第18話 初音ちゃんの心
<遠藤和樹(えんどう かずき)視点>
僕の幼なじみ、木崎初音(きざき はつね)ちゃんが好きなのは、僕であって僕じゃない。初音ちゃんが僕に求めているものは、僕の見た目であり、僕の才能であって本当の僕じゃない。僕は小さい時からそのことを知っている。
初音ちゃんが僕の事を呼ぶときは『和樹くん』であり、僕が初音ちゃんの事を呼ぶときは『初音ちゃん』だ。保育園からずっと変わらない。そして、初音ちゃんが弥島心(やじま しん)を呼ぶときは『心』であり、心が初音ちゃんを呼ぶときは『初音』と呼び捨てだ。
「なんかこう、心(こころ)の距離が違うんだよな・・・」
病院のベッドの上で、初音ちゃんが規則正しく寝息をたてていた。僕は初音ちゃんの寝顔をそっと盗み見る。小さい時から見続けてきたその顔は、中学三年になっても変わらず幼い。保育園の時も小学校低学年の時も心と初音ちゃんと僕の三人で遊び回った。
男の子も女の子も関係なかった。一緒に虫取りに出かけ、魚釣りやザリガニ釣りに興(きょう)じだ。ジャングルジムやブランコで誰が一番遠くまで飛べるかを競い合った。日が暮れるまで公園で遊び回って親によく叱られたものだ。
初音ちゃんの顔を見ていると昔の記憶がよみがえってくる。小学校五年生の頃辺りからだろうか。僕の周りに女子が集まってくるようになった。女の子から、バレンタインとか誕生日にチョコやプレゼントをもらうことが多くなる。学校の裏庭とかに呼び出されて告白を受けたことも何度かあった。
「和樹くん。お願い!私と付き合ってください。ずっと好きでした」
顔を赤くして頭を下げる同級生の女子に僕は尋ねた。
「何で僕なんかを。理由を教えて欲しい」
「和樹くん。頭がイイし、カッコイイんだもん」
一度も一緒に過ごしたことも、たいした話もしたこともない子にそんなことを言われても・・・。そんな時は必ずこう答えた。
「付き合うとか付き合わないとか、良くわかんないんだ。一緒に遊んだりするとかでも良いかな」
こうして僕の周りに女子が集うようになった。僕は女の子達のグループに遊園地や買い物に連れ回されるようになった。気付いた時には、僕は彼女たちのファッションの一部になっていた。
何のことは無い。僕は彼女たちのうわべだけのお飾りなのだ。アクセサリーと同じだ。横に居さえすれば会話も心も必要ない。僕は次第に無口になった。最近ではクールなんて言われているらしいが、まったくそんなことは無い。
それでも僕は彼女たちの誘いを断ることができなかった。女の子達にチヤホヤされるのってきっと麻薬みたいなものだ。男子だったらきっと断れない。男子とは、そういう生物なのだと悟った。
その頃からだろうか。弥島心とも初音ちゃんとも少しずつ距離を取るようになった気がする。表面上はいつもと変わらないバカなことばかりやっていたが、僕の心は昔みたいに熱く燃えることが無くなった。
前原陽菜(まえはら ひな)さんを加えて、桜の下で四人で一緒にお弁当を食べた時も、子供の時を思い出して、バカをやってみせたけど・・・。楽しさの影に心の中では冷静な僕がいた。いつからこんなに、いやなやつになっちまったんだろう。病院の天井を見つめながら思う。
「おはよう!和樹くん。早起きなんだね」
横を向いて屈託のない子供みたいな笑顔を差し向けられると、何だか辛い。足の痛みなんかよりも・・・。
「おはよう。初音ちゃん!もう直ぐ朝食の時間だよ」
初音ちゃんは窓の外の青い空を見つめてから、僕の方に向き直った。
「無茶苦茶な病院だよね。いくら病室が足りないからって、中学生の男女を相部屋に突っ込むなんて酷過ぎない」
初音ちゃんは僕のベッドの横に置かれたサイドテーブルに目を止めている。テーブルの上には引っ切り無しに訪れる、クラスメイトや同級生、後輩の持ってきた見舞い品が積まれている。半分以上、女子からのものだ。
「ごめん。うるさかったよな」
僕はそれ以上、言葉を返せない。
「いやー。和樹くんってホント、男子にも女子にもモテるよね」
「初音ちゃんだって、けっこう、友達がたくさん来るじゃないか」
「うーん。女子ばっか。クラスメイトとか後輩とか。男子は心だけだ。しかもあいつ、いつも手ぶらだし。見舞い品ぐらい持ってこいってんだ」
「初音ちゃんのお母さんの代理で、毎日、来てんだからそんないい方したら心に悪いよ」
「良いのー。甘やかしたら心はつけあがるし。初音にとって、心は使えない弟みたいなもんだもん。あいつ、昔っからシャンプーとリンスを間違えて頭を洗うような間抜けなんだ。中学はいる前までは私が洗ってあげてた」
「えっ!心と一緒にお風呂に入っていたのか。中学生になるまで・・・」
初音ちゃんの顔が耳まで真っ赤になる。マズい。聞かなきゃよかった。心と初音ちゃんの家が隣同士で、家族みたいに育ったのは知っているけど、視界がグラグラする。冷静じゃいられない。
「わふっ!口がすべった。今の話はなかったことに・・・。」
「あのさ。僕、思うんだけど初音ちゃんは心のことが好きなんじゃないか。あんまり近くにいすぎて失ってから気付くこともあるんじゃないか」
「ちっ、違うもん。ちゃんと中学に入ってからはそんなことしていないし。初音は保育園から和樹くん一本!ずっと憧れてたんだよ。それなのに和樹くん、全然女子扱いしてくれないし」
初音ちゃんは瞳をウルウルさせて泣き出しそうな顔をしている。この子は小さい時から表情がコロコロと変わる。ドキリとする。心と一緒に、ずっとそれを見てきた。心のやつ、何やってんだ。初音ちゃんを僕のものにしても良いのかよ。怒りがこみあげてくる。
「初音ちゃん。僕、大人になったら絶対に初音ちゃんをお嫁さんにする。これからは初音ちゃん以外の女子のお見舞いは全部断るし、その、婚約指輪も誰にも負けないものを買うから」
「和樹くん・・・。ありがとう」
初音ちゃんの瞳から大粒の涙がこぼれた。たぶん、初音ちゃんを泣かしたことは、今まで一度だって無かったと思う。今、僕の目の前で泣いている子供みたいな女の子。僕は全力で彼女を守ることを心に誓った。
「心のことは良いんだな。僕はそんなに心が広くないんだ」
「うん。心は陽菜ちゃんが好きなんだよ。放課後に一緒に勉強とかしているし。心は前回の中間テスト、英語が八十五点、数学が満点だって。あの心がだよ。愛の力って凄くない」
陽菜ちゃんって、あの前原陽菜ちゃんだよな。この間一緒にお昼を食べた彼女。心のやつ、そう言うことか。でも、心が自分から動くなんて正直、驚いた。色白、黒髪、ロングヘア、アイドル顔負けの美少女、前原陽菜ちゃんか・・・。
だけど、心には荷が重い。世間一般から見たら無謀としか言いようがない。彼女に憧れている男子は学校中に星の数ほどいる。心が彼らを敵に回して耐えられる心臓の持ち主とは到底思えない。
それに・・・。僕の考えが間違っていなければ、陽菜ちゃんは僕のことが好きらしい。言い寄ってくる女子が多いから態度で何となくわかる。この間のお昼でそのことに気付いた。
「マジかよ。心のやつ。大丈夫なのか。人にはそれ相応ってものがあるだろ」
「だよねー。初音もそう思う。でも心はバカだけと良いやつだから」
一瞬、初音ちゃんの顔に寂しそうな表情が現れて直ぐに消えた。
「だから私、心を応援するの」
初音ちゃんが僕のことを思ってくれているのはとても嬉しい。飛び上がって叫びたいくらいだ。それに答えたいと言う思いもある。足の骨を折ったことが幸せだとすら感じる。
だけど・・・。心のやつめ。よりによって何で陽菜ちゃんなんだ。陽菜ちゃんを狙っているやからには、やんちゃなやつらもゼロじゃない。心の心(こころ)が折れたら初音ちゃんは黙っていない。たぶん僕も見過ごすことはできない。
初音が自分の右手の甲を見つめている。白くて小さな握りこぶし。そこには初音ちゃんの可愛らしさとは似合わない傷がある。小学校四年の時のことだ。心の優しい心に付け込んだ六年男子三人をぶん殴った時の傷だ。そして、それをかばった俺の左腕にも傷がある。その事を心は今でも知らない。
「心のやつ。アホだわ。陽菜ちゃんのファンに殺されるぞ」
「だよねー。だから初音と和樹くんがいるんだよね」
「だな」
俺たち二人は窓の外を眺めながら大笑いした。まったく、心のやつ。憎めないやつだ。
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