美少女偏差値72の女の子に片想いを続ける、イケメン偏差値35の僕が頑張ってみた結果・・・。

坂井ひいろ

第1話 僕にとっての答えは間違いなく後者だ。

<弥島心(やじま しん)視点>


 僕の名前は弥島心。恋と青春にときめく中学三年生。と言いたいけど、平均身長、平均体重、ちょっとやせ型。勉強もスポーツも飛びぬけたところはまるで無し。これと言った特技も趣味も無し。


 これ以上、語る所の無い平凡(へいぼん)を絵に描いたようなさえない人間だ。魅力度ゼロ。恋のスキルもテクニックもゼロ。学内でのイケメン偏差値はなんと35。存在感すら無い。我ながら情けない。


 だけど、こんな僕にも小学校の時から、ずっと想い、こがれ続けている初恋の女の子がいる。クラスメイトの前原陽菜(まえはら ひな)。学内での美少女偏差値72を誇(ほこ)る僕の天使だ。


 無理、無理。スペックが違いすぎ。身の程知らず。こんな言葉が飛び出してくるほど僕と彼女はつり合わない。


 彼女のおかげて僕は芸能人やアイドルに興味を持ったことがない。なぜならテレビの中より確実に可愛い子が近くにいるのだから。それがかなわぬ恋でもだ。


 そうそう、アイドルに恋していると思えば気が楽になる。世間、一般、アイドルに萌えもえの男子は多いが、その恋は実ることがない。はい、僕のポジションは彼らと同じなのだ。


 ところが、この春からは状況が一変した。一つ前の席に座る制服の後姿。陽菜さんが僕の前の席に座っている。その姿を見つめる度に、僕の心はザワツク。いつまでたっても慣れることがない。


「よーし。今日の授業はこれで終わり。みんなも今年から受験生なんだから、ちゃんと復習しとけよ」


 爽やかな笑顔を生徒たちに向ける新米担任教師こと、羽生(はにゅう)先生。正直、熱血さが空回りしている。先生の言葉は耳を素通りしていく。


「ねっ!心くん。心くんはどこの高校を受けんの?」


 予告も、前触れもなく、いきなり振り向く美少女偏差値72の陽菜さん。彼女の黒髪がふわりと宙を舞った。シャンプーのほのかな香りが広がる。僕の心臓がドクンと鳴(な)った。


 たったそれだけで、今日がラッキーな一日に変わった。彼女の方から声を掛けてくるなんて。もう、それだけ僕の興奮度を示すレベルメーターはレッドゾーンを振り切った。


 真っ直ぐに見つめられる。天然の長いまつ毛と、澄んだ瞳に吸い込まれそうだ。やっぱり、かわいい!眩しすぎる。良いか、分かっているな、弥島心。落ち着くんだ。


「まだ、決めていないけど・・・。陽菜さんはどうするの?」


 よし、緊張せずに、言葉につまることなく話し出せた。質問を質問で返したのは良くないけど、彼女の進路が気になる。何故なら、その答えで僕の進学先が決まるからだ。


「私、あんまり、頭、良くないし。地元の白峯(しらみね)かなーっ。自転車で通えるし。やっぱり、近いって良いよね!」


 同意を求めようとして、僕の机に身を乗り出してくる陽菜さん。かなり近い。すぐ目の前に彼女の顔が飛び込んでくる。


 すっぴんの顔が初々しい。まつ毛や眉毛の一本一本まで鮮明に見える。赤ちゃんのまま成長したかのような真っ白い肌。シミもソバカスもない。スッとした鼻筋。端っこがクッと上がったツヤツヤの唇。時々見えるかわいい耳。


 僕のことを話したら一瞬で言葉が尽きるが、前原陽菜さんの事ならいつまでだって話していられる。彼女の美しさを称(たた)える言葉は無限に湧いてくるのだ。


 ほっぺが取れたての桃みたいだ。瑞々(みずみず)しくて、やわらかそう。金色のうぶ毛までハッキリと見て取れる。瞳が大っきい。天然の長いまつ毛がパタパタとゆれている。いつまでも眺めていたい。やばい。見惚れ過ぎだ。


「そっかー。白峯(しらみね)かー。僕もそうしようかな」


「うんうん。そうしなよ!」


 彼女は頭をコクコクと動かしてうなづく。その仕草に再び心を奪われる。チャンスだ。今、言ってしまえ!さり気無くだぞ。頑張れイケメン偏差値35の僕!


「陽菜さんとずっと一緒にいたいし・・・」


「陽菜ー!帰るよ、置いてくぞー」


 僕が全身全霊を込めて思い切って放った言葉は、廊下へと向かうクラスの女子の言葉にあっさりとかき消された。


「ごめん。また明日ね」


 陽菜さんは慌てて机の中のものをカバンにしまって、席を立った。聞こえたのだろうか?表情は変わらなかった。多分、聞こえていない。


 僕はただ、その姿を目で追うことしかできなかった。スラリとした紺色の制服が僕の前から去っていく。


「はぁー」


 大きなため息がこぼれた。机にのせた腕の中に顔を埋める。毎日、合計したって五分にも満たない陽菜さんとの会話。もう、何年、こんな日常を過ごしているのか。


 片想いはセツナイ。だけど、イケメン偏差値35の僕に一歩を踏み出す勇気なんて無い。友達以上、恋人未満なんて言葉があるが、僕たちの関係は友達とすら言えないままで、何年もずっと平行線。


 単なるクラスメイト?同級生?もどかしい。でも、どうすることもできない。できるなら、もうとっくにどうにかなっている。何度も切っ掛けを作ろうとしたけど、運命は交わらない。時間だけが過ぎていく。そして、来年には卒業。今年が最後の一年だ。


『まだ、一年もある』とみるか『後、一年しかない』ととるか。あまりにも長い片想い。僕にとっての答えは間違いなく後者だ。

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