第12話 モンスター退治!【後編】


 まず、ものすごいスピードで走り出したと思ったら一気に腐墨亡者との距離を詰める。

 亡者は丸い物体にしか見えない。

 だけど、それは水守さんが急接近した途端割れた。

 包丁を縦と横に入れたように綺麗に四つに割れた丸い物体から、人の形をしたどす黒く細長いものが生える。

 あれが亡者の本体?

 それを確認した水守さんは上空へと飛び上がる。

 そして、背中の四角いジュラルミンケースみたいなものが割れて翼のようなものが生えた。

 な、なんだとぉぉ!?

 と、飛べるのアレえぇ!?


「はっ! こうしてる場合じゃなかった」


 あんまり離れ過ぎてたら『浄化の祈り』が届かないかも知れない。

 少しずつ距離を詰めて、水守さんがあいつの足留めをしている間にやっつけてしまおう。


『ギィイアアアアアァァァァァァァア』


 人の形をしたモノの、頭の部分が悲痛な声を上げる。

 私はかなり離れた場所にいるのに、悲鳴がここまで響く。

 耳が痛い。

 それをものともしないのか、宙に浮かぶ水守さんは銃で亡者を何発も撃ち始めた。

 けれど、ここから見てもその弾丸はぽちゃぽちゃと水の中へ撃つような音で掻き消されてる。

 物理攻撃が通用しない、みたいな事言ってたけど本当にダメじゃん……!

 どうするのかと思っていたら、亡者の体……四つに分かれた部分がひゅろひゅろと触手のように無数に分かれる。

 ちょ、ちょっ……!


「データ通りだな。アルバ」

『自然魔力収集完了。固有スキル発動条件クリア』

「バーストアーム」


 なんかぶつくさ言ってるな、と見上げたら、水守の腕が燃え始めたよ!?

 そして燃え盛る両腕を構えた。

 何かをするつもりだ。

 背中の羽がキラキラした風を噴出させて、加速する。

 右腕の拳を振り上げて、触手で襲いかかる亡霊へ真っ直ぐ……!


「エンフレイムロスト」


 …………えーと……。

 今起こった事を説明するぜぇい?

 水守さん目掛けて襲い掛かった触手が水守さんの拳に触れるなり……消えた。

 た、多分蒸発?

 ……水は高温で消える。

 半液状って言われてたけど、物理でぶっ飛ばせないから炎で消した……?

 は、はあ……!?


「ちっ」


 でも!

 でも……急回転で着地して、消し飛ばした触手を確認した水守さんが今間違いなく舌打ちしたのが聞こえた。

 理由は消した触手が瞬く間に生えたからだ。

 半液状の身体を持つ腐墨亡者。

 なにあれ、すごいやばいんじゃ……。

 ピ、ピンチなんじゃないんですか!?


「一割では弱すぎか……。アルバ、再計算」

『5.9割の威力増加可能と判断』

「では、出力はそれで」


 ……あ、全然大丈夫そうだな……。

 っていうか今のそんなに手加減してたの?

 は?


「み、水守さん!」

「もう一度撃ちます、下がってください」


 思わず近付き過ぎたので怒られた。

 さっきのをもう一度?

 あ、はい! 離れますー!


「チャージ」

『チャージ開始』

「え、時間かかるんですか!?」

「俺はまだ自力で魔力を集められないので」

「?」


 魔力?

 ええい、構造的なものがさっぱりわからん!

 でも「機密事項です」とか言われそうだしなー!

 いやでもこれは……このいかにも兵器的なのは国民の知る権利に該当すると思うんですけどー!

 日本は兵器開発禁止なんじゃないのか!?

 日本警察の使っているこれは兵器じゃないのか!?

 国民には知る権利があるはず〜!


「危ない!」

「ってうおあ!」


 突き飛ばされ、白い砂浜にベシャリと顔面からダイブ。

 ひ、ひどい。

 いくら亡者がなにか粒状のもんをいくつも飛ばしてきたからって……。

 なにも突き飛ばすこと…………。


「水守さ……!」

「っ」


 腕を押さえる水守さん。

 指の隙間から血が!


「!」


 ジュウ……と少し離れたところに落ちた黒い粒が溶けて湯気を立てる。

 あれ、飛ばしてきたやつ!?

 溶け……っ!


「成る程……この世界を燃やし尽くしたのは腐墨亡者そのもの……」

「!? ど、どういうことですか!? あ、いや、それより血が!」

「計算上、さっきの一撃で行動不能にできたはずなんです。けれど、触手部分のみしか消し飛ばせなかった。案の定、やつの体は高温なんです」

「温度……!」


 それより水守さんの怪我!

 うう、痛そう……。

 薄っぺらい戦隊風スーツって防御力あるの!?


「…………ますます俺と、相性が悪い」


 ま じ か !?


「だが、相性の悪さなど理由にはしない。市民の安全と安心を守るのが警察官の職務。日本警察の誇り……! どんな状況下でもそれを脅かすモノを許してはおけない!」


 わ、わあああああ!

 ヒ、ヒーローだ!

 そんなガチヒーロー的セリフ生で言うやつこの世にいるんだぁぁああ!?


「幸坂さん、次で決めます。『浄化の祈り』を始めて下さい」

「へあ!? は、はい」

『自然魔力収集完了。固有スキル発動条件クリア』

「バーストアーム」


 ボワっとまた、水守さんの腕が炎に包まれる。

 ひえ、近くで見たら本物の火じゃないの!?


「あ、あのそれ、熱くないんですか……」

「はい。それより集中してください」

「は、はい」


 怒られてしまった。

 集中、集中。

 これ以上水守さんが怪我しませんように……。

 腐墨亡者が、もう苦しまずにすみますように……。


「エンフレイムロスト!」


 目を閉じて集中しててもなんとなくわかる。

 また腐墨亡者に加速して近づいて、炎の拳を振り上げているのだろう。

 カッコいい必殺技まで持ってるなんてますます正義の味方だなぁ、あの人。

 …………居るんだ……正義のヒーローって。

 本当にこの世界に…………存在するものなんだ。

 そんな、本物の正義のヒーローにやっつけられるなんて……。


「…………っ」


 見せられたこの世界の記憶の中で、死を奪われた死体が蠢くあの地獄で……。

 結局こんな化け物になるまで苦しんだこの世界の人間たち。

 異世界の正義のヒーローに倒されるなんて、最高に幸せな最期なんじゃない?

 ずっと裁かれるのを待ってたんでしょう?

 裁いてもらいなよ。

 そして…………もう、苦しむのを、終わりにさせてもらいなよ。


『イイィイイイイィイイ…………!』


 目を開けた私が見たのは真っ白な光の炎に包まれた黒いものが、細かな火の粉になって飛び散るところ。

 花火のように散って、消えるところだ。

 高温のものと高温のものがぶつかり合い、マグマのように飛び散りながら消えていく。

 それは単純に、綺麗だった。


 …………で。


「説明を要求します!」

「秘匿義務があります」


 くっ、義務返ししてきやがったな!?


「でもそれどう見ても兵器的なそれじゃないですか! こちらには知る権利があると思います! あと怪我! なんで治ってるんですかねぇ!?」

「怪我は幸坂さんが祈ったから治ったんじゃないのですか?」

「私!?」


 ……。

 …………まあ、心配はしましたけど……。

 え?


「私が祈ると怪我も治るんですか?」

「他に理由が思い浮かびません」

「え、私スゲェ…………」


 …………ハッ!

 また話を変えられるところだった!

 騙されないわよ! 今回は!


「そ、それはそれとして水守さんのそれは絶対説明して欲しいです! 国民には日本警察が使用する兵器と思しきソレについて知る権利があると思います! 変身するとか聞いてないし!」

「変身するのは砂上の趣味です!」


 またも拳を握って悔しそうにする水守さん。

 うん、分かったよ、そこは。

 そこは恥ずかしいんだろう?

 でもヒーローを信じる子供(と、特撮好きの大人)たちの為に恥を忍んで変身してるんでしょ?

 尊敬するよ、そこは!


「…………しかし、兵器とは心外です。これは砂上の造った演算システム搭載魔科学執行端末警察手帳。俺の所属する『後処理係』特殊開発部門で開発された特殊案件処理を目的とした場合必要になる武力行使を可能とする物……と、以前ご説明しました。今回は特殊案件処理の名目上、部長の許可を得て武力行使を執行したに過ぎません」


 え、ええい!

 また小難しい事を長々と!


「もっとざっくり分かりやすく言ってくれなきゃ分かりません!」

「砂上が不思議案件処理のために造った不思議警察手帳は『後処理係』メンバー限定で使用を許可されているんです」

「その不思議なんたらがなんなんですかぁ!」

「本事案のような一般人や一般警察官に対処できない不思議事案の事です。さっきの様なモンスターを警官の拳銃で対処できると思いますか?」

「無理ですね! なんとなく分かった!」


 確かに自衛隊でもあんなの倒せなさそう!

 …………。


「? どうかされましたか?」

「そ、そんな奴を一人で倒す水守さんって…………」

「倒したというか、浄化したのは幸坂さんですが」

「わ、私!? 倒したの私!?」

「俺では倒しきれませんでしたよ」


 わ、私が!

 す、すごいな私!


「…………上手に浄化出来ましたね」


 ぽん。


「…………」


 と、頭に乗せられる手。

 …………こっ……こ、っ……これは…………も、もしや…………!


 なでなで。



「っっ‼︎」


 な、なななな、なでなでーーーー!

 う、うわあああぁぁ!

 き、昨日の今日でうわあああああぁ!?

 なななななんなんぬ、なんっ、なぁ!


「な、なんなんですか!?」

「え?」


 頭に手を乗せられたまま、見上げて叫ぶ。

 だ、だって!

 私歳上だぞ!?

 一回り以上歳上!

 なのにそんな私の頭をなでなでって!

 か、か、彼氏でもないのに!

 顔が熱い! めっちゃ熱い!

 な、なんなの彼氏ヅラ!?


「なにって、褒めています」

「は!?」


 ほ、褒め……? わ、私が褒めろって言ったから?

 だからなでなで?

 わ……私がこんなことで喜ぶ尻軽女だと思っているの……!?

 せめて笑顔も付けなさいよ!

 好みのタイプじゃないとは言え、水守さんって美形の部類には違いないんだから絶対ヤバイって!

 ほ、ほらほらほらぁ!

 も、もっともっと撫でさせてあげるからついでに笑顔も……!


「うちの妹と犬はこうされるのが好きでしたよ」

「…………」


 …………ん? いも、妹と…………なんて?


「私は犬か!?」

「は? 幸坂さんは人間でしょう?」

「そうですよ! 妹も微妙ですけど! 犬はない! 犬は!」

「…………。幸坂さんは猫派ですか?」

「そこでもなーい!」


 ぐあああああ!

 馬鹿! 私の馬鹿!

 なんでこのエリート朴念仁にときめいたりなんてしたのよ!?

 これだぜ!?

 ほれ見たことか、このザマだぜ!

 くぅっそおおおぉ!


「水守さんの朴念仁! バーカバーカ!」

「……すいません……」


 ふん!

 あれは絶対私が何に対して怒ってるのか分かってない!

 んもおおぉ!

 妹とか、犬とか! そんな要領で褒められて浮かれてたなんて!

 こっ恥ずかしいんですけどー!?


「…………(意外と冗談が通じない人なんだな……)」


 などと思っていると知る由もない私は、プンスコ怒って神殿に帰りましたとさ!

 何にしても島の腐墨亡者、一体浄化完了!


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