第11話 パフェのアイスの様にとろけてしまいそうだ。

<弥島心(やじま しん)視点>


 今日は中間テストの発表の日。僕と前原陽菜(まえはら ひな)さんは朝から落ち着かない。もちろん自信はある。僕たちはちゃんと気付いていた。勉強はスランプもあるけどやった分だけは確実に成績となって帰ってくる。


 最初に英語の時間。答案用紙が順番に戻される。僕の最大苦手科目だ。恥ずかしながら過去二年間で六十点を超えたためしがない。


「うおっ!」


 思わず声が漏れる。八十五点!信じられない。過去最高だ。僕がこんな点を取れるなんて信じられない。授業中だけど陽菜さんが振り向く。テストの後の点数の見せ合いっこはあちらこちらで行われているので、先生も目くじらを立てたりはしない。


「心くんやったね!」


 陽菜さんは僕の答案用紙の点数を見て小さくガッツポーズを作った。僕にとっては、その彼女の笑顔が一番のご褒美だった。嬉しいー。やった。やりました。バカだと思っていたけど、弥島心。やればできるんだ。


 陽菜さんの答案用紙を見せてもらう。うっほーい。九十八点。惜しい。あと二点で満点じゃん。僕は自分のこと以上に興奮した。


「すっげえ。陽菜さん、天才!」


「ありがとう。心くんのおかげだね」


 次はいよいよ数学の時間。僕は自分の点数の心配より、陽菜さんの点数が上がることだけを祈った。うおー。神様。お願い。陽菜さんは本当に頑張りました。だからよろしく。緊張マックスの中、数学の答案用紙が戻される。


「えっ」


 予想に反して僕の数学のテストは満点だった。勉強も容姿も良いとこ丸で無しのこの僕がだ。正直言って意外過ぎて夢のようだ。振り向いて僕の答案用紙を覗き込む陽菜さん。顔色がパッと華やいでいく。


「心くん。やったー。やったよ、心くん。すっ、すごい。満点だ」


 陽菜さんは僕の両手を取って、自分に事の様に小さく飛び跳ねて喜んでくれた。恥ずかしいけど誇らしい。そして陽菜さんの点数は、なんと九十二点!四十点台後半から一気に九十点台に駆けのぼった陽菜さん。カッコイイ!


「陽菜さん。おめでとう!」


 僕は背筋をピンと伸ばしてお辞儀をした。


「どういたしまして。心くんあっての結果だね」


 彼女もピシッとした態度で答えてくれた。僕たちのこの変な儀式も、教室中がザワザワしているので特に注目されない。興奮が止まらない。


 国語と理科と社会はお互いに六十点台をキープするにとどまったけど、二人で特訓した互いの苦手科目、英語と数学は奇跡の点数と言えた。今日はささやかなお祝いをしないと。ゴールデンウイークを潰して、中間テストの勉強に当てたのだから、神様だってきっと許してくれる。


 放課後、僕たちは別々に金松堂へと向かった。一緒に帰りたかったが、色気付いた周りの目がパパラッチより厳しい。抜け駆けは許すまじって雰囲気が、夏休みを前にして拡大中なのだ。


 金松堂で一人で待つ陽菜さん。


「待たせてごめん」


「ううん。ちょっと前に、着いたところだから」


 メニューを差し出す陽菜さん。


「何にしよっか」


 小さなテーブルに向かい合って座り、一つのメニューを二人で覗き込む。うわー!恋人同士の様だ。夢にまで。って、恐れ多くて夢にすら見たことない。


「よし、ここは一つ、チョコレートパフェにチャレンジしよっと。パフェは意外だけど和菓子の老舗、金松堂の喫茶室の隠れた金字塔なんだ」


「じぁあ。私はいちごパフェで」


「うん。いいね。金松堂喫茶室の双璧にチャレンジだ。見たらビックリするよ」


 自然に笑いがこぼれる。


「楽しみだね」


 そりゃーまあ。一個、千八百円!!田舎街だからラーメンが三杯余裕で食べられる価格だ。でも、今日はそれだけの価値がある。だから気にしない。存分に楽しんでやる。


 緊張して待つこと十分。ついに二つのパフェが運ばれてきた。小さなテーブルに乗り切るかと思えるような巨大な器。その圧倒的なボリュームに二人とも顔を見合わせる。


「すごいね。これ」


「うん。すごい。写真を撮らなきゃ」


 陽菜さんはポケットからスマートフォンを取り出した。


「陽菜さん。スマートフォン。持ってたんだ」


「うん。四月が誕生日だったから買ってもらった。学校、スマホ禁止だから隠してたんだけど」


「そうなんだ。僕、誕生日も知らなくてゴメン。こんど埋め合わせさせて」


「いいよー。それより、記念写真をとらなきゃ。パフェのアイスが溶けちゃうよ」


 店員さんを呼んで記念写真を撮ってもらった。顔より大きいパフェを囲んでほほ笑む二人。陽菜さんと僕。この写真が絶対に欲しい!


「帰りにコンビニでプリントして!」


「うん」


 陽菜さんと二人の思い出。嬉しい。今日のテストの答案用紙と合わせて僕の宝物にするぞ。


「じゃ食べよっか」


「うん」


 二人ともパフェ用のロングスプーンを手に取る。あまりに巨大なパフェ相手にどこから手を付けて良いのか迷ってしまう。


 一度はフラれた僕にこんな未来が待っているなんて誰が想像できるだろうか。天使のような陽菜さん。かわいい。パフェのアイスの様にとろけてしまいそうだ。

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