンターへ向かった。


「カジ…お姉さん、大学生になってますますキレイになってるな…!

さっき言ってた『引くな』って、もしかして美人すぎて引くなってこと?」


「違うし!

まあ、なんつーか、ちょっと変わってるんだよ。分からなかったら分からなかったで、別に気にしなくて良いから」


 う〜む、美人すぎること以外、何も違和感は感じなかったぞ…?

 は!もしかして、実はああ見えてホントは女性ではないとか!?……いや、まさかね。


「お待たせ〜。

自分だけ食べるのもアレだから、2人の分のケーキも買ってきちゃった。良かったら食べてね」


「あ!すいません!ありがとうございます」

「おお、ありがとう」


「ご遠慮なく〜」


 とりあえず、僕らも元々買ってあった自分たちの飲み物をひと口含んで落ち着いた。

 さて、何をどこから話せば良いものか…。


「…えっと、それで本日、お時間を頂いたのはですね、その、何と申し上げますかというと…」


 僕がしどろもどろに話始めると、繭子さんが「プフっ」と吹き出した。


「アハハ、いやゴメンね。なんか、新人の営業マンみたい」


「え…!いや、なんかすいません!だとしたら、絶対買ってもらえないですね」


「いや、売るつもりだったんかい!?アハハハハ」


 繭子さんが砕けた空気を作ってくれた。さすがカジの家族だけあって、やっぱりお姉さんもとても接しやすい人なのだ。

 そりゃあ、モテるわけだ。


「いやゴメンね話の腰折っちゃって。

あ、ちなみに今日の話だけど、事前に大体のことは裕ちゃんから聞いてあるから」


「あ、そうなんですね?」


 ゆうちゃん?ゆうちゃんて誰だっけ?


「ゔ、ゔぅん!」


 するとカジが突然、ノドを鳴らした。


「あのさ姉ちゃん…家の外でその呼び方すんの辞めてって、いつも言ってるじゃん?」


「え、なんで?良いじゃん別にいつも通りで。普段呼び慣れない呼び方するのヤだよ。

裕ちゃんこそ、普段どおり繭ちゃんでいいよ」


(……??これは一体…?)


 つまり、ゆうちゃんの「ゆう」は裕介の裕、カジのことか。で、カジは普段繭子さんのことを繭ちゃんと呼んでいると…!?


「ちょ、マジ言うなってそれ…!」


 カジが顔を真っ赤にして慌てている。そう言えば、隣同士で座る2人の距離がやけに近い。というか、完全に密着している。

 ウチにも妹がいるが、少なくとも普段あんなに密着することはない。というか、小学校高学年あたりからは指一本触れていない。


「フフフ、照れてるのかい?相変わらず可愛いヤツよのう〜!」


 繭子さんはからかう様に言うと、カジの腕に自分の腕を絡ませた。


「ああ〜、もう最悪だ…だから会わせたくなかったんだよ…」


「えっと…仲いいんですね、ハハハ」


 どうやら、カジの言っていた「引くな」というのはこういう事らしい。


「でしょ?姉弟なんだから、仲が良いに越したことはないよねえ?

裕ちゃん、家族だけなら平気なのに外だとすごく嫌がるから、お姉ちゃん寂しくなっちゃうわ」


 繭子さんはあえてセリフのような言い回しをしつつ、カジの肩に頭を乗せた。


「いやあ、ウチも妹がいるんですけどホント生意気で。羨ましいですよ」


 そう言いながら、妹の結と自分が腕を絡ませている姿を想像してしまった…。正直、気持ちが悪い…。

 羨ましいと言いはしたものの、それは相手が繭子さんだから成立する話である。てゆーか実の姉とはいえ、こんな美人と腕を組めるなんてマジで羨ましすぎる。


「ああ、死んだ…俺はもう死んだ」


 カジが天を仰いで独り言のように嘆いている。安心しろカジ、この事はマッシーにしか言わないから!


「さあもう俺の事はどうでも良いから、屍だと思って2人で話を進めてくれ…」


「ええ〜?じゃあ、裕ちゃんのケーキあたしが食べちゃおっかな〜」


「……いや、ケーキは食べたい…」


「むは〜!可愛いやっちゃ!」


 繭子さんがカジの肩に頭をスリスリしている。僕は一体、何を見させられているんだろう…。


「あのう…」


「あ!ごめんごめん!ついいつものノリで。アハハハ」


(いつもこんな感じなのか…)


「ちゃんと参加するので、話を進めてください」


 観念したように、カジが促す。繭子さんは「了解で〜す」と言いながら飲み物をひと口含んで、姿勢を正した。


「では本題に入りましょう!

まず、私が聞いたところによると、凛くんはアレなんだよね…彼女さんとお別れしてしまって、それで、自分を見つめ直してるっていう感じなんだよね…?」


「えっと、はい、まあそんな感じですかね」


 彼女と別れて自分を見つめ直してる、って言われると、まあその通りなんだがメチャクチャカッコ悪い気がしてくる。


「それ、すっごい良いと思うな〜!やっぱりさ、自己研鑽できない人って、何事もダメだと思うんだよ。

凛くんは、モテるようになりたいんだよね?

そうやって自分を磨いていけば、絶対モテると思うよ〜」


 繭子さんの口から出た「絶対モテる」という言葉に、かなりドキッとしてしまった。別に、「今モテる」と言われた訳ではないのだが。


「その、モテるようになりたいというか、もし自分がもっと男として魅力があったら、彼女を他の男に取られることも無かったんじゃないかと思いまして。

そういう事を考えてたら、そもそもモテるってどういう人のことなんだろう、って所から疑問に思ったんです」


「う〜ん、なるほどねえ。なんか哲学だねえ」


「まゅ…えっと姉ちゃんは、モテる男の条件って何だと思う?」


「う〜ん…」


 カフェラテをすすりながら繭子さんが思案する。それだけで画になるというか、まるでCMのワンシーンみたいだ。


「私が思うにだけど…」


 いよいよ繭子さんの意見が聞ける。こんな美人が思う「モテる男の条件」…一体どんなだろうか?

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