第15話 問題提起

「あのさ、モテるって結局どーゆーことだと思う?」


「ごめん、全く話が見えないんだけど!」


 僕のあまりにも脈絡のない質問に、カジがもっともな感想を返してきた。


「突然『相談したいことがある』なんて言うから、俺はてっきりほら…まだ傷が癒えてないのかと」


「いやあ、まあ確かにめちゃくちゃヘコみはしたけどさ、一ヶ月たってようやく気持ちも落ち着いてきたよ。

あ、お菓子頂きます」


 僕はカジのお母さんが出してくれたマドレーヌに手を伸ばした。そーいや前に来たときは、あまりのショックにひと口も手を付けずに帰宅したっけ?


「どうぞ、遠慮しないでどんどん食べてね。

ちなみに私は凛くんモテると思うけどなあ」


「え、そうっすか…?カジママにそう言ってもらえるなんて光栄です」


 カジママというのは、僕ら仲間内でのカジの母親の愛称である。

 カジママはとても若くてキレイで親しみやすく、一度でもカジの家に来た友人はほとんどがファンになる。いちいち「カジのお母さん」と言うのが煩わしくなり、いつの間にか「カジママ」と呼ばれるようになった。

 カジには今年から大学生になったお姉さんも居るのだが、カジママは大学生の娘がいるようにはとても見えない。さらにそのお姉さんというのが、これまたカジママに似て超美人だったりする。まったく、羨ましい限りである。


「いや、てゆーか男子高校生の会話に自然に入ってこれるメンタル、もはや尊敬に値するわ」


「リビングで話してたらそりゃ入るよ。ここ私んちだし」


 普段はカジの部屋に上がることが多いが、お姉さんが居ない日はこうしてリビングにお邪魔させてもらうこともよくある。

 僕やマッシーはお姉さんが居るときでもむしろ大歓迎なのだが、カジ的にはお母さんはOKでお姉さんはNGなのだ。

 ちなみに今日はマッシーは予定があるということで来ていない。


「ったく…。んで話を戻すけど…モテるとかナントカって?

あ、2階行って話す?」


「いや、このままでお構いなく」


 僕はこのままリビングで話をすれば、カジママから女性の意見も聞けるかも知れないと思った。


「あれから色々考えててさ。なんでカナは俺のことを振ったんだろうな、って。

部活が忙しくて男と付き合う余裕がないというだけで、単に別れて終了っていうのならまだ仕方ないんだけどさ、同じ部活とはいえ結局いま別の奴と付き合ってるわけだし。」


「うん、まあ確かに納得いかないトコではあるよな」


「そう考えると、部活が忙しいとかって以前に、自分になにか振られる原因があったんじゃないか、って思うんだよ」


 ちなみに、僕に彼女ができたことも、二ヶ月前にその彼女と別れたことも、カジママは知っている。


「うは〜、凛のそーゆーとこ、ホント尊敬するわ。俺が同じ立場だったら、100パー相手が悪い、で終わってるけどな〜」


「ホント、凛くんエライわ。ウチの子にも見習って欲しいもんだわね〜。そこが成績の差にも表れてるってことかしらね?」


「そういう一言が子供のやる気を奪うんだと心得て欲しいもんだわね!

で、なんでそれがモテるだとかの話につながってくるわけ?」


「鈍感ねえ〜。そーゆーときは、モテて見返してやろう!って思うものなのよ。そうやって男も女も磨かれていくのよ。

私もあったな〜、そーゆーの」


 カジママはそう言って遠い目をしているが、残念ながら違う。


「いや、そーゆー訳じゃないんですが」


「え、違った…?」


 カジママがテヘ、と言って首を傾げる。ぶっちゃけカワイイ。カジは呆れ顔で無視している。


「まあ、近いものはあるのかも知れないですけど、僕にとって今回の出来事はめちゃくちゃ大きな失敗体験で、必ず何か原因があるハズなんですよ。そこをちゃんと整理しとかないと、次に進めない気がして…」


「マジか〜」

「はあ〜ホントエライわ」


「いや、そんなんじゃないですけど」


 2人から感心されて、僕は思わず照れた。


「えっとそれで…確かに向こうは部活やっててこっちはやってないとか、そーゆーとこですれ違いとかもありましたけど、それは別れる原因にはなっても、他の男に心変わりする原因にはならないと思うんですよ」


「なるほど〜」

「まあ確かに」


 カジとカジママがテンポ良くリアクションする。なんだかんだで、この2人は息ピッタリなのだ。


「それで思ったんですけど、結局のところ、こっちより向こうの方が男として魅力的だった。ただそれだけの事だったんじゃないか、って考えたほうが、悔しいけどよほどシックリきてしまって」


「それはキツイな…」

「キツイかも知れないけど、本質かもね」


 ため息混じりに、2人はそれぞれ感想を漏らした。


「じゃあ、もし俺がもっと魅力的な、モテる男だったとしたら、カナは部活が忙しくても別れたりしなかったのだろうか…?

とか考えてる内にふと思ったんですけど、そもそもモテる男って、なんでモテるのかな?って」


「そりゃ、顔がカッコいいとかスポーツができるとか、そんなんじゃない?」


 カジが一般論を述べる。


「うんまあ、俺もそれはそうだと思うんだけど、そんな単純なことでもないんじゃないかと思ってさ、それで、誰かの意見を聞いてみたくなって今日相談に来たんだよ」


 僕は、さらに自分なりに考えてみたことを2人に話した。

 吉田さんは最初、僕のことがずっと好きだったと言ってくれた。だけどその時点では、僕と吉田さんとの関係は2年生のときに同じクラスだったという事以外、ほとんどなかった。

 それでも、僕の見た目はもちろん、ある程度の成績とかスポーツができるかどうかとか、そういう事は同じクラスにいれば把握はできる。その上で、僕を好きになったということだ。

 もしカジの言うとおり、ルックスとかそういう単純なことだけで決まるのなら、吉田さんがそう簡単に心変わりすることは無かったはずだが、現実はそうはならなかった。


「う〜ん、なるほどねえ…。確かに、人を好きになるって、単純なようでもっと複雑なメカニズムなのかも知れないね。特に、好きで居続けるっていうのはすっごく複雑」


 多くは語らないが、カジママのそのセリフは妙に説得力があった。


「それで、なんでその相談相手がウチの裕介なの?」


「いや、一応、仲間内で一番モテるのはカジなので…」


「へえ〜、そうなの!?」


 カジママが興味深々にカジに視線を投げかける。


「は?いやいや、俺、全っ然モテなくね!?」


「いや、カジは結構モテるよ」


 実際、カジはモテモテとまではいかないが、女子からはそれなりに人気はあると思う。

 お母さんはこれだけの美人だし、お父さんはすごく忙しい人らしくて実際会ったことは無いが、リビングに飾ってある写真を見ると精悍な顔立ちの男前だ。

 そんな両親を持つだけあり、カジはそれなりにイケメンだ。本人に自覚はなさそうだけど。

 それに、決して学校で目立つ存在では無いものの、明るくて嫌味のないキャラクターも好感度が高い。


「え、待って待って、本人にその自覚がないのに、モテるとかおかしくね?

いつモテた?俺のこと良いって言ってる女子がいるとか!?」


「いや、女テニの佐藤さんとか、明らかにカジのこと好きじゃん」


 女子テニス部のことを僕たちは略して「女テニ」と呼ぶ。いつも練習は隣り合ったコートを使っているが、練習は別メニューなので男子と女子で同じ競技同士としての交流はなかった。

 ただ、佐藤さんは練習の後によくカジに絡んでいて、周りから見たらカジに好意があることは一目瞭然だった。


「はあ〜?いや逆だし!アイツいつも俺につっかかって来るし、多分俺のこと気に食わないんじゃないかな。

何かした覚えは全くないんだけど」


 本人はこんな調子である。カジは鈍感なのだ。他にもカジに好意らしきものを持っていそうだった女子が何人かいたが、カジの鈍感っぷりを見ていると、こっちまでチャンスを逃した気分になってくる。

 一度、カジが女子から放課後に呼び出しを受けた事があったが、「恨みを買った覚えはないし、こーゆーのは無視するのが一番」と言ってスルーしていた。一体何をされると思ったのだろうか?

 周りが「絶対告白だから行ってあげろ」と説得すると、今度は「話したこともないし、好かれる要因が全くない」と言った調子だった。


「あんたも隅に置けないとこあんのね」


「いや、だからねーし!

とにかく、勉強のことは勉強ができるヤツじゃないと教えられないのと一緒で、モテのことはモテるヤツじゃないとわからない。

ゆえに、申し訳ないが俺にその知恵はない」


 手のひらをこちらへ向け、カジがピシャリと断じた。


「だったら、本当にモテる人に相談してみたら?」


「いや、残念ながら自分の周りにそこまでのモテモテ人間はいないので…」


 カジママの提案は確かにその通りなのだが、本当にモテる人などそうは居ない。

 卒業式で学ランのボタンが全てなくなったサッカー部の星野君が思い浮かんだが、会話を交わした事など一言もないし、そんなオカシな事を相談できるような間柄ではない。


「あら、居るわよ?すっごく身近に」


「え、ほんとですか?」


「…それってまさか…」


 カジが苦い表情を浮かべる。


「繭子」


「やっぱそう来たか…」


 繭子さんと言えば…カジのお姉さんだ!

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