第11話 夏の終わり
およそ5000発の花火が夜空を華麗に彩る。今年も例年と代わり映えのない、綺麗な花火だった。
花火って、どうしてこんなに人気があるんだろう?
確かに綺麗だけど、毎年のように見ているとさほど感動もしなくなってくる。ああ、うん、キレイだな、今年の夏もこれで終わりだな、というテンプレート的な感想しか浮かばなくなってくるのだ。
今年は何か感じ方も変わるかも知れないと期待していたが、そんな事も特になく、恒例の特大花火が夜空に咲いたところで、今年の花火大会も幕を閉じた。
「あ〜あ、終わっちゃったね…。私、毎年この瞬間て、なんだか切ない気持ちになるんだよね」
「まあ、花火大会の終わりは夏休みの終わり、って感じだからね」
「う〜ん、そういう意味の切ないっていうのとは、また少し違うんだけどなあ」
吉田さんの言いたいことは何となくわかる。
子供の頃はこの花火大会に家族で来るのを何日も前から楽しみにしてて、それが終わってしまった時の何とも言えない寂しさは、今でも感情に刷り込まている気がする。
思春期になると、その感情が人恋しさのようなものにすり替わっていくような感覚を持つようになって、「いつか恋人と一緒にこの花火を見られたら…」っていう願望を持つに至るのだ。
そして今夜、まさにその願望が現実のものとなった…はずだった。そのはずだったのにもかかわららず、僕は願望が実現した者とは思えないほどローテンションだった。
「…花火も終わったことだし、それじゃ…帰ろっか」
「え…?あ…うん」
僕の提案に、吉田さんは一瞬何か言いたげな表情を見せたが、そのまま何も言わず、
そして、家路につく人たちの流れに身を任せるように、僕たちは会場内をゆっくりと歩き始めた。
「出店、ほとんど片付け始めちゃってるね…。
凛くんは、何か食べれた…?」
「いや、カナと食べようと思ってたから、食べてないよ」
「そっか…ごめんね」
ひとりで出店の食べ物食べることほど虚しいものないじゃん、とも言いたかったが、それ以上言ってもイタズラに吉田さんを責めるだけなので、その言葉は飲み込んだ。
ただ、それを口にしなかったところで、僕の返答は気まずい空気をつくるには充分だった。
「あっ」
ふと、吉田さんが小さな声をあげた。
「杏飴…まだ売ってる…」
ほとんどの出店は片付けを始めていたが、そこはまだ店仕舞いを始めていなかったようだ。
「凛くん、杏飴、食べる?」
「う〜ん、いや、俺はいいや」
彼女には申し訳なかったが、僕は杏飴はあまり好きではないし…それ以上に、気分が乗らなかった。
「そっか…じゃあ、私もいいや…」
そう言うと、吉田さんは一瞬見せた明るい表情を閉じ込めて、下を向いて黙ってしまった。
その後しばらくは、お互い無言のまま歩いた。
「凛くん、あのさ…怒ってる…?」
「え…別に怒ってないよ。なんで?」
実際、僕は怒ってるのか、怒ってるわけじゃないのか、自分でも良くわからなかった。ただ、さっきから不機嫌な態度を隠しきれていない事だけは確かだ。
「だって、花火が上がってる間もずっと黙ってたし、いまもずっとそうだし…」
「…んー…、別にカナを責めたいとか、そういうわけじゃないし、今日遅れたのだって、別にカナのせいって訳じゃないからさ…だから別にカナに対して怒ってるってわけじゃないけど…ただ、どうしてもテンション上がんなくて…」
「…私のせいじゃないんなら…今日私は、どうすれば…よかったのかな……」
必死で抑えているが、吉田さんか涙を堪えきれていないことは声の調子から察することができた。
ただ、そんなことを言われても、こっちだってどうすれば良かったのかわからない。僕のほうが悪いのか?いつも合わせているのはこっちなのに、どうすれば良かったのかなんて分かるわけがない。
(部活、辞めれば良かったんじゃない…?)
そんな、言葉にすべきではない言葉まで、つい頭をよぎってしまう。
「それは…どうしようもなかったんじゃない?」
冷たい返事であることは自覚できていた。でも、そうとしか答えようがなかった。
別に誰かが悪いわけでもない。吉田さんが悪いとも思ってない。だからもうこれは、これ以上どうしようもない事なんだと思っていた。
「……」
吉田さんからの返事はない。
「ごめん、俺もどうしたら良いのかわかんない」
今の、心が狭くなってしまっている自分からは、それ以上言えることはもうなかった。
人に与えられてる時間は平等で、吉田さんが部活と恋愛を両立できるかどうかは、僕にはどうこうできる問題ではなかった。
少しだけ呼吸を整えてから、吉田さんが応えた。
「…そうだよね、こんなこと言われても…困るだけだよね…。
…自分なりに色々、考えてみるね…」
それ以降は、それぞれの自宅への分かれ道までずっと無言だった。
「今日はホントにごめんね…。
花火、キレイだったね…」
別れ際、吉田さんはそう言って、寂しそうに微笑んだ。
「そうだね」
僕はそれしか返してあげることができなかった。
夏休みが終わり、新学期になっても吉田さんは相変わらず部活で忙しい日々を送っているようだった。
僕のほうも、クラスに仲の良い友人もでき、高校生活も板に付いてきていた。
LINEでは変わらず連絡を取り合っていたが、花火大会の時のことはお互い触れることはなく、あえて無難な話題を選んでいるようなやり取りが続いていた。
花火大会から一ヶ月後、いつもの駅前のファミレスで、放課後久しぶりに会うことになった。
別れ話は、吉田さんのほうからだった。
「んと…ね、花火大会の時から、私なりに色々考えたんだけど…。
私はやっぱり、部活はこのまま続けたいと思ってる。
…でも、私のワガママに、これ以上凛くんを付き合わせる訳にはいかないから…。
もう、終わりにしたほうがいいかなって…思ってます」
前の日のLINEで「話したいことがある」と言われていたので、今日、そういう話になるかも知れないという事は予想はできていた。
ただ、いざ言われてみると、すんなり「ハイわかりました、ではサヨウナラ」という気持ちにもなれなかった。
「そっか…。昨日の時点で、何となくそうじゃないかな、とは思ってた…。
…ただ、俺だってカナのこと好きだし、すんなりウンとは言えないよ。
もう少し、なんとかする事は無理なのかな…?」
吉田さんは、寂しそうに微笑んでいる。僕は一ヶ月前の、花火大会の別れ際の続きのシーンであるかのような錯覚を覚えた。
「…凛くん、私のこと初めて好きって言ってくれたね…。
最後の最後にそう言ってもらって、嬉しくないかと言えばウソになるけど…。
でも、私は多分、凛くんと上手く付き合っていくのは、やっぱり無理だと思う…」
言葉を一つずつ慎重に選びながら、吉田さんは僕に思いを伝えてきた。
ただ、告白の時と違って、なんだか少し落ち着いているかのようにも見えた。
「私のほうから告白したくせに、勝手なことばかり言って本当にごめん…。
だけど、凛くんは凛くんで、私に合わせるんじゃなくて、自分の時間を大切にしていって下さい…」
そこまで聞いて、僕はそれ以上何を言っても、もう彼女の意志は変わらない事を悟った。
多分、あれから一ヶ月間、色々な事を考えて出した結論なんだと思った。
「そっか…わかった。
これ以上、俺が何か言ってもカナを困らせるだけだと思う。
残念だけど、仕方ないんだよね…」
「ごめんなさい…」
お互いの目線が一致した瞬間だった。
こうして、僕の「初めてのお付き合い」は、夏の終わりと共に半年という短い期間で幕を閉じた。
この時点では、この半年間の思い出は『初彼女とのほろ苦く素敵な思い出』として心のハードディスクに保存され続けるはずだったのだ。
しかし、その後「あること」を知ってしまったせいで、僕のこの素敵な思い出は全く違ったタイトルに上書き保存されることになるのだった…。
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