第19話 ホメ言葉

「あ!小室くん髪型変えた?」


 最初に気付いたのは、隣の席の土屋さんだった。


「ああうん、気付いた?」


「そりゃ気づくよ〜。え〜、前の髪型より全然良いよ〜!」


 髪を切った翌日というのは学校に行くのがどうも照れくさいのだが、最初にこうやって誰かがいじってくれると心なしか落ち着く気がする。


 今まで、髪型は切った後も適当に伸ばしっぱなしにしていたし、朝も最低限、寝グセを直す程度にしかしていなかった。

 だけど今回はネットでヘアスタイルから色々下調べをして、いつもの理髪店ではなくヘアサロンに行ってみた。

 僕からすればかなり勇気のいる決断だったが、担当してくれた美容師さんが丁寧な人だったおかげで、初心者の僕でも戸惑うことなく良い感じの髪型を提案してくれた。ワックスの付け方とか、毎朝のセットの仕方もレクチャーしてくれたのも有り難かった。


 母親は急に色気づいた息子に向かって「もしかして彼女でもできたの?」などと言ってきたが、その逆だとは口が裂けても言いたくない。


 ちなみに、その日は男友達含め関係各所から髪型のことをイジられた。

 「好きな人ができたか?」などということも言われたが、逆である。少なくとも今の僕のモチベーションは、彼女に振られたことに起因している。


 土屋さんからは、今日だけで3回くらい髪型をホメられた。

「実際、カッコよくなったと思う」と言われた時はちょっとドキッとしてしまった。


 土屋香織さんはバスケ部に所属している同じクラスの女子で、夏休み明けの席替えから隣の席になった。

 バスケ部だが割と小柄で、あまり長くはない髪をいつも後ろに束ねている。

 気さくな性格で、隣の席になった時もすぐに向こうから話しかけてきてくれたおかげで、こちらも気兼ねなく話ができるようになった。


「髪切った次の日ってさ、なんか学校行くの恥ずかしくなるんだよね」


「あ、ワカル〜。私もこの前のとき前髪切りすぎちゃって、学校いくの超憂鬱だったもん」


「へえ、土屋さんもそーゆーのでヘコんだりするんだ?」


「あーヒド〜い。私だって一応女子なんですけど〜」


「ああ、ゴメン!そーゆー意味じゃなくて、いつもテンション高いから、ヘコむことあるんだなと思って」


「も〜、なんかそれはそれで単純バカみたいじゃん!

まあ、単純ではあるか。あはは」


 こんな調子で、いつも明るくてポジティブな言動から、男女問わず好かれるタイプだ。


 しかし、髪型ひとつでこんなにホメられるとは。やっぱり見た目に対する意識って大事なんだなと実感した。


 繭子さんの授業依頼、僕は自分なりの方向性を具体的に考えてみた。


 まず、そもそも僕はどうなりたいのか?

 例えば、中学の卒業式で学ランのボタンが全部なくなった星野くんのように、不特定多数の女子からキャーキャー言われたいのか?

 ……それは言われたい。


 けれど、そこをコンセプトに持ってくるのは何か違和感があった。そもそも、ああゆうのは何かこう「スター性」のようなものとか、何かで取り分け目立つ存在になったりとか、そういう条件が重なって起きる現象だと思っている。


 僕の願いはシンプルに、

「自分が好きになった相手に好かれたい」

ということ。

 つまり、両想いになることだ。僕がすべき努力とは、そうなれる確率を上げることなのだ。

 例えば、僕が先に誰かを好きになったとしても、もし自分が男としての魅力に欠ける存在だったら選んでもらえる可能性は低くなってしまう。

 それとは逆に、もしかしたら吉田さんの時のように相手のほうからアプローチされて始まる恋愛もあるかも知れない。そういうチャンスも、当然魅力が高い人間のほうが恵まれるだろう。


 先日の繭子さんとの対話を通じて、僕は「自分をどう磨いていくか」ということを考えるようになった。

 それは、もちろん見た目だけの話ではなく、中身も含めてのことだ。


 そして僕は、自分の中で次のような行動指針を掲げた。


【外見について】

①服装、髪型に気を遣う。

②身体を鍛える。

③表情豊かになる。


【内面について】

①相手を気遣う。

②ユーモアセンスを鍛える。

③自信をつける。


 以上の6つは、繭子さんの話を参考にしながら自分なりに魅力ある男のイメージを想定して決めたものだ。

 単純に言えば、


「カッコよくて、面白くて、優しくて、頼りになって、自分を持っている」


 が最強だという結論に至った。ラーメンで言うと全部乗せ、大学受験で言うと国立受験である。

 もしも女子に「どーいう男が好みか?」と訪ねて、この条件を出してきたらブッ飛ばしてやろうかと思うだろう。しかし、もし自分がこれを兼ね備えた男になれたら、恋愛対象の分母は間違いなく広がるだろう。そして何より……これらはすべて生まれつきではなく、努力によって得られるものなのだ。


 たとえガラス細工だったとしても、ピカピカに磨いけば……美しく輝く装飾品になれるんだ!


 その翌週の月曜日、今度は土屋さんが髪型を変えて登校した。


「あれ!?土屋さん、髪型変えた!?」


「へへへ、昨日行ってきたんだ〜」


 元々長く無かった髪をバッサリ切ったショートヘア。いつも後ろで束ねていた髪が両サイドに降ろされる形になって、印象がだいぶ変わっていた。

 正直、自分は今までショートヘアに魅力を感じたことは無かったのだが、土屋さんの小さな顔にとても似合っていて、今までの髪型より断然良いと思った。


 僕はふと、先週自分が「カッコよくなった」と言われて嬉しくなったことを思い出した。


「すごくイイ感じ…カワイイ感じだね!」


 半分は先週のお返し、半分は本音をそのまま口に出してみた。そんな感じだ。


「えっ!?あ……ホントに?え〜、やあ〜、嬉しいなァ」


 僕としては「へっへっ、まあね!」くらいのリアクションを想像していたのだが、土屋さん焦ったように両手で左右の髪を撫でながら、顔を赤くして答えた。

 その姿が可愛らしく、僕は思わずキュンとしてしまったが、「うんうん、似合うよ!」と努めて平然を装った。たぶん装えていた…と思う。


 土屋さんはその後、クラスの女子から新しい髪型を絶賛されていたが、「イェーイ、ありがと〜」と、いつもどおりのハツラツとしたリアクションを返していた。

 もしかしてさっきのは…僕に褒められたから…?そんな妄想をしながら、僕はその日、今までと違う彼女をチラチラと視界に入れながら過ごしたのだった。

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普通の男子高校生が「モテ偏差値」を上げて彼女を作るという流れ マミヤレイ @reymamiya

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