第4話 僕も少し元気をもらった。

<弥島心(やじま しん)視点>


 家に帰った僕は夕食もそこそこに自室に引きこもった。夕飯に何を食べたがも、どんな味だったかも、まるで覚えていない。ベッドに潜り込んで枕を抱えて泣きたい気分だ。


 美少女偏差値72の前原陽菜(まえはら ひな)さんとイケメン偏差値75の遠藤和樹(えんどう かずき)。お似合いすぎる。ってか、イケメン偏差値35の僕にはつけ入る隙もない。長年の片想いがこんな形で終わるとは・・・。


 コン。


 ガラス窓に小石が当たる。窓の外に黒い人影。


「入っていい?」


「カギ、掛かってないから。勝手にどうぞ」


 窓枠に足をかけて木崎初音(きざき はつね)が僕の部屋に上がり込んでくる。小学校の時からずっとそうだ。こいつの訪問はいつも玄関からじゃない。スカートのまま窓からやってくる。


「パンツ、まる見えなんだけど」


「サービス、サービス」


 サービスじゃねーよ!僕、今、ものすごく落ち込んでるんだけど。相手が初音でも襲っちゃうかもよ。表向き美少女偏差値70の初音ちゃん。


「慰めてよ」


「何だよそれ」


 こっちが言いたいくらいだ。


「初音の恋が破れたんだよ」


 大体、自分のこと名前で呼ぶなんて幼稚さを表す、自己中の証なんだけど。かわいいとでも思ってんの?


「知らねえよ。そんなの」


 僕だって落ち込んでいるんだ。小学校からわき目もふらず、ずっと陽菜さん一筋。チョー、ロング片想い。人生の半分以上をかけた初恋だぞ。


「心(しん)があんなとこ誘うからだ」


 初音はベッドを背もたれにして座る僕の横のボジョンをちゃっかりキープする。ミルクのような甘い香りが漂ってくる。何これ。女の子臭い。


 くっつくんじゃねーよ。僕は今それどころじゃねーんだ。ってか、腕が胸に食い込んでますよ。ゴワッとした制服の奥にムニッっとした感覚がある。いつものように振りほどく気力すらない。


 んっ。泣いているの?初音から元気を取り除いたら、カスも残んないんだけど。初音の指が僕の指を絡めとる。ま、まて。初音!早まるな。


 初音を陽菜の身代わりにするほど僕は腐っちゃいない。耐えろ僕、弥島心。初音が僕に求めているのは単なる『兄妹関係』であって、恋人じゃない。


 石化しろ。心も体も石になるんだ。うおっ!涙で潤んだ瞳。柔らかそうな唇を向けてくんじゃねーよ。その唇がぼそぼそと動く。


「心はさ。知ってた?初音が和樹くんをずっと好きだったってこと」


「・・・」


 正直、まったく気付いてなかった。見た目も行動も幼すぎて、誰かを好きだなんて感情を宿(やど)しているとは想像できなかった。こんなにも身近にいるのに・・・。なら、一緒に風呂になんか入るなよ。バーカ!ってか言ってくれれば応援したのに。水臭い。


「心はさー。陽菜ちゃんのこと好きでしょ」


「えっ!」


「分かりやすいんだよねー。心ってさ。いっつも陽菜ちゃんのこと目で追っているもん。登校の時とか、体育の時とか」


 くっ。見抜かれているわけ。てか、目で追っているって僕、変態ストーカーみたいじゃん。僕に残念ポイントを付けたら、僕のイケメンポイントはマイナスになるじゃないか。


 鈍感だと思っていた初音に気づかれているとなると、これからはもっと注意しないと。てか、もう必要ないか。イケメン偏差値75の和樹を相手に勝てる気がしない。


「・・・」


「陽菜ちゃん。かわいいもんなー。女の子らしいと言うか。和樹くんが惚れちゃうのも仕方ないよね」


「・・・」


「お互いフラられた身なんだし、心の傷を舐めあおっか」


 初音が僕の肩に頭を預けてくる。人間の頭って結構重いんだな。なんてどうでもいいことが脳裏をよぎる。


 何だよこいつ。ショックなのは分かるけど身代わりなんてゴメンだ。それに、僕はまだ、陽菜さんに直接、フラれたわけじゃない。


「僕はまだフラれたわけじゃないけど」


「そんなの告白するまでもないよ。美男美女の間に割って入るほど自分が魅力的だとでも思っているの?自惚(うぬぼ)れも大概にしたら」


「帰れよ。バカ」


「ふん。何がバカよ。バカなのは心よ。チャンスは今だけ何だかんね」


 上目遣いに僕を見上げる初音。こいつ、こんなに可愛かったっけ。なんか自分の見せ方に磨きがかかっていない?それでも初音は初音だ。落ち込んだ女の子をゲットするなんてプライドが許さない。


「そっちこそ。僕なんかとくっついたら、後で後悔するぞ」


「ふーんだ。バカ。私、帰る!」


 初音は来た時と同じように窓から帰っていった。でも、来た時より少し元気がある。僕も少し元気をもらった。

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