第19話 初めての喧嘩…?
翌日。
「というわけでアーナロゼがガチビビリしているので紅葉はアーナロゼを食べないでください!」
「は? 食べないけど?」
「え」
「よく勘違いされるけど、おれら、ドラゴンとは一対一の勝負して勝たないと食べないよ。あと、戦うのは大体長兄の仕事。おれは同腹兄弟の三番目だから長兄が狩ってきたやつしか食べないの」
にっこり、妖艶に微笑む。
えーと、つまり?
「アーナロゼは食べないでくれるって事?」
「だからそう言ってる。おれたちドラゴンは好物だけどドラゴンという種を尊敬してるんだよ。相手に敬意を払い、食す時は対等な相手として自分の命も賭ける」
ふふふ、と笑う。
え、えーと……なんか不穏……。
ドラゴンを尊敬してる?
敬意を払う?
「食べる時は対等な力のドラゴンを探して、勝負を挑むの。自分より弱い相手と戦って勝っても、そんなの当たり前でつまらないでしょう? にぃにぃずの中には負けて逆に食べられた方もいたみたいだけど……。まあ、そういう訳でこの世界の神竜は対象外〜。なにより神竜はさすがにおれたちの一族よりも地位が高い。食べるなんてありえな〜い」
「……は、はぁ……?」
要するに大丈夫ってこと?
アーナロゼはめっちゃビビっていたけど、最初から食べる気はなかった?
なーんだ、心配して損したー。
「食べるならコレだよ〜……、鈴太郎の……ふぁ〜ん、早く食べたい〜、その真っ白な液体の滴るプニプニと程よく固い……おれをイケナイ気分にさせるモ、ノ……!」
「牛乳プリンな」
「そう、それ」
「……」
ソファーから立ち上がるとカウンターに寄り掛かり、そこで作業していた水守さんに絡む紅葉。
……い、言い方……!
言い方がさぁ!
なにあれ、わざとなの!?
いくら背伸びしてるって言ってもそういう方向の背伸びの仕方ってある!?
こ、この〜っ!
こっちはもう何ヶ月……いや、年単位でご無沙汰してるのに……!
人外美形がそんないやらし〜事言ったら我慢してる色々なものが……限界を迎えるじゃない!
……というか、うっかり水守さんを襲ったりとか、いつかしちゃうような気がしてたけど……ミューだけじゃなく紅葉まで同居生活になったら余計に無理に……。
……紅葉は……ちょっと綺麗過ぎて眩し過ぎて……私には高嶺過ぎる……。
あと、やっぱり顔が若い。
人間離れし過ぎてて……いや人間じゃないんだけど……眩しくて無理。
穢らわしい目で見られない綺麗なもの。
そう、そんな領域!
「うふふ……白濁のねっとりとした液体がとろっとろに溢れて……なぁんていやらし〜の〜。早くおれのお口の中でこの甘くて美味しいミルクをごっくんしたいな〜っ」
「……牛乳プリンな。……牛乳、覚えられないのか? お前の生まれ育った世界に牛は居ないとか?」
「……」
……み、水守さん……!
真顔で言っとる……。
「はあ、ホント鈴太郎は冗談が通じなくて面白いよね」
「……は?」
素で通じてないんだ?
あ、あー……なんとなく紅葉の言ってた意味が分かってきた気がする……。
「あっちはちゃーんと分かってくれてたのな」
「うっ!」
「? 幸坂さんも食べますか? 一応四つ作りましたが」
「あ、はい、頂きます!」
牛乳プリン! 普通に美味しそうだもん!
もちろん頂きますとも!
「……それはそれとして紅葉は性格悪いですね」
「そうですか? なにか気分を害するような事を?」
「いや、まあ……なんというか……」
どうやら水守さんは下ネタに気付いてもいないらしいからなー……。
わざわざ私が言うと、私がそういう事を考えてると思われそうで……!
いや、実際考えてるんだけどー!
それを知られるのは普通に癪でしょ!?
「ふふふ」
「ぐぬぅ」
にやにや笑う紅葉。
こっちは確信犯!
な、なんて奴なの、腹立つ〜っ!
顔が綺麗な分余計に腹立つ!
あんな綺麗な顔で下ネタに聞こえる事ばっかり言って……!
水守さん! セクハラですよ、セクハラ!
迷惑行為防止条例的なもので逮捕して下さい!
女性からは声を上げにくいんですから、気付けー‼︎
「ミューも食べられるか?」
「にゃあー! ミューめも食べて良いのですか!?」
「四つ作ったと言っただろう?」
朝食後にデザートが出る事は良くあるけど、そんな感じで今日のデザートは牛乳プリン。
白いプルプルのそれに多少思うところはあるけれど……。
「……鈴太郎がおれ以外を甘やかすのムカつくんだけど」
「にゃ……にゃあああ!」
「コラ! 紅葉!」
……べ、別な意味で思うところもあるわけで……。
「……まぁ、妖精ごときに腹を立てる程、おれは子供じゃないしー?」
「立てたばかりだろうが……」
「鈴太郎がおれの好きないちご大福とロールケーキ作ってくれるなら許してあげる」
「いちご大福は無理だな。だがロールケーキなら材料はあるし出来ないこともない」
「え! ホントですか!? 私も食べたいです!」
「……。今日は東の山の湖に行くのでは?」
……あー、昨日アーナロゼに聞いた霊獣ペガサスの件ね。
そうなんだけど……そうなんだけど〜……。
「でもロールケーキが食べたいんです……」
「では明日の朝のデザートに作っておきます」
「今夜じゃないんですか!?」
「太りますよ」
グサッ!
「それに、材料の節約をしたいのでデザートは一日一回と言ったでしょう」
言われました!
「……分かりました……じゃあ明日楽しみにしてます〜……」
「い、一日一回、だと……!?」
あ、紅葉はそれ知らなかったのね。
そうなのよ、一応食材は無駄にしないようにしてるの。
表の畑はすくすく育ってるけど、収穫まではまだだから。
あ、でも小さいかぶと三つ葉は育ってきたかなー。
食べ頃には早いけど、食べられなくもないと思う。
「やだやだ、そんなの足りない〜」
「お前ら基本食事は水だけで何百年も保つんじゃないのか?」
「甘いものは別腹〜! この味を知ったらもう元の体には戻れないのー! 鈴太郎はおれをこんな体にした責任があるんだから責任取ってお菓子作ってお菓子作ってお菓子作って〜!」
「……今日は東の山でしたね、同行します。けれど、今日は東の山のみですからゆっくり歩いて行きますか」
「無視するな!」
空飛んでビューンっとショートカットしたい気もするけど……。
戦隊レッド風になると紅葉がまた怒るみたいだからなー。
すでにプリプリしてるし。
いや、お前の言い分は分かる。
私も出来ることならデザートは三食欲しい。
……しかし、これは仕方のないことなのよ。
太りたくないもん……‼︎
それでなくとも水守さんのご飯美味しいしさ!
おかわり可能だったら確実に満腹になるまで食べてる!
「紅葉が乗せてくれれば時短になって、別のお菓子を作る余裕もあるかもしれませんが」
「!? ……え? いや、聞き流しそうになったけど……、っは? おれに鈴太郎以外を背中に乗せろって言ってる?」
「移動だけでお前に
「……」
……?
なんだろう? 『がいい』?
それに背中に乗るとか、紅葉の背中に私と水守さん二人は乗らないでしょ。
「……あのさぁ、鈴太郎……おれたち幻獣ケルベロス族は王獣種なの。契約者でもない人間を易々と背中に乗せると思ってる?」
「ああ、だから時間はかかるが歩いて山を登る。今日は一日移動で終わるだろうが、仕方ないだろう? 戦うわけでもないのにお前を纏うのも申し訳ないしな」
「っ……」
き、綺麗な顔が歪む歪む……。
何を話してるのかよく分からないけど、紅葉が嫌がることを言ってるのはなんとなく分かる。
「霊獣なんか、呼び出せばいいじゃん! わざわざ会いに行かなくても!」
「どうやって」
「神竜に呼び出して貰えば……」
「ア、アーナロゼの声は私にしか聴こえないみたいなんだよね……」
「……」
うわあ、すごく嫌そうな顔……。
「ひ、飛行の魔法使えば……」
「俺も幸坂さんも魔法は使えないぞ」
「覚えてよ! 教えてあげるから覚えて! あ、鈴太郎は覚えなくていい、おれが乗せてあげるから!」
「その差別なんなの?」
とりあえず私が嫌というのはとても良く伝わってくる。
いや、水守さんの事か大好きすぎるだけか?
「もしくは……変身するしかないか」
「それは絶対ダメ! 浮気は許さないよ! 次にアレになったらぶっ壊す!」
……ほ、本当にお前という奴は……。
水守さんが大好きなんだなぁ……。
大好き過ぎてキャラが安定しないのはもう分かったよ。
「あの、ねえ? 紅葉、空を飛ぶ魔法教えてくれるなら教わってみたいな。教えてくれるんでしょ?」
「はあ? 飛行の魔法が一朝一夕で使えるようになると思ってるの? 自分の得意属性も把握してなさそうなくせに……」
「……なんで今提案したの?」
「……思わず」
思わずか……。
チッ、空飛ぶ魔法とかすごく興味あったのに……。
まあ、そうだよねー……難しいよねー、魔法だもんねー。
「でも、私も魔法が使えるなら使ってみたいな〜! 今日じゃなくても良いから今度教えてよ」
「良いよ。その代わり鈴太郎に抱えられて移動とか二度としないでね」
「……」
……ふ、ふふ……頰がヒクッてなったの自分でも分かった。
こ、この子……!
笑顔でさらりと……!
マジで水守さんの事好き過ぎでしょ……!?
……いや、まあ、別に水守さんはお巡りさんとして、仕事で私の事を見捨てずにここに留まってくれてる訳だし?
本当ならそこまで甘えるのもおかしな話なのかもしれないけど……?
「でも別に水守さんは紅葉の所有物とかでもないでしょ!? なんなのその言い草! そんなのアンタに指図される筋合いないわよ!」
「!? こ、幸坂さん?」
「鈴太郎はおれの契約者だもーん。そっちこそ、鈴太郎の優しさに勘違いしてる恥ずかしーい状態なの自覚ないんじゃないのー?」
「そんなの分かってますー! でもそれとこれとは話が別でしょ! あからさますぎるのよアンタ!」
「二人とも、ちょっと落ち着いてください」
「みゃうう〜、姫さまどうされたのですか〜っ」
***
はぁ〜〜、結局歩きで山登りかぁ。
……でもなんとなく紅葉の力を借りるのは癪なのよ。
すんごい種族だがなんだか知らないけど、あの水守さん大好きっ子め。
「……今朝のは少し
「うっ」
半分ほど森の中を歩いたところでの、この一言。
……自覚はありますとも。
紅葉は水守さん大好きだし、契約獣というはっきりとした立場。
対して私は、助けてもらいまくってる立場。
そんなの分かってる。
水守さんは水守さんで私がお礼を言っても「仕事なので」で終了。
そうだよね、水守さんが私を助けてくれるのは“仕事”だから……。
「……なんでもないです、すいません……」
「俺に謝られましても。……まあ、苛々してしまう事もありますよ、人間ですからね」
「……今の間、なんですか?」
「え、いや、妹が生理前はよく荒れていたなと思い出していました」
「私はこないだ終わりました!」
確かにそうなる事もありますよ!
でも私、生理はあんまり酷くならないタイプなので大丈夫ですよーっだ!
あと遠回しに「荒れてる」って言った〜っ!
こんの朴念仁〜〜っ!
「……ほんっと色々腹の立つ……!」
「……すみません……?」
「理由も分かんないのに謝らないでください!」
「……なら、怒ってる理由を教えてもらっていいですか? 俺は色々、疎いので……言葉にしてちゃんと指摘して頂けないと、改善に努める事もできません」
「……お、怒ってる理由って……」
私が苛々してる理由……を、教えろって?
それは……まあ、なんつーの?
……、いや……、それは……。
「……考えがまとまったらでも構いませんが」
「……で、ではまとめてから報告します……?」
「はい、お待ちしております」
「……」
なんじゃそりゃ?
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