第6話 聖女誕生



「一晩考えてみたんですけど!」

「はい」

「アーナロゼくんなんてどうでしょうか!」

「いいんじゃないんでしょうか」


 一晩、マジで私を護衛してくれた水守さんは早朝、すたすたとキッチンへ行き朝食の準備をしてくれていた。

 ……まあ、この神殿っぽい建物はベッドのある部屋も扉はないので水守さんは入り口に立ち、私が休んだ部屋には結局一歩も立ち入らなかったんだけど……。

 いや、もう申し訳なさすぎてあんまり眠れなかった。

 せっかく男がいるのに据え膳……とも思わないでもないけどそれ以前に本当に真面目に護衛してくれてる人に私はなんて失礼なことを考えているんだろうと……。

 いつ襲ってくれてもいいのよ!

 なーんて考えていたのは最初だけ。

 寝ずの番なんてさせてしまってすみません……。

 しかも、律儀に朝食の準備までさせてすみません。

 後片付けはお任せください。

 ……まあ、そんな感じで眠れなくて神竜の名前をあれやこれやと考えたのよ。

 エルディエゴやワキュレディエの一部とか、そういうのに囚われていたのでは決まらない!

 と、思ったので色々好きな映画とか俳優さんとかお酒とかを思い浮かべた結果!


 アナと雪の(ピーーーー)とこの間飲んだロゼワインをくっつけてみたのよ。


 さすがにアナはそのまま使うと欲求不満がバレそうな気がしたから伸ばしてみて、ロゼワインはそのまま……。

 はぁ〜……スパークリングワイン飲みたいな……。


「っていうか、反応薄…………適当に流してませんか?」

「そんなつもりはないですが……。今日はパンを焼いてみました」

「いただきます!」


 すっ、と差し出された美味しそうな焼きたてパン!

 ひゃあ! 美味しそうな匂い!

 焼きたてパンなんてパン屋さん以外で食べられるんだ!?

 マジすごいわー、水守さん!


「バターがあればもう少し色々出来たのですが……。そもそも牛乳……牛もいませんしね」

「そ、そうですね……」

「工夫はしますが、日本で暮らしていた我々からすればこの材料だとすぐに飽きると思います。……食糧は問題ないですが、なにか手を講じないと……」

「……もぐ、もぐ!」

「……聞いてますか?」

「は、はひ?」


 聞いてなかった。

 焼きたてパンうまし!


「……とりあえず、テーブルで食べてください」

「は、はい」


 …………焼きたてパン美味……!

 うーん、水守さん嫁に欲しい。

 はっ! そんな事しなくても強制的に毎日これが食べられるんだ!

 そう考えるとこの状況、意外と悪くないかも。




「……パスタを作ります。手伝ってください」

「んぐ」


 テーブルについて、食事が本格的に始まるやいなや……。

 パスタ……そういえば作るって言ってたな。

 え? 私も手伝うの?

 て、手伝えるかなぁ?


「水と塩はあるので……バゲットも多めに作っておきましょう」

「は、はぁ……」


 そ、そもそも乾燥パスタって一般家庭(?)で作れるの?

 うどんじゃないんだから無理なんじゃ……。

 それならまだ乾燥うどんの方が……。

 あ、でもお醤油がないのか……くぬぬ……。


「それと、うどんも作って乾燥させてみますか」

「うどん!」

「……お好きなんですか」

「安くて美味しいし! ラーメンよりカロリー低いし! 蕎麦より安いし! いつもお世話になってるわ!」

「……はあ……」


 反応薄!

 ……どーせエリートお巡りは美味しいものを毎日食べてるんでしょ……!

 うちのボートレース場に常駐してる二人のお巡りも1000円の配給券でうな重(価格1000円)と焼きシャケ定食(価格700円)食ってるのよ!?

 差額の700円払えってのよ!

 これだから公務員は!


「水守さんは美味しいものを毎日食べていそうですよねぇ」

「そうですね。糖質、カロリー、タンパク質、ビタミン等の栄養を考えて作るのは難しいですが……後輩も上司も料理が上手いので比較的美味しいものを食べている方だと思います」

「…………」


 斜め上の答えキター……。

 エリートお巡りの職場はやはりエリートお巡りしかいないんだ〜……?

 みんなでご飯作って食べてるとかどんな職場よ!?

 …………待てよ……エリートお巡りの職場にはエリートお巡りしかいない……それってあのジャーニーズに居そうなクールでちょいワル系なイケメンさんの事じゃ……!?

 どうして今までその考えに至らなかったの私!?

 この男を手懐けて、後輩及び同僚……もしくは未婚の上司を紹介して貰えばいいんだわ!

 この男の後輩、同僚、上司とくりゃあエリートお巡り確定!!

 こ れ だ …… !!


「へぇ! 素敵な職場ですね! 何人くらいいらっしゃるんですか? その職場の方」

「責任者の上司が一人、開発部門が一人、後輩が三人……と言っても、部署の中では俺が一番新入りなんですが……」


 あのイケメンさんはその後輩さんよね?

 ほ、他にも後輩さんが二人も居るだと!?


「しゃ、写真とかないんですか? 職場の方々で撮った写真とか……!」

「男ばかりですからそういうことはしませんね」


 くそッ!

 ……飲み会とかで撮っておけや!


「後輩さんって、水守さんと一緒にいた人ですか?」

「はい」

「お名前とお歳は? ご結婚などは!?」

「? ……玖琉といいます。歳は25ですね。……結婚はしていません。……なぜです?」

「え、素敵な方でしたから……出来れば紹介してもらいたいなーなんて……」

「? 何故?」


 鈍い!


「……いやー、そのー、もし、そのクリュウさん? という方に彼女さんとかいないんならー……とか、ですね?」

「……俺の一存では決めかねます。……申し訳ないですが」

「…………ソウデスヨネ……」


 向こうにも選ぶ権利はあるわよね……フフフ……。


「それよりも、今後の事を決めましょう。今日は小麦粉を長期保存出来るよう、パスタやバゲットなどに加工。神竜の名前を決めたのであれば、この後すぐにでも契約を行った方がいいと思います。……明日は引き続き神殿の中の調査、可能ならば外をもう少し広範囲に調査するべきだと思うのですが」

「……うっ。そ、そうですね……」


 外か……。

 そうよね、いつまでも神殿にこもってるわけにはいかないもんね。

 それに契約……うう、聖女かぁ……絶対柄じゃないよー……。


「いくら小麦粉を加工して長期保存しても、新たに入手が出来なければいずれ飢える心配もありますし」

「うっ!」

「上司から援助できる物資には上限があるとも言われました。空間が不安定なため、上司の力でも空間を通して我々に物資を援助するのもなかなかに困難なのだそうです」

「……そ、そうなんですね……」


 ……上司、人間?

 ドラゴンでもないのに空間を繋げられるとか……人間なの?

 や、やべーな昨今の警察……。

 我が国の犯罪者及び犯罪者予備軍たちよ……お前らが敵に回そうとしている日本国警察組織は人間の枠組みを超えた存在がいる可能性があるぞ。


「そ、それじゃあどうしたらいいの……?」


 食べ物がいずれ尽きる。

 うわー、考えもしなかった。

 ……でも、そういう事もあるのね。

 それにそもそもあの小麦粉とかもどうやって用意されたのか……。


「神殿の外の土地を畑にして、自給自足を目指しましょう。少なくともそれで飢えの問題は凌げるようになるはずです」

「は、畑!? む、無理無理! 私畑なんてやった事ないし!」

「一応、俺は実家が農家なのでやった事はあります。小麦の種籾はありましたから、まずは土を耕して種を植えてみましょう」

「……は、畑……」

「食糧庫の横に井戸もありましたから、水は問題ないと思います。が、ともかく今日は保存食作りです。でもその前に、神竜との契約をお願いします。神竜の助力があれば少しずつでも土地に力が戻るはずです。そうすれば、小麦も枯れる事なく育つでしょう」

「…………分かりました。ドラゴンの聖女なんて柄じゃないですけど……生きる為にはやるしかないですね」


 あの子のお世話も、自分が生きられなきゃ出来ないものね……。

 …………。

 でも、名付け方があれで少し申し訳ないな……。

 水守さんには突っ込んで聞かれなかったから良かったかも。



 ***



「おはよう。あなたの名前、決めてきたよ」

『ヒメ……ケイヤク スル……?』

「うん、決めた。契約するわ。宜しくね……えっと……アーナロゼ」

『……あーな、ろぜ……ワガ……ナ…………アタラシイ ナマエ……』


 ぽわん、と卵が発する光が強くなる。

 それがどんどん強くなり、部屋中から影を消す。

 眩しくて目を閉じた。

 そして、光が治ると…………部屋は今まで通り。

 卵も特に、変化なし。

 え? あれ?


「…………え?」

「契約は完了したようですね。神竜に……いえ、アーナロゼに今後なすべき事を聞いてみてはどうでしょうか?」

「え? 今ので終わりなの?」


 もっと色々なんかあるのかと思った。

 卵が孵るとか……私の体が聖女っぽく綺麗で若々しくなるとか!

 なんだぁ、何にも変化なしかぁ……ちぇ〜……。


『そんなこと、ないよ』

「うぎゃわー!?」

「!? どうしました!?」


 頭の中に子供の声がー!?

 え? 何が起きたの!?


『契約したから、姫の知識をたくさん借りられるようになったよ』

「喋りが流暢になってる……!?」

「え? ドラゴンのですか?」

「あと、卵に触ってないのに頭に声が!」

『契約したからね。姫の心の声も少し聞こえるよ』

「シャ、シャット! シャット!」


 それはまずーい!

 無垢なドラゴン様に私の良からぬ妄想が筒抜け!?

 おお神よ、それだけはお許しをー!?


『分かった。考えを聞くのはやめるね……』

「ぜ、ぜひ!」

「? なにをすべきか指示が?」

「あ、そ、それは今から聞く……」


 そうだった。

 アーナロゼを卵から孵化させる方法!

 この子が卵から孵化すれば、この世界の創造主が戻ってくることになる。

 創世の神が居れば、世界は安定して、私たちは帰ることができるのだ。


「あの、アーナロゼ。私たちあなたを孵化させる為になにをしたらいい?」

『…………とても危険な事をお願いする事になる……それでもいいの?』

「危険な事?」


 私の言葉に水守さんの眉が僅かに寄る。

 ちょ、ちょっと……危険な事って……なによそれ、聞いてないわよ〜?

 やだな、あんまり怖い事じゃありませんように。


『太古の昔、我が我らだった頃……亡んだヒトの残滓が寄り集まって魂なき亡者となっている。それらは大地に根を張り、過去の繁栄に執着しながら死への渇望に苦しみ続けているんだ……。それが我が蓄えるべき自浄の力を堰き止めて、阻んでいる……』

「…………」

「幸坂さん、アーナロゼはなんと?」

「…………。小難しくてよくわかんない……」

「な、なんと……?」


 もう少し簡単な感じで言って欲しい。

 ……契約して、私の知識を使ってる……的な事言ってたけど私そんな小難しく喋らないわよ?

 え? なに? 亡者? はあ?


「その、アーナロゼの言葉をそのまま話してもらっていいですか?」

「えー……」

「わからなくてもいので」

「うーん……。アーナロゼ、もう一回言って」

『え……』


 わん、もあ!


「……成る程、二体の神竜が死んだ時に死に損ねた人類が転生も出来ないまま生にしがみつき、亡者となって世界の自浄効果を阻害しているのですね」

「…………?」

「…………つまり、幸坂さんの前世で同じ時代を生きていた人間たちが、幸坂さんのように転生する事を許されずにモンスター化しているんです。それらが世界が再び生まれ変わるのを邪魔している。邪魔されているので、アーナロゼは孵化が出来なくなっているのだそうです」

「へぇ〜……」


 そういう話だったのか〜。


「……って、じゃあまさか危険な事って……そのモンスターを倒せって事!?」

「そうだと思います。……モンスターたちは大地に根を張っているようなので、恐らくその場から動くことはないと思いますが……当時の人口がどんなものなのかわからないので大きさや強さもよくわかりませんね」

「……わ、私戦うなんて無理なんだけど……!?」

「戦闘なら俺が行います」

「…………」


 え、でも……相手はモンスター……。

 そんな、ゲームならまだしも……現実でそんな事……!


「どの程度の相手かは調査の必要はありますが……国民の安心と安全を守るのが俺の仕事です。貴女は必ず、俺が守ります」

「…………あ……は、はい……、……っ」


 うっ

 うっ……


 ううああああああああ!?


 つ、吊り橋効果吊り橋効果吊り橋効果よ、菫、これは吊り橋効果なのよぉおぉ!

 違う違う違う!

 こんなドキドキはただの吊り橋効果ーーー!

 くそう! こんなのただの勘違い!

 でもカッコいいとか思っちゃうのは仕方ないと思うのー!

 だって元彼にもこんなこと言われた事ないしー!

 きゃあああああ!

 もう! こんなの高校時代に読んだ少女漫画以来かもしれなぁいいいぃ!

 こんなことリアルで言う男がいるんだねぇぇ!?


「? 顔が赤いです。まさか契約による反動で発熱が……?」

「ちが! 違いますなんでもありません!」

「そうですか? 具合が悪い時は言ってください」


 今顔を近づけるのはNGだぁあぁ!

 心臓の音がそっちまで届きそうだしーぃ!


『姫……、一緒に来た人間と話してるの……?』

「あ! ……う、うんまぁ……。ええと、水守さんっていう人なんだけどね、その人がモンスターをやっつけてくれるって」

『本当? その人間が姫を守ってくれるの?』

「……あ……う、うん、まあ…………そう…………言ってくれてる、かな……」


 ぼっ。

 顔が熱くなる。

 いや、しょーがないってこればっかりは!

 こんなに男の人のセリフにドキドキしたの映画やドラマぐらいなのよ?

 面と向かって胸キュンするようなこと言われたのなんて……もう十年以上ないって!


『そう……それなら少し安心……。姫は、我の力の一部……浄化の力を使えるようになっていると思うけれど……それだけで亡者と化したヒトを倒すのは難しいと思っていたんだ』

「浄化の力?」

『姫の祈り……心の力で我の力が使えるはずだよ……あまり強くはないけれど……。日常生活で使って、まずは使い方を覚えていくといいと思う。浄化の力以外にも、姫の祈りには我の力が宿る……。そうだね……まずは神殿の近くの大地や森の木々を元気にしてあげて。大地や森が元気になれば、虫や鳥などの昆虫や動物たちが戻ってくるはずだよ』

「……い、祈り……?」


 祈りって……手を握って「神よー」ってやるやつ?

 え、ええぇ……柄じゃないなぁ……。

 っていうか、祈れば大地や森が元気になる?

 虫や鳥とかの動物が戻ってくる?

 は、はぁ?

 そんな馬鹿な……?


「……さすが神竜……浄化の力を祈るだけで使えるというのか……」


 ……そしてこっちの人はこっちの人であっさり信じてるー……。

 私の呟きを漏れ聞いていただけだろうに……なんという理解の速さ……。

 恐るべしエリートお巡り……。


「……やるべきことはわかりましたか?」

「…………そうですね……」


 アーナロゼを卵から孵化させるのに必要な事は……大地に根を張ってアーナロゼが生まれるために必要な力を集めるのを邪魔しているモンスターを倒す!

 そして、私たちが生きていくためにとりあえず小麦粉をバケットやパスタに加工して明日から畑を作る!


「……って感じでしょうか?」

「はい、大体そうです。……神竜の指示はそのくらいなのですね?」

「えっと、はい。そうだと思います」


 という感じで午前中は終了。

 私はなんと、神竜の聖女になりました。



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