第7話 異世界生活本格始動



 しんどい。

 何がしんどいって、パンってこんなに作るの大変だったのか……。

 生地をこねるのにこんなに力がいるなんて……。

 くっ、腕と肩が痛い……。

 これは明日間違いなく筋肉痛だわ……!


 ………明日ちゃんと筋肉痛がくればいいって言ったの誰だ。


「っていうか! お風呂入りたい! 着替えもしたい!」

「……確かに身体の健康維持のためにも清潔に保つことは必要ですね。……着替え……は、ベッドのある部屋から探してみましょう。ベッドがすぐに寝られる状態であったことを考えると……もしかしたら何かあるかもしれません」

「……そっか、クローゼットみたいなものがありましたもんね!」

「風呂場も探してみましょう。まだ神殿の中を全て把握したわけではありませんし……我々が行っていないところにあるかもしれません」

「賛成です!」


 パスタやうどんやバゲット作りで相当にくたびれたけど、着替えたいしお風呂入りたいのでもう少し頑張る!

 大体、水守さんはスーツだからいいけど私は職場の制服のままなのよ。

 ヒールだし、スカートだから動き辛い。

 早速昨日寝た部屋に行って、壁に埋め込まれたクローゼット……クローゼット確定でいいや……を開いてみる。

 ……な、な、なん……!


「ダッサ……」


 衝撃を受けた。

 下着らしきものはあるけどまるでオムツ。

 いや、まるでじゃなくてオムツ型の布……!

 は、はぁ!? まさかこれがこの世界の下着だというの……!?

 完全に特殊性壁特殊趣向向けじゃねぇかぁぁぁあ!?


「……………」


 でも、服はまだマシだ。

 ……というか可愛い。

 ロングスカートのワンピース。

 色んな柄とデザインがあって少しテンション上がる。

 でも、下着が……パンツが……!

 ブラジャーはただのスポーツブラみたい。

 正直補正能力ゼロっぽいのが気にはなるけどオムツよりはマシ!

 ぬがぁぁぁ!


「………ううぅ……」


 しかし、選択肢はない。

 諦めるしかないの?

 ……さすがに同じパンツを三日も四日も履いてられないし……洗いたい!

 ……そ、そうよ、洗って……乾くまでの間だけ……!

 ノーパンノーブラに比べれば……。

 スカート長いしバレないバレないこんちくしょおおぉ!


「幸坂さん」

「あ、は、はい」


 扉のない部屋なので、水守さんは姿を見せずに声だけかけてくれる。

 部屋の前で待っててくれる辺り、優しいというかなんというか……。


「替えの服はありましたか?」

「は、はい」

「? どうかしましたか?」

「み、水守さんは着替えないんですか……? そ、その、下着とか……」

「そうですね、俺も後で別な寝室のクローゼットを探してみます。なければ……食糧もなんとかなりましたし、支給してもらう物資に下着などを希望して……」

「その手があった‼︎」

「?」


 恥じらいとか、そんなものはオムツを履くくらいなら!

 支給! いや、至急よ! 大至急!


「お願いします、水守さん! 下着を! 私に下着を送ってもらってください! 後でお金払いますから指定のブランドのブラとショーツを!」

「え、あ、はい。下着にこだわりがあるんですね。分かりました……?」


 四十になると垂れが気になるのよ!

 プロポーションくらい若く保ちたいじゃない!?

 お願いします上司の方!

 後生です!

 私に補正下着をおおぉ!



 ***



「……今日中になんとかしてくれるそうです」

「ありがとうございます、ありがとうございます」

「次は風呂場ですね。建物の北側はまだ行っていませんし……夕飯前に調べてしまいましょう」

「はい! お風呂!」


 はぁ〜、下着がなんとかなって本当に……本ッッッ当に良かった〜〜!

 ババア体型まっしぐらとか勘弁。

 せめて結婚して子供を産むまでは女を保ちたい。


「……どうやら神殿は神竜の台座を中心に東西南北で区画分けされている構造のようですね」

「え? そうなんですか?」

「はい。かなり広いですが……東側は居住区。部屋数はおよそ二十。西側はキッチン、ダイニング、リビング等の共有スペースのようなところ。南側は出入り口他、そのほとんどが通路と用途がよくわからない部屋。北側はこれから確認しますが、浴場や洗濯場など水回り系がある可能性が高いかと」

「……へぇ……」


 全然気づかなかったなー。

 っていうか、部屋数二十って旅館かよ……。

 そりゃ歩き疲れる訳だわ……。

 ほら、やっぱり私の歳のせいではなかったのよ!


「なんだか温泉宿みたいですね〜。お風呂が何種類もあったりして……お肌すべすべ……うふふふふ……」

「……掃除が大変そうなので普通の広さの風呂だといいのですが……」

「夢を壊さないでください」


 なんて話をしていたら。


「……大浴場ですね……」

「そうですね……」


 お風呂が何種類もある大浴場にたどり着いた。

 馬鹿な、願望が具現化したのか……!?

 中央に銭湯みたいなお風呂。

 左右に三種類ずつ乳白色だったり茶色だったり黒かったりするお風呂!

 多分透明なのは水風呂……。

 はあああ! 奥にはサウナっぽい部屋まであるぅ!?

 なによこれ、下着はオムツみたいでふざけてんのかと思ったのにお風呂文化は日本並みじゃない!?

 最高かっ!


「………大変です幸坂さん」

「え、どうしたんですか!?」

「掃除用具がありません」

「………。べ、別な場所にあるんじゃないんでしょうか……?」


 頼むから現実に引き戻さないでくれぇ……。


「……そうかもしれませんね……しかし、この広さ……下手をしたら一日中かかってしまう……。なにか手を講じなければ……」

「み、水守さんって意外と潔癖なんですね……?」

「水回りの掃除はきちんとしなければすぐにカビが生えますよ。風呂場は人間が洗浄を行う場所。汚れを落とす場所です。その風呂場が汚れていては清々しい気持ちで入浴など出来ません」

「…………う……」


 そ、それは……まあ、確かに……。


「それに見たところ、男女で分かれているわけではない。入る時は時間をずらして入る事になります」


 こ、混浴……!


「……それに、そもそもここのお湯はどこから……。こうも種類の違うお湯が沸いているのは温泉という事なのか? 地質学的にそんなことがあるのだろうか……? 温泉の素のようなもので湯の成分を変えていると考えるのが普通だが……この世界にそんなものがあるとも思えないし……。それに湯は誰が沸かしたんだ……?」

「………」


 ツッコミどころが満載なのね……。


「でも、小麦粉のこととか、干し葡萄や干し肉があったこととか……ベッドが用意されていたことを考えると…………この神殿には私たち以外に誰かがいるのかもしれませんよね……?」

「はい。それは俺もずっと疑問でした。神竜の力で用意されていたのかとも、最初は思いましたが……」

「……ちょっと、変……ですよね……」

「もしかして神竜の眷属が……? でも、それならなぜ姿を見せないのでしょうか?」


 うわ、考え始めると少し気味が悪い。

 ……アーナロゼに聞いてみようかな……?

 えーと………。


(アーナロゼ、聞きたいことがあるんだけど)


 手を組んで頭の中で問いかけてみる。

 さっき卵の部屋で手を触れなくても会話できるようになったから、イケる気がする!


『なぁに、姫』


 あ、やっぱりイケた。


(なんか今更だけど、食糧とかお風呂とか……誰が用意してくれたの?)

『妖精だよ。姫が来る前に人間が必要なものを用意するって……騒いでいた』

(よ、妖精!? どこにいるの?)

『神殿のどこかにいるはずだけど……姫、見えないの?』


 ばっ、ばっと左右のそっちこっちを確認する。

 そんな私の不審な行動に水守さんが首を傾げるので、私の尊厳のためにアーナロゼの言っていたことを説明してみた。

 どうやらこの神殿には、妖精さんがいるらしい!

 妖精……羽の生えた小人……。

 すごい、いよいよファンタジー!

 いや、割と初っ端っからファンタジーだったけど!


「……という事のようなんですけど、水守さんは見えますか?」

「いえ、俺は魔力の扱いは苦手なので……」

「……妖精さんを見るのに魔力とか必要なんだ……」


 じゃあ私も見えないかも。

 神子とやらになれなかったのも、魔力不足というやつだったし。


「ん……」

「どうしましたか? 幸坂さ……ん…………」


 お風呂場を出て、脱衣所に戻ると何かが隠れた。

 服を入れる用の棚の中の籠の中。

 まさか……もしや……。

 ドキドキとワクワクに胸を躍らせながらそーっと服を入れるであろう籠を取り出してみる。


「妖精さん!」


 ばっ!

 ……籠の中を見てみるが、そこにはなにもない。

 くっ……気のせいか……。


「……我々の魔力不足で見えないのか、はたまた妖精らしく恥ずかしがり屋なのか……」

「み、見たい! 妖精さん見てみたい!」

「気配も感じないですが、そうですね……妖精が我々の生活をサポートしてくれるのであれば助かります。直接お礼が言えればいいのですが」

「……そうですね……」


 妖精さんかぁ〜。

 ティンカー◯ルとか憧れる〜。

 蝶々みたいな羽根で、妖精の粉を振りまきながら飛ぶのよね?

 イメージだとヤキモチ妬きで悪戯好きな可愛い女の子だけど……恥ずかしがり屋で完璧な生活サポートをしてくれる真面目な妖精さんっていうのもそれはそれで可愛いわね〜!

 永遠の可憐な乙女とか………羨ましいや……。


「? 幸坂さん、どうしたんですか? 急に遠くを見て……」

「ううん、少し夢と現実が分からなくなっただけー……」

「しっかりしてください」


 …………はぁい。


「……あ! そうだ、お風呂入っても良いですかね!?」

「どうぞ。俺はもう少しこの付近を探索してみます。洗濯機……があるとは思えないので……せめて洗濯板でもあれば良いんですが……」

「………い、行ってらっしゃい……」


 ……マジ、このエリートお巡り……現実主義者すぎてつらい……。




 まあ、いいや。

 水守さんが出て行ってから、服を脱いでお風呂に手を入れてみる。

 うーん、程よく熱い。

 これは入ったら絶対気持ちいいわね〜!

 まずは掛け湯。

 全身をお湯で濡らして……あ。


「………」


 キョロ、キョロ。

 見回してみるけど、石鹸のようなものはない。

 う、体洗えないの?

 髪洗えないの!?

 お風呂がすぐそこにあるのにぃ!?

 …………洗わず入っちゃおうかな……くっ、いやいや、流石にそれは!

 私だけでなく水守さんも後で入るだろうし!

 ……うあー、支給品にシャンプー、リンス、コンディショナー、ボディーソープにタオル……一式頼めばよかったー!

 …………あ? タオル?


「うっ!」


 ヤバ!

 バスタオルない!

 ………は、はあ? ぜ、絶体絶命になるの早すぎるでしょ私……。


「……やばい……マジでどうしよう……」


 体はじんわり冷える。

 またお湯をかける。

 ……いや、選択肢は一つしかないんだけど……。


「………………。……み、水守さーん、水守さーん! すいませーん! バスタオル忘れてきたんですけどー!」


 頼む、近くにいて!


「………おーい……」


 …………返答がない。

 その後も掛け湯しながら何度も呼ぶけど応答なし。

 あ、これはそこそこ遠くに行ったな。

 ……あの人歩くの早いからなー……。


「困ったなー……」

『ひ、姫さま……』

「ん?」


 なんだ?

 聞いたことのない声が聞こえたような?

 脱衣所を覗くと、誰もいない。

 私を姫呼びするのはアーナロゼだけのはずなのだが……?


「だ、誰かいますかー?」


 もしかして妖精さんかな?

 ……。

 …………。

 ………え、私の思考がヤバイ?

 いやいや、アーナロゼは居るっつて言ってたし?

 でも返事はないし?


「あれ?」


 パサ、と不思議な音がしたと思ったら、お風呂場を出てすぐのところにバスタオルらしきものが畳んで置かれている。

 え、絶対なかったよ?


「もしかして妖精さん!?」

『………ご、ご入り用のものがありましたら、いつでも、お申し付けください……』

「ありがとう!」


 やっぱり妖精さんだったんだ!

 そうか、恥ずかしがり屋さんなのね!

 ……姿が見てみたかったけど、恥ずかしがり屋さんなら仕方ない。

 女の子のような声だった。

 やっぱり永遠の乙女なのね……いいなー。


「って待って! ボディーソープとか、髪を洗うシャンプーとかリンスとかコンディショナーとか、体洗うタオルとかは! ……ない、よね?」

『………お、お待ちください』


 あるの!?

 ダメ元で頼んでみたのにあるの!?

 すぐにバスタオルの上にドサッとカゴに入った石鹸とタオル!

 わ、わあ!


『申し訳ありません……こういうものしか……』

「ううん! ありがとうー、助かるー!」


 ……まあ、シャンプーだのコンディショナーだのはやっぱり無理よね……。

 でもいいの、石鹸の有る無しが重要なの!

 髪を石鹸で洗う日が来るなんて……正直思わなかったけど……贅沢言ってられないもんね!


「………あ、ねえ、妖精さん、名前はないの?」

『………け、ケットシーとお呼びください』

「ケットシーね。ねぇ、あなたが色々用意してくれたんでしょう? ありがとうね」

『……い、いいえ……ワタクシめには、この程度のことしかできませんのです……。どうかこの世界をお救いください……』

「………。うん、頑張るね」


 ……悲痛な声。

 脱衣所から石鹸とタオルの入ったカゴを取って扉を閉めた。

 まあ、ぶっちゃけこのカゴと石鹸とタオルもどこから……?

 ……って思うけれど……今は深く考えないようにしよう……。

 そんな事よりお風呂! お風呂ー!




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