第10話 女の子に負けるわけにはいかない。
<弥島心(やじま しん)視点>
暗闇の中で、教科書やら筆記用具などを適当にお互いのカバンにしまった。廊下に出て学習室のドアを閉じだ。僕はドアノブのカギ穴に手探りでカギを差し込んで回した。
シャカン!
カギが閉じる音が思いのほか大きく廊下に鳴り響いた。ビックリした。誰もいないとこんなにも大きな音がするんだ。心臓が高鳴ってなかなか静まらない。
「びっくりしたね。なんかお化け屋敷みたいでワクワクしてきた」
前原陽菜(まえはら ひな)さんは僕の背中にピッタリとくっついて言った。陽菜さんワクワクなんだ。僕はドキドキなんだけど。
恐るおそる廊下を進み、階段を降りて、受付前のロビーへと向かった。黒い人影が僕の前に!ってか気付いた時には既にそいつに触れていた。人の体温を吸い取るような冷たい皮膚。鱗のようなザラリとした感触。人間のようだが巨大で異様なシルエット。
「ぎょえー」
僕は咄嗟に陽菜さんを抱きかかえて後ろに飛びのいた。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。僕はどうなってもいいから、陽菜さんだけは助けてください。お願いします。お願いします。お願いします」
僕は目を固くつむり、陽菜さんをかばう様に両手で彼女を覆うように抱きかかえたまま、体を丸めていた。彼女の背中の上に手を合わせて、念仏を唱えるかのように謝り続ける。体の震えが止まらない。
「心くん。あれ、ロビーにいつもある裸婦像だけど」
「えっ!」
僕は恐るおそる目を開けた。黒い化け物だと思った物体が、裸の女の人のブロンズ像へと姿を変えていた。小学校の時に男子連中が「おっぱい妖怪」とあだ名していた裸婦像だ。
くそっ!なんでこんな変態チックでエロイ銅像が芸実なのかさっぱり分からない。毎日少しずつ、高めてきた陽菜さんの僕に対するイケメン偏差値が音を立てて目減りしていく。あー!空しい。
「うわっ!」
僕はこの時点でようやく自分の姿に気付いた。陽菜さんの体を両手で強く抱きしめていた。陽菜さんの黒髪がほほに触れている。サラリとした髪の感触とほのかなシャンプーの香り。腕の中に納まるホワンとした柔らか体は男の子とはまるで違った。
「だ、誰かいるのか!」
廊下の角からサーチライトのオレンジ色の明かりが、駆け出してくる。眩しい。
バシッ!
図書館に明かりが戻った。ロビーの前で二人で座り込み、僕に抱きしめられている陽菜さんの姿があらわになった。
「ご、ごめん」
二人とも顔が真っ赤だ。
警備員が僕たちのところまでやってくる。二人で事のいきさつを説明した。幸い学習室の監視ビデオ映像も残っており、ちゃんと勉強していたことが証明された。
てか、あの部屋、監視カメラが付いてたのね。安心したと言うか、がっかりしたと言うか。世の中、何処に目があるか分からない。でも、二人でいるときにあんなに真剣に勉強していたとは。映像で見て驚いた。
警備員に解放されて外に出る。月明かりに照らされて陽菜さんの顔が益々美しく見える。惚れ直してしまいそうだ。
「学校沙汰や警察沙汰にならなくて良かった。明日は中間テスト本番だから、今日は帰って寝ないとだね」
陽菜さんは図書館前の広場で、月を仰ぎながらクルクルと舞いだした。
「何しているの」
「嬉しいから浮かれているの」
「えっ?」
「心くんさ。震えながら何て言ったか覚えている」
「・・・」
「『僕はどうなってもいいから、陽菜さんだけは助けてください。お願いします』だって。んで、銅像を背にして、私の事、ガバッて包み込んでくれた」
「みっともないカッコを見せちゃったね」
「違うよ!カッコ良かった。あんなに怯えてたら、普通、私なんて置き去りにしてどっかに行っちゃうか、私を楯にして自分を守るでしょ」
「そうかなー。陽菜さんを楯にしたり、置き去りにする男子なんていないと思うけど」
「そんなこと言ってくれるのは心くんだけだね」
彼女が真剣な顔で僕を見つめてくる。僕は美しさに見惚れて動けなくなる。一歩、二歩、三歩。彼女が近づいてくる。思わず瞬きしてしまう。僕の視野の中に陽菜さんの顔全体が収まらない距離。
「ありがとう」
陽菜さんの閉じた唇が僕のほほにそっと触れた。この一瞬の柔らかい感触を僕は一生涯、忘れないだろう。
「ほっぺだけど私のファーストキス」
陽菜さんは顔を真っ赤にしてうつ向いた。
「あっ、ありがとう」
キスされてお礼を言うのも変だけど、言わずにはいられない。ずっと憧れ続けている美少女偏差値72の前原陽菜さんのファーストキス。嬉しくて、めまいがしてくる。
「ごめんね。唇同士はまだちょっと怖いし、私、遠藤和樹(えんどう かずき)くんのことあきらめ切れないから」
「謝んないでよ。へへっ。今日はカッコ悪かったけど明日の中間テストはきっとカッコいいから。陽菜さん、きっと僕の事、見直すと思うよ」
「言ったなー。そう言うの自信過剰って言うんだぞ。心くんらしくない。ほら、帰るよ!私より足が遅い癖に」
陽菜さんは僕の尻を叩いて、駅に向かって駆け出した。男の意地だ。女の子に負けるわけにはいかない。
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