第18話 見た目

「そんな事言われてもなあ…顔、体型、髪型、服装やその他身に着けてる物…それでもう見た目は決まりだろ」


 カジが「有り得ない」という感じで結論付けた。


「あ!」


「お、凛くん何か思いついた!?」


「化粧とか!?」


 今日、初めて化粧をしている繭子さんを見て、以前会った時より大人っぽい印象を抱いたことを僕は思い出した。


「おお〜、ナルホドね!確かに、女性にとってはお化粧はかなり大事かな。メイクによって印象もかなり変わるからね〜。凛くんイイ視点ダネ!」


「ホントですか!へへっ」


 繭子さんにホメられて、僕は思わずテンションが上がる。


「ただ、男の人がメイクするっていうのは今の世の中だとまだ一般的ではないから、どっちかというと女性限定の話だよね。

男女…というか、老若男女共通という条件だとすると、どうかなあ?」


「共通となると…う〜ん…」


 僕とカジは何も思い付くことができず、考えて込んでしまった。


「より、じゃあ、またヒントね!今から私が同じセリフを2回言うから、何か気付いたことがあったら教えてね」


 そう言うと、繭子さんは姿勢を正し、急に真顔…というか無表情になった。そして、


「アリガトウゴザイマス」


と棒読みでお礼の言葉を口にした。


「今のが1回目。じゃあ2回目いくね」


 続いて言うと、前髪を少し整えて僕のほうに視線を向けた。そしてニッコリ笑い、首を少し横に傾けて


「ありがとうございますっ!」


と同じお礼の言葉を言った。瞬間、僕の心臓がドキッ!と脈打った。


(うっ!カワイイ…!!)


「さて、どうかな?」


 どうかなも何も、2回目のほうが断然イイ!けど、さすがに「2回目のほうが可愛かったです!」とは言えない。


「いやいや、確かに全然印象違うけど、そんなの見た目っつーか言い方じゃん!それはズルくない!?」


 カジがクレームを付けた。実の弟だけあって、今の破壊力バツグンのスマイル爆弾によるダメージは無いようだ。まあ、当たり前か。


「あ〜もう、屁理屈言って〜。じゃあ、今度は声出さないで同じことするから見てて」


 すると、繭子さんは声は出さずに口パクで、さっきと同じことをした。

 やっぱり、2回目のほうがダントツで可愛い。


「さあ、今度は音は出してないけど、1回目と2回目で印象は変わらなかった?」


「いや…まあ同じではないかな」


「凛くんはどう思った?」


「えっと…2回目のほうが、印象が良いと感じました」


 ほんとうは「メチャクチャ可愛かったです!」くらい言いたいところだが、そんな度胸は無いのでとりあえず無難な表現に留めておこう。


「でしょ?同じ人間がやってるわけだから当然だけど、顔も髪型も服装も同じ。じゃあ、違っていたのは…?」


「伝え方というか…表情?」


「凛くん正解っ!

そう、表情ひとつでも全然印象が違ってくるでしょ?

あと、姿勢とか仕草、立ち居振る舞いも印象に影響する部分だね〜」


「なんだあ、そんなことか」


 カジにはあんまり刺さってない様子だ。

 だが、僕としたら今までそんな風に考えてみたことは無かったので、新鮮な視点だった。


「なんか、見た目ひとつでも奥が深いですね」


 僕らは普段、これだけ色々な要素から人の見た目を判断しているということか。

 繭子さんは普段からこういう事を意識しているから、こんなに美人なのだろうか?


「さっき2人は、見た目は生まれつき差がついてるって言ってたじゃない?

ちなみに、今まで挙げてきた見た目を決める要素って、何だったっけ?」


「えっと、顔、体型、髪型…」

「あと、服装や身に着けてるもの、それと表情や仕草」


「そうだね。じゃあその中で、生まれつきでどうしようも変えることが出来ないものって、何があると思う?」


「う〜ん、と…アレ?ほとんど無いかも…」


「確かにベースとなる顔の作りとか、あと身長とか、骨格で決まるところは手術でもしない限り変えられないけど、でもそれ以外の部分は、むしろほとんど変えられると思うんだよね」


 何も反論は無かった。さっきまで、なんであんなに変えようがないと思い込んでたのか不思議なくらいである。


「う〜ん、確かに見た目は生まれつきで決まってるわけじゃない、っていうのは納得したよ。

でもさ、どうしても埋めることの出来ない個人差、っていうのはやっぱりあるんじゃない?」


 実の姉弟だからというのもあるのか、カジはまだ釈然としない部分があるようだ。


「そうだねえ…。結局、視点をどこに置くかなんじゃないかな。

裕ちゃんて、カッコいいと思う芸能人って聞かれて、誰が思い浮かぶ?」


「う〜ん、面白い芸人ならすぐに思いつくけど、カッコいい芸能人というと…」


「じゃあ、凛くんは?」


「えっと…須藤タケルとかですかね」


 以前、吉田さんと映画に行ったときに一緒に観た、漫画原作の実写版で主役を演じていたイケメン俳優だ。


「須藤タケルね!確かに女子からも人気あるね〜。

ちなみに、凛くんは須藤タケルになりたいと思う?」


「まあ、なりたくないと言ったらウソになりますね…」


「じゃあ、頑張って努力したら須藤タケルになれると思う?」


「いや、それは絶対無理です!」


 当然、僕なんかとはそもそも素材が違いすぎる。


「そうだよね。どっちが良い悪いの問題じゃなくて、そもそも別の人間にはなれる訳ないんだよね。

だとすると、そもそも生まれつきの個人差をどうこう言うこと自体、無意味だと思うんだよね。

他人と比べるんじゃなくて、20点の自分で終わるか、120点の自分を目指すか、どっちの自分になりたいかが大事なんじゃないかなあ」


「20点の自分で終わるか、120点の自分を目指すか…」


「そうだよ。ダイヤモンドだってサファイアだってルビーだって、原石の時はただのザラザラした石ころなんだから。それをカットして研磨するから、あのキラキラした美しい宝石になるんだよ。

それに、ルビーの原石をどんなに磨いてもダイヤモンドに変わることはないけれど、でも、ルビーにはルビーの魅力があると思わない?」


 繭子さんは間違いなくダイヤモンドだ。それも原石ではなく、しっかりと磨かれた宝石だと思った。


「けどさ、ルビーだってサファイアだって、立派な宝石じゃん。原石の段階で宝石なんだから、そりゃ磨けばキレイになるでしょ」


「あら?なんなら私は全く磨かれていないダイヤモンドの原石よりも、ピカピカに磨かれたガラス細工のほうがキレイだと思うけどなあ」


 ダイヤモンドの原石より、磨かれたガラス細工のほうがキレイ…。


「そうか、もともとの素材よりも、磨かれているかどうかのほうが大事ってことか…」


「そう!凛くんそういうことよ!良いこと言った!」


 なんだかだんだんと、自分の中で考える方向性が見えてきた気がする。


「それって、見た目だけじゃなくて、さっき話してた自信とか、そういう中身の部分もひっくるめて、ってことですよね」


「素晴らしい〜」


 そう言って、繭子さんは小さく拍手をした。


「まさにそうだね!よく、人を見た目で判断するな、とか言うけど、私は見た目って大事な入口だと思ってるんだよね」


「入口…?」


「そう。お店だって入口や外観が残念だと、入ろうという気持ちにならないじゃない?やっぱり、見た目って好き嫌いの判断基準になっちゃうんだよね。

もちろん、入口だけ良くってもダメだけど。肝心の料理が美味しくなかったら2度とそのお店には行かないでしょ?それが中身。だから、中身としての人間性も磨いておかないと、結局相手はすぐに離れて行ってしまうんじゃないかなあ」


 自分の中で、モヤモヤして掴み所のなかったことの輪郭が、どんどんと浮かび上がってきていた。


 その後も、僕たちは議論…というか繭子さんの授業を続け、あっという間に3時間ほどの時間を過ごした。


「ほんとに、今日はありがとうございました!自分の中で、かなり色々な気付きがあったのて、家に帰って自分なりに整理してみます!」


「なんか私も偉そうに色々言っちゃったけど、話しながら自分でも気付くことが多かったから、有意義な時間だったよ!

こちらこそありがとうね」


 外見だけではなく中身も、繭子さんは本当に素敵な女性である。


「さて、じゃあ凛くんを見習って、裕ちゃん、あたしたちも帰ってディスカッションの続きしよっか?」


「いや、俺も1人で考えるからいいし!」


「んも〜、つれないなあ」


 そう言って腕にしがみつこうとする繭子さんを、カジが振りほどいている。

 そんなやり取りを見届けながら、僕は2人を見送った。

 家に帰って、まずは頭の整理からだ。その後、自分がどう行動していくのか決めていこう。


「よし!」


 なんだかワクワクしてきた。僕は色々な思いを巡らせながら、早足で自宅へと向かった。

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