第19話 初音ちゃんの退院の日
<遠藤和樹(えんどう かずき)視点>
今日は木崎初音(きざき はつね)ちゃんが先に退院する日だ。初音ちゃんのお母さんと弥島心(やじま しん)が迎えに来た。心は初音ちゃんの荷物をほとんど背負っている。
「心、何か間抜けな泥棒みたいだね」
初音ちゃんは自分の荷物であることを全く意識していない。心は心で喜んで背負っている。荷物を持つことが当たり前だと思っているに違いない。
「こら、初音!わざわざ来てくれたのに、そんなことを言うもんじゃありません」
初音ちゃんのお母さんはちっちゃくって童顔、初音にそっくりだ。親子と言うより姉妹にしか見えない。
「ほんと口の減らない子でごめんなさいねー。誰に似たのかしら」
お母さん!誰にって?それはもう、誰が見たってお母さんでしょ。うぐっ。思わずのけ反って骨折した足をベッドの端にぶつけた。いってーぇー。
初音は下を向いてモジモジしている。こう言うのも可愛いんだよなー。小動物を見ているみたいで和む。
「初音のお見舞いに来て骨折するなんて、和樹くんもとんだ災難だったわね。こんど近所の神社で、初音のこと、ちゃんとお祓いしてもらわないと」
「いえ、僕は自分でこけただけですから。初音ちゃんのせいじゃないです」
「あらあら、和樹くんったら大人になって。言う事もイケメンなんだから。初音のお嫁さんに貰いたいくらいだわ」
えっ!お母さん・・・。初音ちゃんは始終だまったままで顔を真っ赤にして目を白黒させている。急に真顔になって告げた。
「ねえ、お母さん!初音はね、和樹くんとお付き合いすることになったんだよ」
えっ!いきなりだな、初音ちゃん。そう言うのは心の準備がいるかと。
「ほら、婚約指輪の予約として先にケースを貰ったし」
ぐえっ!黒い石の入ったケース!ある意味、二人を結び付けた魔石の入ったあれだ。
「あらま!大変。赤飯を炊いてお祝いをしなきゃね」
初音ちゃんとお母さんは手を取り合ってはしゃぎ回っている。大きな荷物を背中にしょって茫然と立ち尽くす心。僕は心に向かって、手を合わせて小声で言った。
「ごめん、心!お前がノロノロしているからだ」
「和樹!何で言ってくれないんだよ」
心は口を尖らせて拳をプルプルさせている。いつもの心らしくない。それだけ自身の気持ちに真剣に向き合ったと言う事か。僕は心に殴られる覚悟を決めた。
「和樹!水臭いじゃないか。突然すぎでお祝いの準備ができないじゃん。これだから、僕は何時まで経ってもノロマのまんまだ」
そっ、そっちかよ!たっ、確かにノロノロしているとは言ったが・・・。
「お母さん。すみません。直ぐに赤飯の材料を買って準備しときます」
心は荷物を背負ったまま、初音ちゃんとお母さんを置き去りにして、風のように病室から飛び出して行った。走り出す心の横顔から、涙が零れ落ちるのを僕は見逃さなかった。
・・・心。ごめん。やっぱりそうだよな・・・。でも、もう僕は引き返せないんだ。初音ちゃんを全力で守ることに決めたんだ。僕だって・・・。初音ちゃんと心が・・・。
だから、初音ちゃんを女の子として意識したあの日。初音ちゃんが心のために六年生に戦いを挑んだあの日。ボコボコにされながら立ち向かっていく初音ちゃん。惚れぼれするくらいカッコ良かった。僕もボコボコにされたけど、最後は二人で粘り勝ちした。
だけど、その日から僕は初音ちゃんと心、二人と距離を置くようになった。寂しくなんかないと思っていた。僕はイケメンだし、集まってくる女子は沢山いた。
でも、何かが違った。僕は逃げ出しただけだ。あれ以来、僕の心は三人で遊び回った時のように熱く燃えることが無くなった。そう、ずっと気付いていた。幼なじみのままでいられなくしたのは遠藤和樹、この僕なんだ。
「和樹くん。どうしたの浮かない顔して。あーあー。初音だけ先に退院するから寂しいんでしょ。うふふ。初音たち、何日も一緒に夜を共にした恋人だもんね」
「初音ちゃん!お母さんが勘違いするようなことを・・・」
「あらま!大変。孫が生まれるのね。私、お婆ちゃんになるのね。まだ、こんなに若いのに。困ったわ」
「初音ちゃんのお母さん。そんなことは絶対にありません。僕達、まだ中学生ですから」
もう、ややこしいわ。この親子。発想が飛躍すぎる。心がいなくて良かった。心の真面目さなら絶対に本気にしてしまう。
「ほほほ。そうですわね。初音ったら冗談がキツイ。ほんとに初音は何処から生まれてきたのかしら・・・」
初音ちゃんはお母さんに向かってペロリと舌を出す。
「二人の孫の顔は見たいけど、お婆ちゃんて呼ばれるのはちょっと。和樹くん。私のことはお母さんじゃなくて、お姉さんと呼んでね」
おっ、お姉さん?マジですか。若く見えるのは認めるけど・・・。
「和樹くん。初音は、お母さんが川に洗濯に行ったときに拾った大きな桃から生まれたんだよ。ねっ、お姉さん」
「そうでした。初音が誰にも似ていないのはそのせいでした」
初音ちゃん。思いっきりお母さんにそっくりだそ。心のやつ、初音ちゃんのお母さんと、どうやって話を合わせているんだろう。不安になってきた。
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