第20話 ね、笑わないでね。
<弥島心(やじま しん)視点>
あれから数日が経過して遠藤和樹(えんどう かずき)もめでたく退院した。多分、木崎初音(きざき はつね)が迎えに行ったのだろう。僕には声がかからなかった。
いや、そうじゃない。何度か初音の姿を教室の入り口で見かけた。恐らく僕を誘いに来たのだと言うことは知っていたが、その度に避ける様にして席を立ってしまった。
初音の退院の日、僕はどうしてあんなに涙が止まらなかったのだろうか。イケメン偏差値マックス75の和樹と美少女偏差値70の初音、正直、お似合いだと思う。
小さい時からいつも一緒に遊んでいた二人の幼なじみ。あの頃は何とも思わなかったけど、美男美女に成長していく二人に、自分だけのけ者になった様な気がしていた。
他の男子ならともかく、初音のポンコツさは和樹も十分に知っている。くっつくんなら、もっと早くくっついても不思議じゃない。二人一緒に入院して、心境の変化でもあったのだろうか。
初音はおかしな言動が目立つが、根は良い奴だ。初音には色々とお世話になっているので幸せになって欲しいと心から思う。その点、和樹なら間違いない。勉強もスポーツも一番。神様に祝福されるミラクルボーイなんだから。
何より初音が和樹のことに好意を抱き続けているのは僕が一番に知っている。なのに・・・。心がモヤモヤする。胸が締め付けられる。何でだろ。
「心くん。この問題ちょっと分からないから教えて」
目の前で前原陽菜(まえはら ひな)さんが数学の問題集を示して言った。今日は陽菜さんと図書館でのお勉強会。楽しい時間のはずなんだけど。
「ごめん。何か言った?」
「もう、心くん。ここんとこ、ボーっとしてばっかりで全然集中してない。そんなんじゃ高校に受からないよ。さっきからシャーペンがずっと止まったままだ!」
陽菜さんが頬をぷくっと膨らませて僕を見ている。まんまるの瞳、本当に可愛い。陽菜さんはどんな顔をしても僕の一番だ。高望みなのは分かっているけど・・・。こうして陽菜さんの横にいること自体が奇跡みたいなものだ。
「・・・」
陽菜さんは知っているのだろうか。和樹と初音が付き合いだしたこと。多分、知らない。知ったらメチャ、ショックだよね。
和樹に恋人ができたらきっとこれは僕にとっては大チャンスだ。だけど、僕は陽菜さんの悲しむ姿はどんなことがあろうとも見たくない。
「ねっ。今日はお勉強を切りあげて金松堂でも行かない?お休みは、ずっと勉強ばっかりだし、たまには息抜きしてもいいよね」
金松堂!何か行きづらい。初音と和樹、二人と鉢合わせしそうな予感がする。そんな偶然、めったにない。それでも・・・。
「陽菜さん・・・」
「んっ?心くん」
「えっと・・・」
「うんうん」
「それで・・・」
「どれで」
「うんと・・・」
「もう、何?」
「うっ」
言葉が出てこない。
「うっ?」
陽菜さんが口に一指し指をあてて顔を傾げる。その姿に益々緊張する。
「海が見たい」
あれー。僕、何を言っているんだろう。デートの誘いみたいじゃん。
「海?心くんと二人で、海?二人っきりで・・・」
陽菜さんは窓の外に目をやる。僕もつられて空を見る。抜けるような青空に白い雲がゆったりと流れていく。もう、夏休みが近い。本格的な受験勉強のシーズンが始まろうとしている。ノンビリした中学校生活はもうすぐ終わる。
「ご、ごめんなさい。そんなつもりで言ったんじゃ」
陽菜さんの顔がみるみる赤く染まっていく。ほっぺがリンゴみたいだ。
「いいよ。心くんと海デート」
「えっ!」
「ね、笑わないでね。私、男の子と二人っきりで遠出するのは初めてなんだ」
「ぼ、僕だって初めてだ」
「海かー。うん、心くん。行こう、海。お互いに本格的な初デートだね」
陽菜さんの顔がパッと華やぐ。そうだ。僕は陽菜さんが大好きだ。イケメン偏差値35だけど、ずっとずっと彼女のことを思い続けてきたんだ。
「うん。今日は勉強、無しだね。陽菜さん」
「無し、無し。ずっと頑張ってきたんだもの。今日くらい、問題なし。パーって気晴らししてストレス発散も受験生の仕事だよ。うん、行こっ。心」
何かに納得するかのように頷いてから笑顔をたたえる僕の天使は、僕の名前の後ろに「くん」を付けなかった。
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