第6話 デート

 よく晴れた、穏やかな日だった。


 このまま電車に揺られていたら思わず眠気に誘われるであろう、心地良い日差しが車内に差し込んできている。


 ただ、昨夜は思いのほかよく眠れたので、このまま寝過ごして約束の時間に遅刻、なんて失態は犯さずに済みそうだ。ある意味、覚悟を決めたのが良かったのだろう。


 悩みに悩んだ服装は、結局パーカーにジーンズという、何のシャレっ気もない格好に着地した。「シンプルイズベスト」「ありのままの自分が一番」といった言葉を自分に言い聞かせて今に至っている。


 待ち合わせ場所である改札前には、約束の時間より20分ほど早く到着した。

 あまりギリギリだと心の準備が追い付かない気がしたので、あえて時間的余裕を持たせる作戦だ。


 さて、待ち合せ時間まで、今日の行動をシミュレーションしておくとするか。

 まず、吉田さんが改札の奥からこっちに向かってやってくるはずだから…。


「小室くん。」


そう、そしたら僕も吉田さんに……うん!?

 いまの声は、僕の頭の中から聞こえた声ではなく……後ろから!?

 振り返ると、そこにはの吉田さんが立っていた。


 想定外の出来事が起こると、人は頭も体もフリーズするらしい。


「あ、ごめん…急に後ろから声掛けたから、ビックリしたよね…!?」


「…あ、ううん、全然全然。俺のほうが早く来て待ってようと思ったんだけど、もしかして待たせちゃってた?」


「んーん!ちょっと早く着き過ぎちゃったかと思ったんだけど、その後すぐ小室くんも来たからビックリした。

だから全然待ってないよ。」


「そっか、そんなら良かった。」


「私が勝手に早く来すぎただけだから…!


でも…ちょっと得した気分だね。」


「え…ああうん。そうだね。」


 いやあ、焦った…初っ端から完全に計算をミスった。吉田さんも早く来るかも知れない、という可能性を全く考えていなかった…。

 まあ、吉田さんは嬉しそうにしているから結果オーライなのだが。

 「ちょっと得した気分」というのは、待ち時間が無くなって良かった、という事だろうか。それとも……一緒にいられる時間がそれだけ長くなった、という意味だろうか?


 天気も良いので、予定通り公園へ向かうことになった。

 駅から公園まで、徒歩10分ほどの距離を女の子と肩を並べて歩く。いくら「付き合ってる」からと言って、3日前までほとんど会話らしい会話をした事がない相手である。

 歩く時の距離感がメチャクチャ難しい。人ひとり分くらいの距離をキープしつつ、歩く速度を相手に合わせながら歩く。


 平日の午前中にもかかわらず、この辺りは人通りも割と多い。

 ふと、自分たちが周囲からどう見られてるのか気になった。


 やっぱり、カップルだと思われるのだろうか?


 吉田さんの服装は、下は白いロングスカートに上はピンク色のニット、その上から薄手の上着を羽織っている。私服姿を見たのはこれが初めてだ。


 やはり制服の時とは、印象が違うな…。私服のほうが、大人っぽい感じがする。

 てゆーか、男子に比べて女子ってみんなオシャレだよな…。生まれつき、女子にはそーゆーDNAが組み込まれてんのかな?


 信号をあと1つ渡った先に公園が見えている。僕が吉田さんから告白された公園とは比べ物にならないほどの広さの公園だ。

 敷地内にテニスコートがあるので、部活の仲間たちと何度かコートを借りて練習したこともあった。


 信号待ちをしていると、ふとこちらを見つめる吉田さんの視線を感じた。


「あ…え…?」

思わず、変な声を出してしまった。


 本当は「どうかした?」と言いたかったのだが、目があったせいで変に意識してしまい、言葉になりきならい言葉を発してしまった。


「あ…うん、私服…」


 うわあ〜ソコかあ〜!いきなりツッコまれるとは…。やっぱりこんな格好じゃダメだったかあ〜。


「私服姿も…カッコいいな…って思って…。」


 …え?いまなんと…?

 聞き間違いじゃあなければ、「カッコいい」って言いました…?


 マ・ジ・か……!?


 …いや、もしかして、吉田さんの趣味がちょ変わってるだけなのでは…?


「あ…え、と…。」


僕が戸惑いを見せると、


「…いや〜、いやぁ〜、なんか暑っついね〜。」


と、自分で言って恥ずかしくなったのか、吉田さんは手で自分の紅くなった顔をパタパタと扇いでいる。


 信号が青に変わり、僕らは公園へ入った。待ち合わせ時間は10時30分の予定だったが、2人とも早く来たので時間はまだ10時半の手前なので、お昼までは少し時間がある。

 「今日はお話をしたい」と吉田さんは言っていたが、さて、どうしたものか…。


「のど、乾かない?あそこに売店があるから、飲み物買って座って飲もうか?」


吉田さんからナイスな提案があがった。


「え、ああ、うん。そうだね。」


 確かに、今日は温かいから少し冷たいものも欲しくなる。それに、これから2人きりで話すにしても、会話が途切れた時に飲み物があると有り難い。


 2人ともペットボトルのお茶を買って、園内を少し散歩しながら、程よく落ち着ける場所を探した。

 屋根の下に木製のテーブルとベンチがワンセット置かれた小さな休憩所があったので、そこに腰を下ろすことにした。


 吉田さんは「ふう〜」と声に出して息を漏らすと、「なんかお年寄りみたいだね」と自分にツッコミを入れながら照れくさそうに笑った。


「なんか、不思議な感じ。」


「え?」


「お休みの日に、小室くんと2人で公園に来てるなんて、もし受験前の私が知ったら、もっと勉強頑張れただろうなぁ。」


「いや、俺にそんな効能ないから。」


「え〜、私にとっては、効果てきめんだよ〜!」


 吉田さん、僕、女子からの褒められ耐性そんなないから、これ以上言われたら気を失うかもしれないです…。

 ただ、実は今日、もし聞けたら聞きたいことがあった。


 …一体なぜ、僕なのか!?


 吉田さんは「中2で同じクラスにだった頃から」と言っていた。

 でも、挨拶を交わした程度でほとんど会話らしい会話をした記憶はないし、僕よりカッコいい奴だってたくさん居たはずだ。まあ…クラスの男子で一番下、ってことはないと思うけど…多分。


 まあ、話し始めていきなり「俺のどこが良かったの!?」なんてさすがに有り得ないから、まあ話の流れで聞けそうな場面があったら聞ければ良いや、くらいに思っておこう。


 とりあえず今は、話が途切れない事に全力を注ごう!


「小室くん、卒業式の日に家族でお祝いしてもらったんでしょ?」


「ああ、うんまあ。」


「いいなあ、素敵な家庭って感じだよね。うちなんて今、弟が反抗期だからケンカしてばっかだよ。


親も受験の前はあんなに勉強勉強言ってたのに、合格したら良かったね、で終わりだし。」


へえ、弟がいるのか。


「ウチも似たようなもんだよ。まあ、勉強についてはソコまでうるさくは言われないけどね。」


「え〜羨まし〜!


そう言えば、小室くんて妹さん居るんだよね?」


「え、うん。よく知ってるね?」


「あ、うん。ミズキに聞いたんだ。」


 ミズキ?…ああ、佐野瑞希さのみずき。佐野さんのことか。


「うちの弟と小室くんの妹さん、いま同じクラスだよ。」


「え!?マジで…!!?

ウソ、全然知らなかった〜!」


 アイツ、そんなこと一言もいってなかったぞ!?

 まあでも、冷静に考えたら、「クラスの吉田くん」の姉が3年生に居たとしても知らない可能性もあるし、知っててもわざわざ話題に出すような事でもないか。

 もし吉田さんが僕に告白してきてなかったら、たとえ妹からそれを聞かされても「ふーん。」で終わってた可能性が高い。


 アレ…でも待てよ?もし僕と吉田さんが付き合ってるという話が変なふうに広まったら、妹の耳にもそれが入る可能性だってあるよな?

 そしたら結から母や父に伝わる可能性だってある!いや、それはキツいぞ!

 それに、クラスで吉田さんの弟と結がからかわれる可能性だってある。


 こりゃ誰かに見られても、開き直って付き合ってる事を宣言する訳にもいかないか〜。



「あのさ、小室くん…。


今日、会ったら聞こうと思ってたんだけど…。


小室くんは私にさ、あの…告白、されて、

正直、ビックリとか、しなかった…?」



 …え!?…それって、今日僕が吉田さんに聞きたかったこと…では??

 まさか吉田さんのほうから振ってくるとは…!しかもこんなに序盤で…!


 全てが計算外でなのであった。

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