第20話 これはダメなやつだ
そんな訳で、考えてみることにした。
私はなにをこんなに苛々しているのだろう。
あの二人のやりとりになにを熱くなっているのだろう?
そんな苛つく要因があっただろうか?
まずは原因の究明からよね。
……なんで腹が立つのか?
紅葉にからかわれた訳ではない、わね?
あれはあれで腹が立ったけど、怒るほどの事じゃない。
水守さん、逮捕してぇー! とは思ったけど。
私がイラってしたのは紅葉の物言い。
私と水守さんを関わらせないようにするような言葉の数々。
水守さんが大好きなのね、ハイハイ、分かった分かった……と、大人の対応は出来ていたはず。
それなのに、なんであからさまにその“水守さん大好きだから私に関わるな”的な事になるとこんな腹が立つのかしら?
紅葉は私が嫌いで気に食わない、という感じでもないのよね……。
あれは私にそもそも興味ない。
それに会ったばかりの紅葉に私だってそこまで興味ないし。
いや、まあ、イケメンなのに中性的であらゆる仕草が絵になるから現実味のないやつだなとは思う。
たから……紅葉が原因ではない。
……紅葉が水守さんを独占しようとしてるのに腹が立つ……。
あ、これだ。
「……」
前をサクサク歩く背中からゆーっくりと目を逸らす。
は? は? は? は? はあああ?
なに、別に水守さんは私のものではないわよ?
彼氏でもなければパートナーでもないし婚約者でもないわよ?
だから紅葉の言うことはごもっともなのよ。
そう! 紅葉正論! え? じゃあなんで私はそこに反発してるの?
そりゃ、水守さんは私の生活の要的な人よ?
いないと困る。
全力で困る。
最早いて頂かないと生活出来ない謎の自信まであるわ!
まあ、だからと言って水守さんは仕事で私の面倒を見てくれてる訳で……私は……。
……私は、なにもお返し出来てないんだけど……。
……。
いや、うん、これはまずいわよ?
だって水守さん、割と命懸けなところを率先してやってくれてるもん。
それなのに、その上ご飯三食作ってくれたり今日もこうして徒歩で山登りに付き合ってくれたり……コレだって野生動物からの護衛ってやつだし?
……頼りすぎ……いくら水守さんが不思議案件担当のお巡りさんだからって絶対頼りすぎだよね!
ほぼ二十四時間何連勤もして休みもない状態でしょ?
「……あ、あの……」
「はい?」
「す、すみません」
「はい?」
「……いや、その……よーく考えるとなかなか無神経な事を言ったなーって……昨日」
「?」
立ち止まって、首を傾げる水守さん。
そういえば歩幅も最初に比べるとかなり合わせて歩いてくれるようになったよね……。
前を歩いて危険を確かめながら、ではあるけど……前みたいに置き去りみたいにされる事はないもん。
「水守さんからするとここ一ヶ月ちょい、ずーっと休みなく働いてるようなものなんだなーって思ったら……キツイですよね……すみません……私のせいで……」
「? 突然どうしてそんな話になったんですか?」
「え? えーっと……さっきの事について色々考えてたら、水守さんが仕事を二十四時間一ヶ月以上休みなく続けてる状態なんだなって思ってしまったので?」
「……それは……」
「そう考えると本当に申し訳ないな、って……休みの日にやりたい事もあるだろうし、遊びに行きたい場所もあると思うし……」
「それは幸坂さんも同じでしょう」
「まあ、それはもうそうなんですけど」
そりゃね!
色々あるわよ、休みの日にやりたかった事。
脱毛、ネイル、美容院、マツエク、映画、居酒屋!!
あとたまに他場!
うが! そういえば時期的に年末じゃない!?
しょ、賞金王……!
くそぅ! 誰だ!? 今年の賞金王決定戦トライアルメンバーは!?
確か去年はついに埼玉の若手No. 1、桐谷将兵が優勝したのよね!
おめでとう! いつかやると思ってたわ!
埼玉の若手といえば……次は田中辰也かしら!?
あの子、めっちゃ顔可愛いんだもん!
それなのにあの肉食系のレーススタイル……うへへへへ、たまらんぜ……!
賞金金額も確か上位に居たはずだし……え? 行っちゃう? 今年は行っちゃった?
うああああああ! 大阪行きたーーーい!!
……
全ての選手はこの優勝賞金一億円のレースを目指して年間戦うと行っても過言ではない!
ルールの変更はこれまで多々あったけれど、現在は年間賞金金額上位十八名による熾烈な勝ち上がり戦!
この賞金王決定戦は言わば年間SGに出続け、上位をキープし続けた猛者がその年の王者を決める戦い。
熱い! 熱いのよ!
昨今では女子レーサーも参入するようになってきたし……近いうち女子の賞金王が誕生する日も来るかもしれない!
だから賞金女王決定戦とかホンットいらない!
なにランク下げてんのばっかじゃないのー!
「幸坂さん?」
じゃ! なくてーーー!
「こ、こほん。そ、そうですけど、でも水守さんは……この世界とは関係ない人じゃないですか。私みたいに縁があったわけでもないし……。それなのに巻き込んでしまって……」
「日本の国民を守るのが俺の仕事ですから」
「だからって一ヶ月以上も休みなく働いてる事になるじゃないですか。それに、アーナロゼが孵化するのにどれだけかかるかも分からない。……水守さんにだってあっちの世界でやりたい事とかあったんじゃないんですか?」
「……」
困り顔。
……やっぱりやりたい事あったんだ……。
そりゃそうだよね……それなのにこんな時間がかかる事に巻き込んで……。
うう、申し訳ないな……。
けど、水守さんに居なくなられたら……私……。
「……そうですね……早く帰りたいです」
「で、ですよね」
「妹が行方不明のままなので……探してやりたいんです」
「……え……」
背中を向けて、静かに……でもとても響く声で私の耳に届いた。
水守さんのやりたい事。
……妹さん、居るって言ってたね。
……え? 行方不明……?
「……半年前から行方不明なんです。手掛かりもなく、地元警察は成人しているのであまり積極的には捜査してくれません。状況的に事件性も高いと思うのですが……」
「ちょ……ちょっと待ってください……それってかなりヤバいんじゃ……」
半年前!!
そんなのニュースでやってたかな?
成人女性で、行方不明とかニュースになっててもおかしくなくない?
事件性も高いってんなら余計……。
「……警察は何もしていない、訳ではない。ただ、年間の行方不明者数は八万人を超えています。……手が回っていないんです。大多数の人間は捜索もされず、放置されてしまうのが実情。……兄が警察官だから……率先して探してもらうわけにはいきません。そんな贔屓は許されない。沢山の人が家族の帰りを待っているのに……そんなのは……。だから俺の妹は自分で探してやりたいんです」
「……っ」
はちま……っ……し、知らなかった……。
日本の行方不明者ってそんなにいるの……?
う、うちのレース場にも行方眩ましてるやつとか居そうではあるけど……痴呆で。
実際たまに高齢者夫婦が来場して「痴呆の夫(あるいは妻)がトイレに行ってる隙にいなくなった〜」って館内の監視カメラで大捕物宜しく大捜索する事もある。
……なんかね、マークカードの記入とかレースの予想は頭の体操になるから痴呆予防にいいってよくいらっしゃるのよ。
成る程なーって思ったわ。
……でも水守さんの妹さんは若いからな……。
そんな話でもなかったわ。
「……あ、じゃ、じゃあ私も帰ったら妹さん探すの手伝います!」
「はい?」
「だって今、たくさん手伝ってもらってますから! プロじゃないからビラ配りとかSNSで情報呼びかけとか拡散とか……そういう事くらいしか出来ないかもしれませんけど……」
「……いや……多分……異世界に落ちたようなので……」
「そうですか、異世界に……異世界!?」
なんっじゃそりゃああああ!
妹さん異世界に落ち、落ちるものなのぉ!?
「あまり普通の市民には分からないのですが、我々の世界は空間の歪みが多く裂け目が出来る事があるそうです。空間関係に明るい方に調べてもらったところ、妹はその歪みに差し掛かりどこかの世界に飛ばされた可能性が高い。……俺は空間系はおろか、そういう事にも詳しくないので……」
「! それなら紅葉に聞いてみましょうよ!」
「……それは出来ません」
「は!? なんでですか!? だってあいつ……」
確か空間系が得意だとかなんだとかって豪語してたじゃん!
水守さん大好きっ子なんだから、水守さんが頼めば絶対力になってくれる!
「年間八万人が行方不明になっているんですよ? いくら異世界関係とはいえ、俺だけあいつの力に頼って探すわけにはいきません」
「アホか!」
真面目真面目と思ってたけど真面目が過ぎるわ!
自分だけずるい?
「ンな事ありませんから!」
「い、いや、しかし……」
「紅葉の契約者は水守さんでしょ! あいつは水守さんに頼まれたら喜んでなんでもやりますよ! もしかしたらゴミの処理だって頼んだらやってくれたかもしれないぐらい水守さんのこと大好きじゃないですか!」
「え? い、いや……」
「水守さんの考えは立派だと思いますけど、そんなつまんない葛藤の間に妹さんになにかあったらどーするんですか! 形振り構ってる場合じゃないでしょう!? っていうか! 今から戻って紅葉に頼んできましょう! ホラ! 戻りますよ!」
「……」
半年も行方不明とか……しかも異世界でしょ?
こっちの常識も何も通じないし、もっと心配しなさいよ! このど真面目男!
「大体、お巡りさんの前に水守さんは水守さんって一人の人間なんだから、お仕事の為に自分が我慢する事なんか一つもないんですよ! 仕事なんて生きる為、生活する為の手段なんですから! ……そりゃ仕事は大事だし、そこにプライド持つのは素晴らしい事だと思いますけどね」
私だって賭博場で働いてるってだけで白い目で見られる事もあるわ。
水守さん程、胸張って誇れる仕事じゃない。
でも仕事は好きだ。
あの仕事をやってなければボートレースにも興味持たなかったし、楽しさも知らなかっただろう。
職場環境がいいとも思ってないし、役人どもには「一生信号赤に引っかかり続けろ!」って心の中で呪いかける事もある。
同じ役人なのに水守さんの仕事に対する意識の高さに「テメェら爪の垢でも煎じて飲ませて頂け!」と何度も思った。
けど、それもやっぱり生活の為に我慢出来たし、我慢が出来ない程ムカつく事が一応今までなかったってだけだ。
もしあったならボートレースは趣味に留めて新しい仕事を探せばいい。
水守さんなんて私より優秀なんだろうから仕事の方から土下座してくるわよ。
「仕事が全てじゃないんだから、やりたい事やれば良いんですよ」
「……」
「それに妹さんは絶対水守さんが探しにきてくれるの待ってますって!」
こんなお兄さんがいるんなら、待ってると思うな。
……ご無事を願うばかりだけどねー……。
ま、まあ、この世界みたいに最初から詰んでない世界だといいわね?
いや、こんな最初から終わってる世界、そんなホイホイないとは思うけど。
「……幸坂さんは……みすずに少し似ています」
「? 誰ですか」
「妹です」
「私、妹さんじゃありませんから!? あと歳上ですから!?」
「はい」
「……!」
ふわ、と。
……多分、この世界に来て……いや、は、初めて笑った?
笑った顔、初めて見……。
「っ!!」
「? 幸坂さん?」
「なんでもないです! 急いで戻りましょう!」
「はい。ありがとうございます」
あ、ダメだこれ。
顔熱い。
胸ドキドキ止まんない。
……落ちたな……私。
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