第15話 心に悪いことした。謝らなければ。

<木崎初音(きざき はつね)視点>


 接戦の中で三番手でバトンを受け取った初音は、いきなりロケットスタートをした。直ぐ先で競り合う二人に迫る。


 はっはっはっ!チビの力をあなどってもらってはこまる。貴様らの巨乳はハンデなのだ。胸に余計な重みがない分、初音の方が俊敏になれるのさ。ざまあみろ。


 グキッ!


 あれっ。初音、今、何か踏んだ?右足のバランスが崩れる。姿勢を立て直そうと左足で踏ん張るつもりが、変な角度で着地した。


 ボキッ!


 えっ。グラウンドの映像が斜めに揺れる。うっそっ。地面が眼前に迫ってくる。スローモーションのようだ。でも、どうすることもできない。


 ドスン、ガン、ゴン!


 グラウンドの砂を巻き上げながら初音の体は転がった。


「痛い!」


 激痛が背骨から脳へと這(は)い上がる。本当に痛い時は涙も出ない。足があり得ない所からねじ曲がっている。痛さよりも、その光景がショックで初音の意識はスーッと消えて行った。








 ピーポー、ピーポー、ピーポー。


 遠くで救急車のサイレンの音が聞こえている。どうしたんだろ。初音は霞(かす)んだ意識の中で考える。違う!運ばれているのは初音自身だ。うっ。意識が覚醒した瞬間、左足に激痛が走った。


「あー折れてるな。これ、完全に」


「見りゃあ、分かるだろー。これだから新人君は」


 救急隊員の声を聞いて、恐ろしさのあまり再び気絶した。







 三度目に目覚めた時は、ベッドの上だった。初音の左足が白いもので固定されている。あー、初音、骨折したんだなと実感がジワリと湧いてきた。


「初音。大丈夫か?」


 弥島心(やじま しん)の顔が目の前に飛び込んできた。なんだよ!遠藤和樹(えんどう かずき)くんじゃないのかよ。


「初音!ゴメン。僕がグラウンドの石を全部、拾えなかったばっかりに、こんなことになった。本当にゴメン」


 別に心のせいじゃない。グラウンドの石を全部拾い集めるなんて不可能だ。これは単なる事故。ってか初音のミス。いきなりスピードを上げた初音が悪い。でも、誰かに八つ当たりしたい。でないと心が折れてしまいそうだ。


「そうよ!心のせいだかんなー。どうしてくれるのよ。まだ、中学生なのに、初音は傷物になっちゃんだかんなー。責任取ってよ」


「責任・・・。俺、初音のこと一生守って暮らすから・・・」


「バ、バッカじゃないの!心なんかと一生過ごせるかよ」


「じぁあ、どうすれば・・・」


「知らないわよ」


 泣きたいけど泣けない。心のやつ、それってある意味、告白じゃん。もう、ムードも何もあったもんじゃない。心のバカ。ドキッとした。笑えない。


「でも・・・」


「バカ」


 初音は力なく答えて、そっぽを向こうとした。えっ。何々、股間に違和感がある。何かが女の子の大切なところに突き刺さっている。毛布の横から透明なチューブが!中には黄色い液体が流れている。


 うそっ。これって田舎のお婆ちゃんが入院していた時に見たあれじゃん!オシッコが流れるチューブ。その先にあるのはオシッコをためるビニールの袋。思わずチューブを目で追ったが、ベッドの横で見えない。心と目が合う。


「あのー。初音、まだ大丈夫。いっぱいじゃないから」


 こっ、殺す!今すぐ殺す、弥島心。


「だって、看護師さんがいっぱいになったら教えてくれって・・・」


 初音をなんだと思っているの。思春期のかわいい女の子だよ!それなのに・・・。もう、お嫁に行けないじゃん。足の痛みより心が痛い。幼なじみでデリカシーのない心なんて大嫌いだ。


「帰ってよ。バカ、心。今すぐ帰って」


「でも・・・。初音のお母さんから・・・。頼まれて・・・」


「初音は大丈夫だから。お願い、帰ってよ。あと、オシッコのことは学校のみんなには絶対に内緒だかんな。しゃべったら心を殺して、初音も死ぬから」


 オドオドする心を無理やり帰らせた。



「あら、あら。そんなに怒ったら彼氏さんが可哀そう」


 隣のベッドのカーテンが引かれて、ちっちゃいお婆さんが顔を出した。


「あんなやつ。彼氏じゃないから」


「そうかい。彼ね、あなたの横で泣きながら謝り続けていたんだよ。ずっと、ずっと呆(あき)れるくらい何時間も」


「・・・」


「僕のせいだ。どうか、神様。初音の足を直してください。代わりに僕の足をあげますって。初音ちゃんて言うの。うらやましいこと。あんな心(こころ)の澄(す)んだ子、今どき珍しいわね」


「・・・」


「お婆ちゃんね。明日、脚の手術なんだよ。もう、いい年だから、今更、手術なんてしたところで、どうせ、末期ガンなんだし。って思っていたけど。もう少し、生きて外の世界を見たくなったよ。若いって良いわね。何十年ぶりだろう。彼の言葉にドキドキした」


「お婆ちゃん・・・」


 涙が止まらない。心に悪いことした。謝らなければ。

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