第3話 たぶん、今晩は悔しくて眠れない。

<弥島心(やじま しん)視点>


「やっぱり、金松堂のいちご大福は最高だよね」


 僕は金松堂の喫茶室にいる。口の周りに白い粉をたっぷりとつけて、木崎初音(きざき はつね)が目の前で微笑んでいる。初音が好きだと言う男どもに見せてあげたい。周りを一切気にせず、大口でいちご大福をパクつく姿は、子犬と言うより子豚そのものだ。


 ズ、ズズー。


 初音は音を立ててお茶をすする。色香(いろか)も何もない。皿に並んだ、高価ないちご大福が次々と消えていく。一個、二百円。合計で千円。僕がお金を払う必要がどこにあったのだろうか。


「食べないの?」


 初音は五つのいちご大福の内、既に三個をたいらげている。僕は焦っていちご大福に手を伸ばした。


「あっ!」


 お互いに思わず手を引っ込める。タイミングが一緒になって初音の手を握ってしまった。真っ白い大福の生地に負けないくらい、透き通るようなきれいな手をしている。いつの間にかゴツゴツとしてきた僕の手とは大違いだ。


「・・・」


 知らない内に女の子になっている初音を見てハッとする。こいつも何時かは大人になってお嫁さんに行くんだなあー。なんて、今まで考えてみたこともなかった事態が思い浮かぶ。


 純白の花嫁ドレスをまとった初音。顔を覆う白いベールを上げると大福をほおばる初音。思わず笑い出してしまいそうだ。お腹に手をあてて気持ちを抑える。こいつには、まだまだ、いちご大福がお似合いだ。


「お腹でも痛いの?ウンチしてくる」


 うっ、ウンチって。初音ちゃん。発想が小学生のままじゃん。下品な女の子が男子に受けるのは小学生までですよ。


 残念な女の子になっちゃいますよ。このまま残念ポイントを積み上げたら美少女偏差値がどんどん目減りするだけなんだけど。


「んなわけないだろ。ただちょっと可笑しかっただけだ」


「何が?」


「は、初音も大人になるんだなって・・・」


 何か、言ってるこっちが恥ずかしい。顔が熱い。


「ひっどいー!初音が大人になるのが可笑しいわけ?」


「・・・。ゴメン」


 確かに失礼な話だ。これ以上、続けるとボロが出る。初音の女の部分にハッとしたなんて口が裂けても言えない。初音の美少女偏差値の基礎点は確実に上がっている。てか、それを認める訳にはいかない。僕のイケメン偏差値は35で固定されているのだから。


 僕たちは黙っていちご大福を食べ、お茶をすすった。二人だけの秘密の和菓子店。ここなら制服で入っても、周りの目を気にする必要がない。同級生に女の子と二人っきりでいる所を見られる心配がない。


 と、思っていたが、秘密の場所を知っている、もう一人の厄介者が目の前にやってきた。遠藤和樹(えんどう かずき)。同じく保育園らの腐れ縁ってやつだ。


「奇遇だね。二人でデートかな?」


「デートじゃないから。一方的に初音に、たかられているだけだから」


 僕は自分の財布を示して言った。和樹は白い八重歯をチラ見せしてほほ笑んだ。和樹のやろう。イケメンぶるんじゃない。和樹の行動は一々、僕の癇(かん)にさわる。昔はそんな奴じゃなかった。


 まっ、美少年で頭脳明晰(ずのうめいせき)、その上、健康優良児。僕に無いものを全て兼ね備えている。イケメン偏差値75のミラクルボーイ。嫉妬して距離を置いたのは僕の方なんだけど。イケメンの引き立て役とか、おこぼれちょうだい的な役回りとかっていやじゃん。カッコ悪りーい。


「そうは見えなかったけど。僕も初音ちゃんとデートしたかったな」


 くっ。心にもないことを。イケメン偏差値75の余裕をかましてんじゃねー。和樹!いけ好かない。んっ?ってか、あれっ!初音?もしかして・・・。顔が真っ赤じゃないか。


 はあー。分かりやすいやつ。幼く見えても、初音だって同い年。恋にこいするお年頃の女の子なんだ。ここは一つ、幼なじみとして協力するしかないか。


「やっべー。忘れていた。母さんに買い物を頼まれたんだっけ。悪い!この通り。和樹!後、頼むわ」


 僕は、二人がつけ入る隙を与えないように三流芝居を打って、急いで退散した。レジで精算して店を出ようとする。


 カラン、カラン、カラン。


 お店のドアに取り付けられたベルが来客を告げる。えっ!嘘だろー。お店の入り口で前原陽菜(まえはら ひな)さんと鉢合わせした。


 思わぬところでクラスメイトに出くわして気まずそうに驚く彼女。瞳が大きく見開かれている。こっちの心臓も激しく高鳴っている。


 これって・・・。店内には僕の連れだった表向き美少女偏差値70の初音。そしてもう一人。イケメン偏差値75の和樹!僕の心を絶望が満たしていく。僕は彼女の目線を追って店の奥へと振り向く。見たくない。


「遅れてゴメンなさい」


 彼女の中に、目の前のイケメン偏差値35の僕と言う存在は既になかった。彼女の瞳は店の奥にいる和樹の方しか見えていない。


「いや。僕も今、来たところだから」


 いちご大福をくわえた初音が振り向いて、間抜け顔を向ける。


「初音ちゃん?」


 初音と和樹のペアを見て急に不安そうになる陽菜さん。元々、白い顔色がみるみる青白くなってく。


「ゴメン。邪魔しちゃったみたいだね。初音は僕の連れだから」


「えっ!」


 美少女偏差値72の陽菜ちゃんの顔に血の気が戻っていく。ようやく存在を思い出される僕って・・・やっぱりイケメン偏差値35。たぶん、今晩は悔しくて眠れない。

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