第26話 ケットシーが増え出した!


 さて、昨日は水守さんとミューがたくさん魚を釣ってくれたから、魚はしばらく釣りに行かなくても良さそうだ。

 しかし、あの新しい大陸に人のような種族が復活したとして、彼らに食糧援助が出来るかと言われるとそうでもない。

 今日は畑を広げようかな、と身支度を整える。

 水守さんは多分、野生の牛に牛乳を貰いに行ったり小屋に飼っている鶏から卵を取りに行ったりしている頃。

 この生活もなかなか慣れてはきたけれど……。


「やっぱりビール飲みたいな〜」


 ワインもいいよね。

 チューハイ、レモンサワー、ハイボール、梅酒に日本酒、焼酎……。

 別にアル中とかではないけど、ほとんど毎日嗜んでいたからお酒が懐かしいわ〜。

 あ、そうだ、そろそろ水守さんの不思議手帳さんに洗顔フォームとシャンプー、コンディショナー頼まない、と……って……。


「………………」

「おはようございます、姫さま!」

「だ、誰!」


 ドアのない出入り口から出ようとすると、足元に茶色い猫!

 立ち上がって挨拶して来た!

 ……ん? 挨拶? 立ち上がって……って、事は?


「まさか、ケットシー? ミューの仲間?」

「はいですにゃあ!」

「あ! 姫さまー!」

「ミュー!」


 白猫が両手を挙げて駆けてきた。

 おはよう、おはようございます! と、挨拶しあって、しゃがむ。

 これはどういう状況?

 猫が増えたんだけど。


「この子は?」

「ミューの仲間ですにゃ!」

「茶色と申しますにゃ!」


 …………茶色……。

 うん、まあ、確かに茶色い猫だけれども。


「名前はないの?」

「にゃ。我らは人間のように名前で呼び合う文化はありませんにゃ」

「ミューも昔は巫女と役職で呼ばれていました。村の長は長、他はみんなそこの白いやつ、とか、そんな感じです」

「……えー、それ不便……」


 と、言いかけてハタ、と止まる。

 待って、それは、不便ではあるけど……その子らにいちいち名前を付けて行くとすると…………この流れだと……!


「「「…………」」」


 ほ、ほらー!

 期待に満ちた眼差しで見上げられてるじゃないー!

 バカバカ私の大バカー!

 ……い、一応聞いてみよう。


「……ち、ちなみにミューの村の人たちは何人、じゃない何匹くらいいるの?」

「二十匹ほどおります!」

「…………」


 ……なんとも、微妙な数字よのぉ?

 頑張ればイケなくもない、的な。


「みんな目が覚めたのかしら?」

「はい! 村長を始め、ミューと一緒に生活していた仲間は全員目を覚ましました! それもこれも全て姫さまのおかげです! ありがとうございます! このご恩は、ミューのこの命続く限り忘れません! 姫さまがこの世界におられる間に返し切れるとは思いませんが……それでも、一欠片でもお返しできますよう努めさせていただきますにゃ!」

「…………う、うん、あ、ありがとうミュー……」


 お、重い!

 重いよミュー!

 くッ、もういいわよ、分かったわよ、やってやるわよ!


「はあ、それじゃあミューの仲間のところへ案内して?」

「え?」

「名前がないと不便でしょ? ……言っておくけど、適当になっても怒らないでね」

「姫さま!」

「我々に名前をくださるのですか!?」

「そうよ。まずは君ね。茶色だから……」


 うーん、茶色い猫ときたらこの場合〜……。


「……ウイスキー……」

「ウイスキー! それが……」

「待って待って違うから! 今のなし!」


 しまった、お酒の事ばっかり考えてたからつい!

 ウイスキーはないわ!

 ごめん、茶色ちゃん!

 オスっぽいから茶色くんかな!?


「えーと、タマ」


 無難に。

 ……いや、別に『ついてる』し、とかじゃないわよ?


「タマ! それが僕の名前!」

「良かったね! タマ!」

「ありがとうございます! 姫さま!」

「う、うん。じゃあ他の子にもつけに行こうか」

「朝ごはんはどうされますか?」

「あ、そうか。うーん、じゃあご飯の後で」

「はい!」


 というか、水守さんはミューの仲間が増えたの知ってるのかしら?

 戻っていたら聞いてみよう。

 まあ、連れて行けばいいんだけど。




 と、いう事でダイニングへ行ってみる。

 すでに目玉焼きと食パン、バターがテーブルに載っている。

 うっわ! シンプル!

 しかし、シンプルイズベスト!

 なんか久しぶりに『朝食!』って感じ!

 しかも目玉焼きは半熟!

 これ、パンの上で切ったらとろ〜、と中身の黄身がパンが黄身を吸収してめっちゃ美味しいやつ〜!


「おはようございます、幸坂さん」

「おはようございます、水守さん。あの、実はですね」

「ああ、ミューの仲間が目覚めた件ですか?」


 あ、やはりご存知でした?

 ですよねー。

 と、私が席に座るとさっき名付けたばかりのタマがタタタ、と水守さんへ近付く。

 いやあ、後ろ姿かわいい!


「タマと名を頂きました! よろしくお願いします!」

「俺は水守鈴太郎という。朝食は食べていくか?」

「よろしいのですか!?」

「ああ。ミュー、飲み物を頼む」

「はい!」


 ミュー、テンション高いな。

 仲間が目覚めたんだもの、嬉しいに決まってるか。

 しかし、食糧問題どうしたらいいのかな?

 私たちも割と切羽詰まってる感じなのに……。


「それで、ミューの仲間は何人くらいいるんだ?」

「大体二十人ぐらいです!」

「そうか。なら、この島の開拓と畑作りを任せても大丈夫だろうか。池を作って魚の養殖もすれば、今よりかなり安定して食糧が確保出来るはずだ」

「! ミューの仲間に畑作りを任せるんですか?」

「はい、我々は大陸の方の浄化に忙しくなりますから。しかし、浄化が進めば新たな種が目覚めるでしょう。最初のうちは間違いなく食糧支援が必要」

「は、はい」

「とはいえ現状、我々も自給自足が出来ているのか怪しい状態です。ここは彼らに協力してもらい、食料の生産と備蓄を最優先にしましょう」

「そうですね……」


 ミューの仲間も食べなきゃ飢えるだろうし。

 魚ばかりだと、島のお魚食べ尽くしちゃいそうだし。

 ……海の幸が食べられればなぁ。

 くそう、腐墨亡者め。


「食糧の事は大変なんですにゃ?」

「そうね、私たちはなんとか自給自足出来てるって感じよ。ケットシーのみんなの分は、みんなで生産してもらわなきゃ、この先やっていけないと思う」

「にゃにゃにゃ……それならまずは長老に相談してみましょうにゃ! きっとお知恵をお貸しくださるにゃ!」

「長老?」


 ケットシーの長老さんか。

 ちらっと水守さんを見ると、頷かれる。

 そうね、この島で生活していたのはミューたちの方が先輩だものね。

 なにかいい考えがあるかもしれない。

 食事と後片付けが終わってから、ミューたちの仲間が目覚めたという村へと向かう。

 前に浄化した時は気付かなかったけど、東の山の麓付近にほんの少し拓けた場所があった。

 なんとその場所に小さな建物が!

 私たちの腰サイズ!

 二階建ての家で、素材は木の枝。

 なんとなくガトーショコラのホールケーキみたい。


「わあ〜、かわいい〜」

「そうですね」


 !?

 なんと、水守さんにもこれは可愛く見えるのか!

 この人、意外ともふもふとか小動物とか好きだよね……。

 ギャップ萌かよ!


「!」


 おお?

 私たちの声を聞いて、家の出入り口からたくさんの猫がひょこひょこと!

 くぁ!

 猫カフェかよ!?

 そしてわらわらと出てきて、満面の笑み!

 くぁっ!!

 殺す気かよ!


「姫さまだ!」

「姫さまー!」

「お初にお目にかかります姫さま!」

「なんと、姫さまが自ら!」

「ようこそ姫さまー!」


 天国かなここは。

 あ、いや、これが伝説の猫島?

 まさか異世界のこんな辺境の地に……!

 え? 大丈夫?

 私お金払わなくて大丈夫!?


「姫さま、こちらが村長と長老です!」

「あ、別な猫……じゃなくて別なケットシーなのね。……えーと」


 多分白黒の虎が村長。

 グレーの眉毛もっふとなってるのが長老?

 長老は分かりやすく、杖をついている。

 このもふもふ空間……いけない、埋まりたい……!


「なんと! お許し頂ければ我々がご挨拶に伺いましたのに!」

「えーと、ごめんね? 急に来ちゃって……」

「とんでもございません! どうぞこちらへ!」


 と、言われ、村の中の方へと案内される。

 しかし、どう考えても私たちはケットシーの家には入れない。

 なので、中央の小さな広場で話し合いが行われる事になった。

 いや、注目度ヤッバ!


「改めまして、わたくしはこの村の村長です。こちらが長老。長老は神殿に仕える神官を務めておりました」

「初めまして、村の中では長老と呼ばれとります」

「私は幸坂菫といいます。こっちは水守鈴太郎さん。私が巻き込んだんですが、護衛をしてくれたりご飯作ってくれたり、色々協力してくださってるんです」

「……ねこ」


 私よりも猫島状態にメロメロほわほわ!?


「村長! 姫さまが村長たちにも名前をつけてくださるそうですよ!」

「な、なに!?」

「本当ですか、姫さま!?」

「あ、ああ、うん、頼みたい事もあるし、名前がないと不便だと思うのよ。嫌でなければ……」

「「「嫌だなんてとんでもない!」」」


 村中のにゃんこが……。

 名前付けられるのそんなに嬉しいものなの?


「神竜さまと契約せし姫さまに名を与えられる事は、神竜さまに名を与えて頂くのも同じ事……なんという名誉……」

「…………」


 そ、そうだったんだ?

 ふ、ふーん?

 ……実はあんまりそのすごさが分からないけど、ふーん……?


「じゃあ、まずは名前をつけるわね? 一列になってくれる?」

「「「にゃーん!」」」


 可愛い……。

 しかし、そう思っていたのはここまでだ。


「えーと、では村長さんは〜」


 なぜ私は来る途中、ある程度名前を考えておかなかったのだろう?

 考えておけば現地で考える、なんて事にならなかったんじゃない?

 ああ、そんなキラキラとした期待の眼差しで見ないで〜!


「そ、村長さんは、と、寅次郎……」

「!?」

「おお、なんと凛々しい響き! トラジロウ……それが我が名! ありがとうございます! 姫さま!」


 うっ、み、水守さんその「え!?」みたいな顔やめて!

 私もどうかと思うのよ!?

 でも他に思い付かなかったんだもん〜!


「えーと、じゃあ長老は……」


 グレーで眉毛もふもふだから〜……。


「総理」

「幸坂さん、ちょっと」

「ソーリ! なにやら偉い感じの響きですな長老! いや、ソーリ!」

「ありがとうございます姫さま、身に余る光栄でございます」

「「「ソーリ! ソーリ!」」」

「「…………」」


 なにも、なにも言わないで水守さん……。

 へ、平気よ!

 ここは異世界だし!

 総理って役職だし!

 名前だし、猫だしケットシーだしいいぃ!


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