第7話 今日のこの楽しい時間を忘れない。
<前原陽菜(まえはら ひな)視点>
一緒にご飯を食べたことで私たちは親密になれた。咲き誇る桜の花びらに彩られて、気持ちが解放されたのかも知れたない。
三人が近所の幼なじみだから、必然的に話題は私に集中する。中でも木崎初音(きざき はつね)ちゃんは遠慮がない。
「うふふ。陽菜さんってさ。ツンデレっぽくて近寄りがたかったけど、話してみたら結構おもしろいんだね」
初音ちゃんの行動は予測できない。手を取って目をウルウルさせたかと思うと、突然、ひょんと飛びのいたりする。ネコ科の動物みたいでかわいい。
「私、そんなに声を掛けづらい感じかな?」
「うーん。美少女オーラ全開って感じ。この位まで出ている」
初音ちゃんはストーブにでもあたるかのように、三十センチほど間を取って私に手をかざした。そんなはずはない。
「おー。後光が眩しい」
「確かに!俺も美少女パワーを授かろう」
遠藤和樹(えんどう かずき)くんが悪乗りに便乗した。私は恥ずかしさで顔を赤くするしかない。初音ちゃんが急に真顔になる。
「美人ってさ。顔が整っている分、冷たそうに見えるんだよね」
初音ちゃんの両手がスッと伸びてきて、私のほほをつまんで横に引くと同時に鼻を持ち上げた。
「うっはは。変顔にしてもかわいい。こりゃあ、根っからの美少女さんなのね」
「やっ、止めてよ。もう」
恥ずかしい。人に顔を触られるなんて何年も経験がない。和樹くんと目が合う。私を見て楽しそうに笑っている。私なんかでも和樹を楽しませられるんだ。
「反撃してこないんだね」
「反撃?」
「そう。反撃!」
「えっ。いいの?」
「普通するでしょ!」
「ほらっ。どうぞ」
初音ちゃんはすまし顔で私と向き合う。反撃と言われても、何をどうしたらいいのか、さっぱり分からない。初音ちゃんは目をキラキラさせて言った。弥島心(やじま しん)くんの方を見る。彼、いたんだ。ごめんなさい。存在が薄いんです。
「やっぱ止めた。二人で心を攻撃しよう」
「へっ?」
初音ちゃんは、あっという間に戸惑っている心くんを後ろから羽交い絞めにした。
「陽菜ちゃん!変顔作戦お願い」
私は恐るおそる心くんのほほをつまんで引っ張った。男の子のほっぺって思った以上に柔らかい。そして伸びる。なんか、勢いついてきた。目の周りをぐりぐりしたり、耳を引っ張ったり。鼻を持ち上げたり。人の顔で遊ぶのってけっこう楽しい。
「陽菜さん。止めてください!」
心くんの顔は真っ赤だ。
「やーめた。つまんない。心のやつ。喜んでない?まったく変態なんだから」
初音ちゃんは心くんを開放する。
「僕もして欲しいんだけど・・・」
遠藤和樹(えんどう かずき)くんがモジモジしながら言った。あのイケメンの和樹くんがですよ。モジモジで変顔を求めるなんて。かわいい。
でも、でもなんだけど。和樹くんに見つめられたら溶けてしまいそう。整い過ぎる和樹の顔を触るのは恥ずかしい。手が出せない。
「ぐほほ。いいんだな!和樹くん」
初音ちゃんが西洋のゾンビみたいなポーズで、両手を上げながら言った。この子は何でもありなんだ。私、初音ちゃんみたいな女の子になりたい。
「陽菜ちゃん!和樹くんを後ろから捕まえて!」
「はっ、はい」
私は和樹くんの後ろに回った。彼の両腕の上から私の腕を回して、彼の胸の所で羽交い絞めにする。はあー。私の胸が彼の大きな背中に密着する。これは・・・。後ろから抱き着いているのと同じだ。
彼の匂いを感じる。枯草に寝転がったような香り。和樹くんってこんな香なんだ。私がとろんとしていると初音ちゃんの攻撃が始まった。
「うぐっ。くすぐってー。や、やっぱやめてー」
和樹くんの声が裏返っている。かわいい。逃れようとして体を動かすから私の胸に彼の肘が食い込んだ。
「きゃっ」
思わず手を離して、背中を突き飛ばしてしまった。何事かと心くんと初音ちゃんが私を見つめる。
すんごく楽しいけど・・・。恥ずかしい。はあーっ。小学生みたいな遊びをするのは、無理がある。だってもう、体は中学三年生なんだもの。
「そろそろお昼休みも終わるから戻ろうか」
校庭に設置された大型時計が、午後の授業の開始時間に向かって時を刻んでいく。体を密着して遊んだのは小学生までだったろうか。あの頃は楽しかった。言葉なんて要らなかった。
「戻ろっか」
「うん」
私たちはスカートやズボンについた芝の葉を払って、桜並木の下を並んで歩いて教室に向かった。たぶん、私は、今日のこの楽しい時間を一生忘れない。
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