第14話 失敗体験
「人生にはな、上手く行くこともありゃあ、上手く行かないことだってある。つまり、成功体験と、失敗体験だな。
ちなみに、人生をより良いものにするために、大切なのはどっちだと思う?」
「…成功体験じゃない?」
「答えは、両方だよ」
「なにそれ、ずりぃ」
これは、僕が中学1年の1学期に交わした父親との会話だ。
小学校の頃は勉強で苦労することなんてほとんどなかったのだが、中学に進学して初めての定期テストで、僕は驚くほどヒドい点数を取ってしまったのだ。
原因は、完全に勉強不足だった。小学校の頃はテスト勉強なんてロクにしたことがなかったし、それでもテストで点は取れていた。だから、中学でも同じスタンスで、テスト前に部活が休みになってもロクに勉強をやらないままテストを受けたのだ。
その日の夜、仕事から帰宅して母親から報告を受けた父親は、自分の元へ僕を呼び付けた。
小さい頃は父に怒鳴りつけられたこともあったが、その頃にはもうあまり怒られることもなくなっていたので、久しぶりに怒鳴られるんじゃないかとビクビクしながら父の元へ向かったのを覚えている。
その時、父が怒鳴る代わりに僕に行って聞かせたのが先ほどの話である。
ちなみに、この話には続きがある。
「ただしな、成功体験も失敗体験も、ただすりゃあ良いってもんじゃない。
どっちの経験も、薬にもなれば、毒にだってなり得る」
いつもなら聞き流していた父親の持論も、この日ばかりは罪悪感もあって素直に聞き入れた。
「まず成功体験は、自信を育てるためには欠かせない経験だ。自分を信じる力は、全ての行動の源だからな。
だが、それが過ぎると自信は過信に変わる。自分に全く疑いを持てなくなって、自分も周りも見えなくなってしまう。
そういう奴は、あとで必ず足元をすくわれるもんだ。」
そう言って、父はノートを広げて「自信」に○、「過信」に✕と書いた。
「反対に失敗体験は、人から自信を奪い去るキッカケにもなる。
行動の源である自信を失ったら、どうなると思う?」
「え?…う〜ん、動けなくなる?」
急に質問されてとまどったが、僕は素直に回答した。
「その通り。臆病になって、それを避けるようになる。そうすると、積極性が失われてまた次の失敗体験を生み出す事につながる。
この失敗体験の連鎖を繰り返すと、最悪の場合、何も出来なくなってしまって引きこもりのような状態にだってなりかねない」
「引きこもり…」
僕は、その言葉を聞いて、失敗体験なんてするもんじゃないな、と思った。
「だけどな、失敗体験のない人生なんて有り得ないし、失敗を恐れて何も行動しなくなりゃあ、結局は引きこもるしかなくなるけどな」
「失敗体験をしても引きこもり、失敗を避けようとしても引きこもり。どっちにしろ引きこもりじゃん…」
「まあ引きこもりってのは極端な例だから、必ずしもそうなるとは限らんよ。ただ、失敗体験の後処理を間違うと、そういう風に毒になってしまう可能性があるってことだな。
でも、失敗体験っていうもんは、その後処理さえ間違わなければ成功体験以上の、人生の宝にだってなるかもしれないものなんだよ」
「宝ねえ…」
そんなこと言われても、まったくピンとこなかった。
「ああ。確かに成功体験も大事だけど、成功体験には実は実力でも何でもなくて、偶然上手くいっただけの事もたくさんあるんだよ。でも人は、それを全て自分の実力だと勘違いしてしまうことがよくある。
一方、失敗体験には、必ず自分の中に、少なからず失敗を起こした原因が隠れてる。でも人は、失敗体験からすぐに目を背けようとしてしまうから、その事に気づかないままにしてしまうんだよ」
「ふーん…。まあ確かに、そうかも」
そう言いながら、僕は今までの自分自身の成功体験や失敗体験を思い返していた。
「でもさ、宝って言うのは、ちょっと大げさじゃない?」
つまり父は「失敗は成功の元」と言いたいのだろう。そんなこと、昔から何度も聞いて聞き飽きた標語だ。
その時、父はニヤリと笑ってこう言った。
「なんでそう思う?」
「え…?なんでって?」
「もしかして、俺が『つまり、失敗は成功の元だ』とでも言うと思った?」
「は!?なんでわかったの!?」
「顔にそう書いてあった」といって、父はゲラゲラと笑った。
「じゃあ聞くが、失敗をどうやって成功に変えるんだ?」
「え…う〜ん、次から同じことをしないように、気をつける」
「それが成功?」
「え?いや…そう言われると、そうじゃない気がする」
そう言われてみれば、「失敗は成功の元」って言ってもホントにそれが成功に元になるかどうかなんて分からなかった。
「なんか、よくわかんなくなってきた」
「そうか。じゃあもし、失敗を確実に成功に変えることができるとしたら、それは宝だと言えると思うか?」
「う〜ん、そりゃ、確実に成功するんなら、それは宝になるんじゃない!?
むしろ、わざと失敗するかも。そうすれば、そのぶん成功できるってことだし」
僕はなんとも都合の良いことを口にした。
「かもなあ。だが残念ながら、確実に成功する方法なんてものは存在しない。
そんなものがあったら間違いなく
「なんだないのか。期待してソンした」
「まあそういうな。確実に成功する手段はないが、その代わり、成功を引き寄せる可能性を高め続けることならできるぞ。」
「可能性を高め続ける…それってどうせ、そのために努力しろとか、そういう精神論じゃないの?」
努力は報われる、そんなことは言われなくてもわかっていた。ただ、その努力が難しいこともある。
「まあ確かに、努力することは素晴らしいことだな。でもお前、失敗するたびに努力することなんてできるか?まあ俺は無理だな。
本当の努力なんて、そう安々とできるもんじゃないし、少なくとも俺は得意なことじゃないと努力できないタイプだ」
「うんわかる。僕も絶対そっちタイプだし!」
「だからこそ俺は、失敗体験の後処理が大事だと思っている」
そう言って、父はノートに「失敗体験」と書き込んだ。
「凛は今まで、失敗したくて失敗したことはあるか?」
「あるわけないじゃん」
「まあ、普通そうだよな。だから失敗体験ていうのは、望んで起きた出来事ではない、というのがまず前提な。
じゃあ、人はなんで望まない失敗を起こすのか?」
「やり方がよくないからじゃない?」
「そういうことだな。ただ、本当の問題点はそこじゃない。重要なのは、なぜそのやり方を選択してしまったか、ということにある」
そう言って、父はノートに「やり方」「選択」と付け足し、さっき書いた「失敗体験」に矢印で繋いだ。
「なんでそのやり方を選んだか…」
「そう。そしてその答えはカンタンだ。もっと上手いやり方に気づくための見方や考え方が、その時には自分の中に無かっただけなんだよ」
さらにノートに「見方」「考え方」が追記される。
「人の物事に対する見方や考え方ってのは、目に見えるモンじゃないから比較しづらいだけで、思った以上に個性やバラつきがあるもんなんだ。
だから同じ物事でも、人によって見え方や考え方は全く違ったものになる。
失敗するときってのは、たまたま、自分になかった見方や考え方を必要とする物事にぶつかっててしまっただけの場合が、実はかなりある」
「う〜ん、なんかちょっとややこしくなってきたけど、わかる気もする。
でも、僕の今回のテストの失敗は、やり方っていうより、そもそもやらなかった事が原因だったんだよね…」
僕はその疑問を解消したくなり、正直に勉強をやらなかったことを打ち明けた。
「そうか。じゃあ逆に聞くが、なんでやらなかったんだと思う?」
「う〜ん、面倒くさかったのと、部活が休みだったからつい遊んじゃったから…」
ここまで来たら、隠しても得られるものは何もないと思い、かなり正直に答えた。
「リアルな答えだな。だけど、結局はそれも同じことなんだ。
確かに勉強は面倒くさいって感じることもあるだろうな。
だけど、凛が感じる面倒くささと、お前のクラスメートが感じる面倒くささと、全く同じ度合いだと思うか?」
「いや、人それぞれ違うと思う」
「だろ?その面倒くささが、凛より大きい奴もいれば、もっと小さい奴もいるよな。
じゃあ、どっちのほうが勉強に取り掛かれる可能性が高いだろうな?」
「そりゃ、小さいほう」
「じゃあ、テストで良い点を取ったり、勉強が得意になっていく可能性が高いのはどっち?」
「それも、小さいほう」
僕はこの時まで、「面倒くさい」っていう気持ちの感じ方の違いなんて考えたこともなかったし、勉強やスポーツなんてそもそも「できる」か「できない」かの違いでしかないと思っていた。
「そう。そういう感じ方の違いも、物事の見方や考え方から
起こる違いであることがほとんどなんだよ。
もし凛がこの先、例えばテストで良い点を取りたいと思うなら、まず勉強に対する見方や考え方から見直していく必要があるな。
成功する可能性を高め続けたいならば、そういう、自分になかった見方や考え方を増やしていくことだ」
「それって、どうすれば増やせるの?」
「うん、いい質問だな!
方法は色々あるが、最も確実で、最も強力な方法が、今日の話の本題でもある失敗体験の中にあるんだよ。
失敗というのは苦い経験だからできればしたくないことだな。だけど、普段は気づくことが難しい、自分に欠けていた見方や考え方の手がかりを発見しやすくしてくれるのが、失敗体験なんだよ。
だから失敗から目を背けずに、しっかりとその経験を分析することが最も重要なんだ。
そこからは必ず、自分に欠けていた見方や考え方が発見できるはずだ」
ノートに「目」のマークと、「失敗体験」へ向かう矢印が書き込まれる。そして、
「そのとき手にすることのできる、宝ってのは一体何だと思う?」
「う〜ん、なんだろう?」
「それまでとは違う自分との出会い…それが成長だよ」
そう言って、父は最も大きな文字で「成長」と記入し、勢いよくアンダーラインを引っ張った。
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