第2話 4月が始まったばかりだと言うのに。
<弥島心(やじま しん)視点>
「はぁー」
自分の机に突っ伏す僕の口からはため息しか出ない。どうせ誰も聞いちゃいないんだから、別に良いけど。ひねくれた思いにどっぷりと浸る。どうせ、イケメン偏差値35。かなう恋なんて存在しない。
「何、ため息ばかりついているのよ」
沈んだ心に追い打ちをかけるような元気ハツラツな声。顔を上げると、保育園からの腐れ縁、幼なじみの木崎初音(きざき はつね)の姿がそこにあった。
同学年の男子の中には、彼女のことを『かわいい』と思っている輩(やから)が思いのほか大勢いるらしい。長くて黒々とした髪に天使の輪。小さい顔に小学生みたいな華奢(きゃしゃ)な身体(からだ)つき。全てがミニマムな女の子。
でもねー。同い年だけど妹みたいでドキドキしない。フワーッとした気持ちにならない。あまりに身近すぎて恋愛の対象には程遠いのだ。まったく『女子』を感じない。
てか、小学校六年までは、ご近所仲間の温泉旅行で一緒にお風呂に浸かっていた。思春期だからどうかと思うよと、母親に注意を受けるまで、兄妹同然の暮らしをしていたのだ。
言いたくはないが、互いのお尻の蒙古斑の形まで覚えている。知らなすぎるのは問題だが、知りすぎてしまったものは元には戻せない。相手を知るプロセスが恋には必要だ。発見のない恋は実ることもない。
木崎初音。表向きは学内での美少女偏差値は70、実は精神年齢が小学生並みと言う残念ポイントマイナス30で実質美少女偏差値は40のギャップガール。イケメン偏差値35の僕とそう大差ない。
「なんだよ。初音(はつね)」
僕は初音を見上げる。相変わらず胸がねーなー。同じ制服を着ているのに、ちっともときめかない。憧れの前原陽菜(まえはら ひな)さんとは大違いだ。
僕にとっては、ある意味、普通に話せる唯一の女の子とも言える。お互い一人っ子だけど、親の都合で兄妹の様に育てられたせいだ。
「ため息ばっかりついていると幸せが逃げていくよ」
「そんなことを言うためにわざわざ隣のクラスから来たのか?」
「だってさ。イジル相手がいなくなって、つまんないんだもん」
「はあっ?余計なお世話だ!」
「じぁあ、勝手にすれば」
くーっ。どこまで残念な女の子なんだ。マイナス30どころか、僕にとってはマイナス50でもおかしくない。木崎初音。たった今、キミの美少女偏差値は僕の中で20まで下落した。
いきなり怒り出して、そんな、フグみたいにふくれられても何もでないんだけど。一瞬、にらみ合う形になる。僕は耐え切れずに目を逸(そ)らす。
「はいはい。そうさせていただきます」
僕は下を向いて、教科書やら鉛筆入れなどを机の中から取り出す。無造作にカバンに突っ込んだ。
「・・・」
捨てられた子犬みたいな顔で見るのは止(や)めてくんないかな。僕が悪者みたいじゃん。ちっ。しょうがねーなー。
「一緒に帰る?」
「うん!」
今度は満面の笑顔。ころころと気分が変わる。正直に言って、最近、初音といると疲れる。三年生になってクラスが別々になってホッとしていたのに。
ホッとするには別の訳もあった。僕は教室の中を見まわす。良かった。陽菜さんのことで、ヘタレている内にクラスの男子はみんな帰ったか部活に行ったようだ。初音のことで、変な勘違いをされて、はやし立てられるのは本意じゃない。クラスの不良どもに目を付けられるのはさらに懲りごりだ。
「あのさー。初音」
「何々!」
もう、声がデカい!顔が近い!腕を絡ませるな!ワザとやってない、初音ちゃん。クラスでの僕のささやかで平凡な人生を破壊するつもりか?教室に残った数人の女子が、談笑しているフリをして聞き耳を立てている。この場は穏便(おんびん)にやり過ごすしかない。
「とにかく帰ろう」
僕は小声で初音に耳打ちした。初音が悪戯そうな顔を向けてくる。
「告白してくれるのかと思って期待したのに」
爆弾発言じゃんか。僕は全力で否定するしかなかった。
「それは在り得ません」
「酷い。裸で見つめ合った仲なのに!」
くっ。今度は脅しか。第二次攻撃まで繰り出すか!
「ちっ、違うだろー。幼稚園の時のことを持ち出すなよ」
クラスの女子の間からクスクス笑いが漏れ聞こえてくる。こいつらやっぱり聞いている。僕は狼狽(ろうばい)するしかなかった。
頼む!小学校に入ってからの間違いは口にしないでくれ。初音が声を潜(ひそ)めて言った。
「金松堂のいちご大福で許す」
金松堂のいちご大福はうまいが高い。今月も、僕のささやかなお小遣いがピンチだ。4月が始まったばかりだと言うのに。
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