第21話 水守鈴太郎という人


「絶対、絶対、絶対だからね」

「分かった」

「ほんっっっっとーっに絶対、戦闘になったらおれを呼んでよ!? その変な機械を使って変身とかしたら今度こそぶっ壊すからね!」

「だから分かった」

「……」


 ぷくぅ、と頰を膨らます紅葉。

 昨日、帰ってすぐに水守さんは紅葉に行方不明になった妹さんを探して欲しいとお願いした。

 するとかなりあっさり「え、いいよー」と返事が返ってきたのだ。

 私は思ってた通りだったけど、水守さんは随分意外だったのか最初はキョトンとしていた。

 そして翌日の今朝、紅葉は水守さんの妹さんの痕跡から妹さんの行方を調べるために私たちの世界に戻る事になったのである。

 ……なんで昨日のうちに戻らなかったか?

 決まってる、今朝の朝食のデザート、ロールケーキを食べずに戻れないと言っていたからだ!

 気持ちはよく分かるわ!

 水守さんの作るおやつ、なんでも美味しいもんね!


「……さて」


 真っ黒な霧に包まれて消えた紅葉を見送ると、ソファーの陰からミューが顔を出す。

 そんなに怖いかなぁ、と私は思うのだが……まぁ、ミューからすると凶悪生物らしいから仕方ない。

 気を取り直して水守さんが腕を組む。


「今日こそペガサスに会いに行きましょう」

「そうですね」


 畑の世話をミューに任せていざ出発!

 昨日と同じように水守さんが前を歩き、その後ろについていく。

 会話はない。

 というか……私、今まで水守さんとどういう風に喋ってたっけ……?

 どんな話をどんな風にしてたっけか?

 自覚したら妙に気分が浮ついてきて、顔もまともに見れなくなってきた。

 いや、だって仕方ないじゃない?

 恋なんて十……うんんん! ……年ぶり、なんだもん。

 若かりし頃は恋に生きていたけど、最後の彼氏に浮気されて怒りのまま別れてから微妙に男不信になってたからなぁ……。

 ……しかもアイツ、浮気しておいて別れた後も「今なにしてる」とか「飯行こう」とか人のことキープしておこうとしやがって!

 二十代後半でこの人と結婚するんだろうなー、となんとなく信じていた私はそれはもう傷付いた!

 ふざけんじゃねぇ!

 二股掛けておいて、セフレでもキープしておきたい的な感じで軽く見やがって!

 ……アイツのせいで私は自分の男を見る目に自信喪失したのよ……!

 お陰で結婚願望はどこかへと逃げていき、三十代は彼氏を一人も作れぬまま過ぎ去った。

 その間、抵抗(婚活)も虚しく恋の仕方も忘れ去ったのだった!


「……」


 なのに、なぁ。

 目の前を黙々と歩くこの人は、私がこれまで出会ってきたどんな男の人とも違う。

 危なくなったら本当に身を呈して守ってくれるし、困った事があればすぐに解決してくれる。

 あれだ、これまで出会ったどんな男よりも頼り甲斐があるのだ。

 それに誠実だし、浮気とか絶対しなさそう。

 たまにど真面目すぎて引くけど、視野が狭いわけじゃない。

 この人となら幸せな家庭ってやつを築けそうだもんなぁ……。


「……はぁ……」

「……疲れましたか?」

「へ!? え、あ、いや! いやいや、べ、別に!?」

「?」


 し、しまった溜息が!

 っていうか溜息一つで「疲れましたか」とか優しすぎでしょ惚れ直すわアホー!

 クッソ、顔は全然タイプじゃないはずなのに普通にカッコ良く見える! 不思議!

 い、いや、私のタイプじゃないだけで顔自体はイケメンの部類であることは間違いないけどね!

 そうよ、それにスペック高いし!

 なに? 27歳、184センチ、エリート公務員、彼女なし、ど真面目誠実のEXILE系イケメンってよくこんなのが女の影もなく残ってるわね!?

 ……あれ、本当に不思議だな……?

 彼女居ないって言ってたけど……私に気を遣ってるだけとかじゃ……?


「……少し休みますか?」

「だ、大丈夫です。……そ、それより水守さんの女性遍歴が気になって……」

「何故」


 ……し、しまった。

 流れるように思った事が口から……!

 私はアホか?


「……なんとなく……」


 我ながら誤魔化し方が下手すぎる。


「……女性遍歴……。彼女が居たかどうか、ですか?」

「そ、そうです、ね」

「過去に五人ほどお付き合いはしましたね」

「思ってたより多い!?」

「全員、弟を紹介したら弟を好きになったので大体二週間ほどで別れましたが」

「別れ方が悲惨だな!? ……弟さん!?」


 水守さん、妹さんだけじゃなく弟さんもいたの!?

 あれ? そんな話初めて聞きましたよ!?


「……弟と妹がいました。……妹は六月に行方不明になり、弟はその翌月に飛行機事故で亡くなりました。……ニュースにもなったんですが……」

「飛行機事故……七月の……?」


 あ、それ、ちょっと覚えてる、かも。

 確かどこかの国からどっかの国に行く便が、突然行方不明になってそこに日本人が乗っていた……とか。

 二日後くらいに飛行機の残骸がどこかの国の山で発見されて、その日本人も遺体で見つかった……のよね?


「あ、あのニュースの日本人って水守さんの弟さんだったんですか!?」

「……はい……」

「……」


 無表情だけど……いつもの、無表情だけど……。

 でも、悲しそう……。


「そんな……」


 そんなのって、ないよ。

 妹さんが行方不明なのだって酷いのに……弟さんが飛行機事故で亡くなってるなんて……。

 しかもそれ今年の話でしょ?

 そんな……立て続けに……。


「……すみません、変な話になりましたね」

「え!? いやいや、こちらこそ変な事聞いちゃって……」

「……弟は海外旅行が趣味の一つだったんです。親が妹の行方不明の事を弟にも俺にも黙っていて、旅行先で土産に関して電話した時に親からそれを聞いた弟は慌てて戻ってこようとした。……本当なら、事故を起こした飛行機に乗る予定ではなかったんです」


 ……さ、最悪じゃん……。

 つーか、一ヶ月も黙ってたのかご両親!?


「な、なんで行方が分からなくなった事、水守さんたちに黙ってたんですか!? 普通真っ先に『そっちに行ってないか』って聞きますよね!?」

「……父は弟と妙に折り合いが悪くて……母は父が連絡したと思っていたらしいです。俺はその頃、別な異世界事案に巻き込まれていて連絡がつかなかったので……」

「別な異世界事案……?」


 そ、そういえば……異世界は初めてじゃないんだっけ……。

 ちょっと詳しく聞きたいけど……。

 それは後でいいや。

 せっかく水守さんのこと……そのご家族のこと教えてもらえてるんだもん。

 ご両親の事に関してはちょっと詳しく聞いておこう。

 彼女なし、なら……私……水守さんのこと、頑張りたい。

 だって久しぶりに出来た好きな人だし……。

 ……つーか……人生最後の恋かもしれないし……。


「……そういえば前の異世界の事はお話ししていませんでしたね」

「そ、それは気になりますけど今度でいいです」

「え、今度でいいんですか」

「それより……じゃあ水守さんのご両親は長男の水守さんまで私とここに居て……めちゃくちゃ心配してるんじゃないですか?」

「……」


 あ、目を逸らした。

 ……そりゃそうだよね……娘と息子たち立て続けすぎでしょ……。


「ですが、それを言ったら幸坂さんのご両親も心配されていると思います。一応幸坂さんのご両親と職場にはうちの上司が説明に伺っているそうですが……」

「は、はい、その件に関しては本当にお世話になって……」


 うん、なんか私の両親と職場には水守さんの上司、司藤さんが説明に行ってくれたそうだ。

 もちろん、異世界に召喚されたようです、なーんて説明は出来ないので事件に巻き込まれたので保護している、という感じの説明らしい。

 捜査中の為、詳細に関しては説明出来ないが無事である……みたいな。

 お巡りさんの特権よね……。


「……あ、そう考えると私も行方不明者の一人にカウントされてるんでしょうか?」

「……ある意味そうですね」


 毎年八万人が行方不明になるらしい我が国日本。

 ……わあ、私もそのカウントに加わってしまったのかー……。


「……巻き込んで本当にすみません……」


 うう、そんな話を聞いたら余計に罪悪感が……。

 ごめんなさい水守さんのお父さんお母さん。

 息子さんを巻き込んでおきながら、挙句好きになってしまって……。

 思えばこの人は最初から私のことを体を張って助けようとしてくれてるんだもんね。

 水守さんがいなかったら、私は一人でこの世界で腐墨亡者をなんとかしたりしなきゃいけなかったのか。

 む、無理無理!

 改めてあんなの私一人じゃどうにも出来なかったって!

 ……でも水守さんのご両親からすれば……私は息子さんを異世界の厄介ごとに巻き込んだ挙句、命懸けの仕事させてるやつなんだ。

 さ、最悪じゃない……。


「いえ……仕事なので」

「いやいや……」


 ぐっ。

 胸が痛い。

 いや、当たり前だし、ずっとそう言われてるんだから何を今更。

 仕事だから、私を守ってくれたり面倒見てくれてる……。

 そこに傷付くなんておかしい。

 この人は警察官だから、民間人の私を守ってくれてるだけ。

 むしろ感謝しなきゃいけない。

 いや、感謝してるけど。

 そう、仕事だから……仕事、だから仕方なく……。


「……いや、仕事だから、というのも含めて……」

「え?」

「……俺は妹を捜してやれていません。弟の事も結局俺の力では守ってやることも出来なかった。両親にも心配を掛けていて、地元に戻って来いという願いも叶えてやれていない。……家族を守りたくて、俺は警察官になったはずなのに」

「……」


 胸が、また……苦しい。

 仏頂面はそのままのはずなのに、やっぱり苦しそう。

 そんな表情されたらこっちまで苦しくなるよ。

 ……家族の為に警察官になった。

 り、立派すぎるだろ……なんだこいつ中身もイケメンか……!?

 こんな立派な若者が居る、だと……!

 世の中捨てたもんじゃねぇなぁ!?


「そうだったんですか……」

「……だから貴女の事は必ず守ります」

「……っ」

「あ、いや……守らせてください。……そして、必ず……貴女を貴女の家族のところへ無事に送り届けさせてください。……すみません、仕事と言いながら……きっとこれは俺の自己満足だ」

「……」


 声が、言葉が……で、出てこない。

 ……面と向かって、こ、この男は……。

 恥ずかしげもなく。

 でも、どことなく吹っ切れたような優しい眼差しが……うわっ、む、無理……。

 直視出来ないよ……。

 カッコいいよ……、く、くそう、このう……。


「あ、え……えーと、は、はい……こ、こちらこそ、よ、よろしくお願い、します」


 な、なんなのもおおおぉ、このイケメンなんなのおおぉ!

 爆ぜろ!

 私の顔面が爆発したかのように熱々なんだからお前も爆ぜろおぉ!

 なんだそのセリフ!

 ドラマでも言わないぞ、そんなイケメンにのみ許されたセリフー!

 外見と中身がイケメンとか、イケメンという単語はこの男のために生み出されたんじゃねぇの!?

 好きだ、バカ! 結婚して!


「……そろそろ山頂に向かいましょうか?」

「そ、そうですね……サクッと行ってサクッと帰りましょう」


 当初の目的を忘れるところだった。

 私たちは霊獣ペガサスを探しに行くところだったのよね!

 もー、さっさと行ってさっさと神殿に帰ろう!

 顔が熱くて色々無理!

 二人きり無理!

 間が持たない!

 いや、心臓が持たない‼︎


「……ちなみに妹さんと弟さんの写真とかないんですか?」

「あります」


 と、言われ見せてもらった。


「……妹さんは割と普通……でも弟さんイケメン……!?」

「天才肌でなんでもそつなくこなし、外資系企業に就職したんです。……その関係で海外旅行に行くようになったのですが……」

「イケメンですね!」

「……はい」


 モデルかジャーニーズ系のイケメンだった。

 そ、その上天才肌でなんでも出来るとか……!

 そりゃ水守さんの元カノが弟に乗り換えるわけだ……。

 こんなお兄さんならきっと性格も良いんだろうし……亡くなっただなんて、日本人女性全員の損失じゃないの!?


「……幸坂さんもそう思うんですね」

「え?」

「ああ、いえ……。付き合った彼女も写真だけでその反応だったので……」

「あ……」


 そ、そうだった。

 水守さんの元カノ全員弟さんに乗り換えたって言ってたんだ……。

 表情が心なしかへこんでる……?


「いや、確かに弟はなんでも出来ましたし、優しくて気配りも出来るし俺のように無愛想でもありませんから……幼少期から女性にモテていました。……彼女たちが弟を好きになるのは分かるんですが……そうですよね……」

「う、す、すみません……け、けど、別に女がみんな弟さんを好きになるわけじゃないですよ!」


 す、少なくとも私は弟さんより……水守さんの方が素敵に見えています!

 ……は、恥ずかしくて言えないけど!


「……俺は弟を紹介して、弟を好きにならなかった女子を見たことがありません」

「……」


 め……目が遠い……。

 こ、これはもしや……。


「水守さん、意外と女性不信ですか……?」

「そうですね……告白されて付き合っても二週間で弟に乗り換えられましたから……。最後の方の三人は最初から弟狙いで、最短三日でした……」

「うーん! さ、最低ですねー!」


 あと最悪だー!

 ロクな女遍歴じゃないなー!?

 そりゃ女不信になるよ!

 私もなかなかに男運に恵まれてないけど、水守さんは女運がなさすぎる!

 ……、こ、これは、そ、その……は、恥ずかしいけど……う、うん!

 頑張るって決めたわけだし……!


「わ、私は……私には水守さんの方が素敵に見えます……よ」


 思ったことを素直に!

 ……す、少しは伝わった……、かなぁ?

 チラッと……。


「ありがとうございます……」

「……お世辞か何かだと思ってますねその顔は」

「そんなことはないです……嬉しいです……お気遣いありがとうございます……」

「信じてないですね!?」


 これは完全に根深いタイプの女不信じゃんんんん!?


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る