第17話 中には黒い石が入れてある。
<木崎初音(きざき はつね)視点>
遠藤和樹(えんどう かずき)くん。いつ見てもカッコイイ。爽やかな笑顔はアイドルにも負けていない。切れ長の瞳の上に、男子とは思えない、嫉妬するほどの長いまつ毛。ちょっとくせっ気の髪がお似合いだ。ヴゥワッて気持ちが高まる。
「初音ちゃん、大変だったね」
「ううん。自分でスッ転んだんだからしょうがないよ」
「心配したけど、意外に元気そうで良かった」
「もう、ドジたよねー。やんなっちゃう」
「心はもう帰ったの?」
「うん。帰った」
「心のやつ、もの凄くしょげてた」
「うん。知っている。男子のくせして、ずっと泣いてたらしい」
私は和樹くんに悟られないように、そっと手を伸ばして心の涙の痕に触れた。
「心らしいな」
「うん。心らしい」
「昔から臆病で、小心者で、心配性だもんな」
「だね」
和樹くんと二人っきりになると、いつも心の話題になる。初音は和樹くんのことが知りたいのに。思い切って話題を変えてみる。
「和樹くんは高校、やっぱり市内の進学校を受験するの?」
「ああ。そうなるかな」
「初音とも心ともお別れだね」
「あっ。そっか。そう言うことになるんだね。気付かなかった」
和樹くんは寂しそうな表情を浮かべだ。今、気づくくらいなんだから、初音の事なんて幼なじみ以上には絶対に思っていない。知ってはいたけど・・・。聞かなきゃよかった。
「寂しくないの?」
「もちろん寂しいけど。一生、会えなくなるわけじゃないし。幼なじみと言うのは変わらない事実だし」
「そんなことない。変わっちゃうんだよ。人間なんてちょっと合わないだけで、気持ちがどんどん離れて行くもんなんだよ」
「そう言うもんかな」
「そう言うもんだよ」
二人でふーっとため息をついた。沈黙が二人を支配する。大人になんかなりたくない。ずっと小学生のまま三人で遊んでいたかった。骨折した足の傷が疼く。今日のこの時間も、いつしか思い出として薄れていくんだろうな。
「おっ。そうだ。忘れていた。初音ちゃんに渡すものがあるんだった」
和樹くんが制服のポケットの中をごそごそとあさった。小さな白いケースが出てくる。見覚えのある四角い形のケース。母が父からもらった物を見たことがある。中には女の子の憧れのあれが入っているケースだ。
「???」
和樹くんが初音の瞳を真っ直ぐに見すえてくる。イケメンの男の子と見つめ合う初音。顔が熱い。息が苦しい。くうっー。和樹くん!カッコよすぎ。そして突然すぎる和樹くん!初音たち、まだおつき合いもしていないのに。
初音は左手の薬指を押さえてモジモジした。目の前に差し出されたケース。そっ、それは間違いなく、婚約指輪を入れるもの!中三なのに。いや、結婚できない中三だからこそ。どんなに離れることになっても忘れることのない婚約と言う強いきずなで結ばれる。
「初音ちゃん。開けてみて!」
「うん」
嬉しい。嬉しすぎる。こんな日が来るなんて夢のようだ。テンションマックスで頭がボーっとしてきた。震える手で、その小さな箱のふたをつまんで起こした。
パチン!
「えっ?」
磨かれた黒い小石が入っていた。意味がわからない。ドッキリ?それとも和樹くん、初音をおちょくっとるん?目の前にある難問にどう対処すべきか答えが見つからない。
「思い出になるかなって思って」
「?」
「あれっ。分かんない、初音ちゃん。これが何だか」
「婚約指輪を入れるケース」
初音は中身をなきものにして、すかさず答えた。
「あっ、これっ。リサイクルショップにあったから。丁度いいお大きさの入れ物かなって」
「期待したんだけど。思いっきり」
「サプライズ!」
和樹くんは無敵のスマイルを浮かべる。その美しすぎる顔にグーパンチしてやりたい。
「で、なんなん?これ」
「初音ちゃんを病院送りにしたグラウンドの石だけど」
「くそっ。こいつか!」
「そう。こいつ」
和樹くんは婚約指輪を入れる白いケースから小石を取り出した。初音の目の前に持っていって見せる。やけに嬉しそうだ。
「何でピカピカな訳よ」
「僕が拾って磨いたから」
「何のために」
「初音ちゃんが喜ぶと思って」
「んな訳ないでしょ」
「男子なら絶対に喜ぶけど」
「初音は女の子ですよ」
「そうだけど」
「和樹くんの婚約指輪なら欲しいけど」
どさくさに紛れて言ってしまった。骨折して初音はどうにかなっちまったのかもしれない。言ってしまったものは引っ込められない。顔から蒸気が噴き出しそうなくらい熱い。
「・・・」
鳩が豆鉄砲をくらったような顔でフリーズする和樹くん。ちょっと憎らしい。
「初音の気持ちは知っているよね」
和樹くんの困った顔も可愛い。これが初音のものだったら良いのに。
「幼なじみのままでいられなくなるよ」
そう、和樹くんは正しい。初音が一番に恐れていること。恋と友情は両立しない。そして、和樹くんは中学校のアイドル。ブスではないと自覚していても、つり合うと言う自信もない。
「それでも、初音は遠藤和樹くんが好きです。愛しています」
とうとう最後の一言を言ってしまった。
「・・・。じぁあ・・・。ケースだけ予約として先に受け取ってくれるかな・・・。お金を稼げるようになったら、中身を必ず渡すから」
和樹くんはケースのふたを閉じだ。
パチン!
その拍子に右手に持った小石がこぼれ落ちる。和樹くんは気にせず、初音にケースを渡そうと一歩を踏み出した。
グキッ!
「うわっ?」
和樹くんの体がベッドの横で大きくバランスを失った。和樹くんの体が宙を舞う。
「えっ!」
ドッシーン!
ボキ!
こうして遠藤和樹くんは、自分の持ってきた初音と同じ石を踏んで骨折し、病院送りとなった。同じ病室の隣りのベッドの上に和樹くんがやってきた。
「おやおや。かわいらしい男の子だこと。お婆ちゃん、元気になるねー」
お婆ちゃんは、外が見たいと看護師さんにごねて、初音の向かいのベッドに引っ越しした。私の横には白い婚約指輪のケースが置かれている。中には黒い石が入れてある。
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