第5話 素直になれるのは何でだろう。

<前原陽菜(まえはら ひな)視点>


 私は中学三年生になった。同級生のみんなは、私のことを、すましたお嬢様か何かと勘違いしている。でも本当は、極度の恥ずかしがり屋でコミュニケーションが苦手なだけだ。


 才女に見られがちだけど頭だって良くない。数学はいつも補習を受けさせられる。こんな私だけど、たった一人だけ気軽に話せそうな男の子がいる。彼の名前は弥島心(やじま しん)くん。


 人混みにまぎれたら絶対に見失うくらい特徴がない。空気みたいな男の子だ。彼は私の後ろの席に座っている。


「おはよう!」


 朝の挨拶って大切。心くんは何時もドキマギしている。小学校の時からずっとそうだ。私に対する他の男子のようなギラギラした感じがない。いい人なのだ。


「おっ、おはよう。陽菜さん。今日はいい天気ですね」


「はい!いい天気です」


「・・・」


 多分、朝、一生懸命に練習してきた言葉。でも、後が続かない。いつもここで会話は途切れ、ほかのクラスメイトの登校と合わせてうやむやになる。もっと話してみたいけど。


 男の子って不思議だ。女の子に悪戯はするけど、仲良くなろうとはしない。ヘタに仲良くすると冷やかしやいじめの対象になるからだろうか。それとも、カッコ悪いとでも思っているのだろうか。中学三年生って微妙なのだ。


 ところで、私は心くんが、小学生の時から私のことをずっと想い続けていることを知っている。そりゃあまあ、私もそこまで鈍感じゃない。でも、私には他に好きな人がいる。遠藤和樹(えんどう かずき)くん。イケメンで頭も運動もずば抜けている。


「おっはよーう!」


 彼が登校してくるだけで教室中が明るくなる。爽やか過ぎて、ちょっとバカっぽいけど、その仕草に嫌味がない。女の子には誰にでも分け隔てなく優しいから教室中、ライバルだらけだ。


「はぁー」


 思わずため息を漏らしてしまった。私としたことが。


「はぁー」


 私のため息を追うかのように、後ろからため息が聞こえてきた。弥島心くん。いたんだっけ。すっかり忘れていた。


 てな感じで一日が始まる。今年は受験生だから授業はおろそかにできない。私の現在の実力では地元の県立白峯(しらみね)高等学校ですら危ない。愛だ恋だなんてうつつをぬかしている場合ではないのだ。


 気か付けば、午前中の授業も終わり、もうお昼の時間だ。私は後ろを振り向いた。


「あのうー」


 心くんと私は奇遇にも同じ言葉を同時に発していた。ビクッとして目を逸らす心くん。顔が火照る。こうなったら最後、落ち着くまで二人ともしばらくモジモジするしかない。


 三分位かけてゆっくりと落ち着く。心くんもチラチラと私の顔を見る余裕が出てきた。


「心くんからお先にどうぞ」


「和樹と付き合っているの?そ、その、昨日、見ちゃったから。ゴメン」


 そうだったらどんなに嬉しいことか。でも、実際は違う。放課後に和樹くんと会ったのは、彼の優しさを利用して、借りた数学のノートを返すためだった。


 苦手な数学を克服すると言う大義名分が、私を大胆にした。お礼をすると言う名目にかこつけて、何とか初デートに誘ったつもりだった。


 だけど、天才のノートは、何が書いてあるのかさっぱり読み解けなかった。おまけに同じ学年の初音ちゃんを目にして、しどろもどろ。フォローを入れてくれる和樹くんには感謝したが、自己嫌悪の闇に沈むしかなかった。


「うーん。だったらどうする?」


 心くんの前だったら意地悪だって平気で言えるのに。


「・・・。お似合いだと思う」


「そっか。ありがとう。ところで、心くんこそ初音ちゃんとどういった関係なの?」


 なんで、私、こんなこと聞いてんだろう?嫉妬している?そんなことはないと思う。単なる好奇心。同級生が放課後にデートしているのを見かけたら誰だって気になるよね。


「保育園からの腐れ縁ってやつで。いちご大福をたかられてました」


「ふーん。そうなんだ。仲がいいんだね」


「・・・。そんなことないけど」


「初音ちゃんが帰った後、和樹くん、心くんの話しばかりしてくるんだけど」


「えっ」


「三人とも幼なじみだって。羨(うらや)ましいな」


「そうかなー。実際に一緒にいたらうざい連中だけど」


「私も仲間に入れて欲しい」


 言っちゃった。するって口から欲望が出てしまった。私ってやな女。心くんが断らないのを知ってて言っている。和樹くんに近づくために。でも、心くんの前だと素直になれるのは何でだろう。

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