第13話 ケットシーが現れた!



 翌日、水守さんと私はこの島のもう一体の腐墨亡者をやっつけた!


「昨日より楽勝でしたね!」

「昨日の戦闘データで、出力を調整出来たので。幸坂さんも昨日よりスムーズに『浄化の祈り』が使えていたと思います」

「ですよね! 自分でもそう思います!」


 どーんと胸を張る!

 何にしても、これでこの島の平和は取り戻せたわけね!

 ………でも……。


「……けど、あんまり変化ないというか……。海はどす黒くてドロドロのままですね……」

「あまり近づかないでくださいね。恐らく海水に腐墨亡者が一体化している」

「ほげ!?」


 え、な、っつ!

 つまりこの海! 海は腐墨亡者だったってこと!?

 えええええ!?


「それに、変化ならありましたよ。空を見てください」

「? ………あ……! 晴れてる……!」


 曇天模様続きだった空が……この島の上だけ晴れてきている。

 ゆっくり風に流れるように、黒い雲は薄れて間から青い空が……。

 や、やった! 空だ! 青い空!


「それにどうやら風も吹いてきたようですね」

「風? …………。……そういえば風も吹いてませんでしたもんね……」

「はい。自然が力を取り戻しつつある証拠です。あとは島の木々を蘇らせれば、虫や動植物も戻ってくるはず」

「……! 私頑張ります!」

「腐墨亡者もいなくなった事ですから、俺はこのまま島を調査してみます。幸坂さんはあまり浜に近づかずに、畑付近の木々を蘇らせてあげてください」

「分かりました!」


 朝に水守さんが畑に種をまいて、水もあげたので今日の畑仕事は特にない。

 なので、私は神殿の方に戻りこの間とは反対側の森を復活させる事にした。

 うーん!

 空が青々としてるってすってきー!

 気持ちまで晴れやかになったようだわ〜!

 あー、こんな日に外でバーベキューでも出来たら最高なんだけどなー。

 無理だよねー……今朝もお酒は頼ませてもらえなかったもーん。

 ……まあ、その代わりボディクリームとかケア用品一式とか調味料セットが届く予定なので文句は言うまい……。

 そう、調味料セットよ。

 水守さんは今朝ベーグルを作ってくれた。

 美味しかった。

 だがしかし!

 今夜は調味料セットが届く!

 醤油は昨日の夜届いたから、それ以外のみりん、味噌、料理酒、わさび、からし!

 ある意味和食調味料セット!

 今夜はうどんの約束!

 そして明日からはお味噌汁!

 明日の朝にお米を頼む予定だから……明後日からは炊きたてのご飯とお味噌汁、干物の開きを焼いてザ・和食の朝食〜〜!

 なぁんて夢のようなの〜〜!

 そしてなにより料理酒……そう、酒。

 ……ふふふ、こっそり頂いちゃおう……。

 酒は酒だもん、きっと美味しいはずよね?


「じゅるり……。…………うん?」


 あ、れ……?

 猫?

 神殿の前に一匹の猫が座っている。

 首を傾げつつ、歩み寄るけど逃げる気配はない。

 わ、可愛い〜。

 白い毛並み。

 長い尻尾の先っぽはグレー。


「姫さま……! お帰りなさいませ!」

「にゃ!?」


 揺れる尻尾がピーンと立つ。

 シュタッと立ち上がるや、可愛らしい声で話しかけて駆け寄ってくる!

 え、ま、待っ……! しゃ、喋っ!?

 そして後ろ足だけで立ち上がった!


「猫が喋った!? 立った!?」

「はい! ご挨拶が遅れて申し訳ありません。ワタクシめはケットシーでございます」

「ほあ!?」


 ええええーーー!?

 完全に『猫の◯返し』ーーー!

 こ、これがケットシー!?

 これが妖精!?

 ただの可愛い二足歩行も出来る猫ちゃんじゃないのおおおぉ!


「あ、あなたがケットシー!? か、かわいっ……じゃなくて……一体どうしたの!? 今まで姿が見えなかったのに!」

「は、はい……これまでは悪しきヒトの残滓の気配が色濃く……恐ろしくて出てこられなかったのでございますです……。ですがら先程悪しきヒトの残滓の気配が消えましたので……」

「!」


 悪しきヒトの残滓の気配?

 長ったらしい言い回しだけど、それって要するに腐墨亡者のことよね?

 この島にいた二体の腐墨亡者を倒したから、ケットシーが出て来られるようになったってこと?

 あれ?


「……私たちの食糧を用意するのに存在を維持する力みたいなのを使って弱っていたとかでは、ないの?」


 水守さんはそう予想して畑を急いで作ろうって言ってたんだけど……。

 ケットシーは首を傾げる。


「……確かにワタクシめでは神竜さまのお力をお借りするのは難しくて難しくて……弱って起き上がれませんでした」

「あ、弱ってはいたの」

「はい。ですが存在を危ぶむほどではございませんでございますです」


 ……ヘンな敬語だな。

 まあ、猫だしね?

 むしろこれはこれで可愛いな。


「そうなのね。まあ、なんにしても元気になったなら良かったわ!」

「ありがとうございます、姫さま! これからは直接、ワタクシめも姫さまの身の回りのお世話をする事を、何卒お許しくださいませです」

「一緒に暮らしてくれるの!? 助かる!」

「はい! ……手始めに神殿の中を掃除致しました! ご覧ください!」


 自信満々で案内してくれるけど、神殿の中は大体いつも通り。

 ……あ、でも陽が入るようになったら全然違うわね!

 壁も床もピカピカ……。

 わあ、なんて清々しいのー!


「そうだ! アーナロゼはどうかしら?」

「アーナロゼ?」

「神竜の名前よ。私が付けたの」

「神竜さま! アーナロゼさまと仰るんですね!」


 中央にあるアーナロゼの卵の部屋。

 毎日覗き込むようにはしてるけど、大体変化ない。

 腐墨亡者を倒した事で、なにか変わってるかしら?


 ガチャ。


「………変化なしか……」

「ひゃひゃひゃ! 神竜さま……! なんて大きな卵なのでしょうか! さぞや巨竜がお生まれになるのでしょうね!」

「そうだと思うわ」


 かなり大きいもんね。

 ケットシー二匹……いや三匹分くらい。

 ……っていうか……。


「普通に二本足で歩くのね?」

「え? はい」


 喋るし。

 ……見た目は普通の猫なのに……。

 でも早くも慣れた私がいる……。

 あれかしら、会話はした事あるからかしら?

 まあ、可愛いからいいか。


「姫さま、なにかワタクシめがお手伝いする事はございますですか?」

「え? えーと……そうねぇ……」


 アーナロゼの扉を開けたまま考え込む。

 ケットシーにやってほしい事か〜。

 なにかあるかなぁ?


「………」


 こういう時、水守さんがいるとあれしろこれしろとか言ってくれるのよね。

 ……でも今はいないしな……。

 うーん。


「あ! そうだ、お昼ご飯作ってくれる?」

「お食事ですね! お任せくださいませです!」


 …………と、言った後だけど大丈夫かな?

 猫缶とか出て来ないかな?


「あの、無理ならいいんだけど」

「大丈夫です! 早速お作りします!」

「あ、あの、私もう少し森を蘇らせてからくるから……ゆっくりでいいからね?」

「分かりました!」


 ……四本足でスタタタターンと走っていくケットシー。

 頼んでおいてなんだけど、猫に料理って私なに言っちゃってんのかしらね?

 ほ、ほんとに大丈夫かなぁ?


「………。ま、まあ、いっか」


 扉を閉める直前、卵の方を見る。

 そうだ…………。


「アーナロゼ、モンスター二体やっつけたわよ。私これから森の方を復活させてくるわね」

『うん、見ていたよ。素晴らしい活躍だったね、姫……。……けれど……』

「? けど?」

『……海を浄化する時は……気を付けて……。海のモンスターは……島のものより強く巨大だ……』

「……え……っ」

「せめてこの島を……この島の森や川、大地を蘇らせてくれれば自浄の力で我の力も強くなる……。そうすれば、もっと強い『浄化の力』を使えるようになるはずだ。……海のモンスターと戦う時は慎重にね、姫……』

「…………、……うん、分かった。まずはこの島を元気にするのね?」

『うん』


 扉を閉める。

 …………つまり……簡単には青い海で遊べないのね……!

 おのれ、腐墨亡者!

 いや、諦めるのは早い。

 せっかく白い砂浜があるんだもの!

 青い空の下、青い海で遊びたい!

 バーベキューしたり、泳いだり、バーベキューしながらお酒飲みたい!

 水守さんが水着で遊ぶ姿なんて想像出来ないけど砂浜でバーベキュー作ってくれる姿は想像できる!

 ……あの男、性格はただの朴念仁野郎だけど体は間違いなくバッキバキのはず!

 ブーメランとは言わないけど必ずピッチピチタイプの水着を履かせて、その肉体美を肴にビール飲みながらバーベキューしてやる……‼︎


「………」


 ……うん、私は水守さんをどうしたいんだろうな???

 自分で自分が分からなくなってきたわ……!

 でもこれだけは言える。

 顔はそんなにタイプじゃないし、性格はもっとタイプじゃないけど…………あの男の体だけはどストライクなのよ!

 そう、それだけ!


「………仕事しよう……」


 私は誰に何を言い訳してるの……?

 しかもかなり変なこと考えてたわ……。

 よ、欲求不満かなぁ?

 ヤバイなぁ、こんな状況で水守さんのバッキバキ(予想)の裸体なんか見たら鼻血出るんじゃないの?

 …………いや、見たい。

 特に首筋から背中。

 そして背中から腰、お尻の辺り!

 お尻はね、いや分からなくてもいいんだけどこう、腰骨の下辺りがズボンやパンツから少し見えるのがさ……いいわけですよ。

 あの男マジで身体だけは絶対いい……。

 胸板厚いし、腹筋六つに割れてるはず。

 だって腰とかキュってなってるもん、ワイシャツズボンにインしてるの見た時はダサって思ったけどスーツの上着着るんだから当たり前だった。

 いや、そこではなく!

 ズボンにワイシャツインしてるからこそ腰がキュッとなってるのが分かるわけですよ。

 そしてキュってなってるからこそ背中の広さも逞しさも分かるわけです。

 あとワイシャツの袖捲ってる姿とかさぁ……ヤバイのよ腕が。

 肘から下が既にバキバキで、ねぇ誰か分かる?

 前腕に浮き出た太い血管ってセクシーじゃね?

 それに指先綺麗なのよあいつ〜!

 細すぎず太過ぎず、爪も整えられてて、食事中のスプーンやフォークの持ち方も性的!

 朝、ご飯食べてる時にワイシャツのボタンを二つ開けてるんだけどそこから見える喉仏が上下に動く時のいやらしさ!

 くっそー!

 性格がアレでなければ〜!

 AV男優みたいなエロい身体しやがって〜!

 私が男なら勃ってるわ、今!


「「………」」

「………。あれ、早いですね?」

「道を見つけたので登ってきたら神殿の北側に着いたんです。昼食を作り始めるのにもいい時間かと思いまして」

「あ、そ、そうなんですかー…………」

「幸坂さんは……何をしてたんですか?」


 …………。

 まあ、あなたの身体を想像……いえ、妄想して色々……。

 言えるわけもないけどさ……。


「し、神殿の前にケットシーがいて、アーナロゼに腐墨亡者を二体とも浄化したよって報告をしてきたんですよ」

「……ああ、それで神殿に……」


 ……うん、森を復活させる作業するって言っておきながら……神殿から出てきたらそう思うよね!

 でも別にサボってたわけじゃないし!

 うん!


「あ、あの、それでアーナロゼが言ってたんですけど……」

「はい?」

「海の腐墨亡者は島の二体よりも強くて大きいって。この島の自然を蘇らせてから挑んだ方が良いそうです」

「…………やはりそうですか……。陸ならば近くの同族を吸収し、一定間隔に根を張る腐墨亡者ですが……海のものは完全に海水と同化していました。……恐らく、深部まで侵食しているはず……。厄介ですね。……とは言え、アイツを呼ぶのも……」

「?」

「…………それで、ケットシーも現れた、んですか? 今どこに……」

「あ、えっとご飯を作ってってお願いしました」

「は?」


 ……あ、やっぱそういう反応になりますよね?

 ですよね?


「な、何かやりたいって言われてつい……」

「つ、作れるんですか?」

「任せろって張り切ってたから……で、出来るんじゃないんでしょうかね?」

「………」


 あ、めっちゃ不安げ……。

 いやぁ、まあ………………そりゃそうだな?

 だってあの子、猫だよ?

 私何考えてんの?

 いくら二足歩行して人語を喋ってても猫だよ?

 しかもここのキッチン……かまどぜ?


「………。み、見に行きましょうか?」

「そ、そうしましょう……」


 不安が募り、二人でキッチンへ急ぐ。

 た、たのむケットシーよ!

 黒焦げになっていないでおくれ!


「にゃーーー!」

「「!?」」


 キ、キッチンから悲鳴!?

 扉のない作りで今ほど良かったと思った事はない。

 部屋への道を大慌てで潜る。


「ケットシー!? 大丈夫!?」

「にゃにゃっ! ひ、姫さま!」

「………」

「………………なにをしている?」


 水守さんの声が抜群に低い。

 背中……いやむしろ腰にクる低音!

 な、なによこの男こんないい声も出せたの!?

 ……あ……でも目がガチギレだ……。

 萎える程怖い顔になってる。

 う、うんまあ、無理もないね。


「…………も、申し訳ありません…………ひ、火の起こし方がわからなくて……」

「………」


 床に散らばったのは薪だ。

 多分今の悲鳴はこれをばら撒いてしまったからね?

 頭を抱える水守さん。


「薪はそんなに多くなくていい。この森の惨状を思えば出来るだけ節約もしてほしい」

「にゃ、にゃうぅ……申し訳ありませんん……」

「いや、構わない。怪我はないか?」

「にゃ? にゃあ……はい」


 と、近付いて跪いく水守さん。

 ケットシーに片手を伸ばし、座り込んだケットシーを起こす。

 は? 紳士かよ?


「君が食糧を用意してくれた妖精、ケットシーか。俺は水守鈴太郎という。彼女と一緒にこの世界に来た者だ。君の名前は?」

「にゃ? にゃあ〜……、そ、そんな名前なんて……ワタクシめのことはケットシーとお呼びください……」

「しかしそれは種としての名称だろう? 名前がないと不便だ」

「そ、そんにゃ……。そんにゃことを言われましても……」

「………」

「………?」


 え? な、なに?

 水守さんがこっちを振り返ってじっと……見詰めてくるんだけど。

 え?


「幸坂さん、名前を考えてあげたらどうですか?」

「私!? な、なんで私!?」

「にゃにゃー!? ひ、姫さまのお手を煩わせるにゃんて! そんにゃ、恐れ多い〜!」

「………」

「うっ」


 きゃ、っと顔を逸らすケットシー。

 しかし、チラッと見上げてくる。

 こ、これは期待されている……!

 えー……アーナロゼでもあんなに苦労したのに〜?


「…………じゃ、じゃあ……ミュ、ミューちゃんなんてどうかな?」


 ミャーコとかさすがに酷いかな、と思って提案したけどミューちゃんも結構アレだったかもしれない。

 しかしケットシーは表情をパアアァ! と明るくしてとっても嬉しそう……。

 え、こ、これでいいの?

 マジで?


「いいんじゃないんですか? ミューちゃん」


 シュール!

 水守さんが呼ぶと果てしなくシュール!

 ん? それとも馬鹿にされてる!?


「ありがとうございます、姫さま! ミュー……! ワタクシめは今日からミューでございますね! にゃあ〜〜!」


 くっ、か、可愛い!

 もっと真剣に考えてあげたら良かった!

 なんかうちの競艇場近くに出没する野良にゃんたちに付けるノリでテキトーに名付けちゃったけど……!

 でも喜んでくれたなら良かったです!


「……あ、わ、私のことも姫様とか呼ばなくていいわよ? 私は幸坂菫」

「スミレさまですか? 素敵なお名前です、さすが姫さま!」


 あんるぇ?


「なんにしても昼食作りを行うなら手伝おう。幸坂さんは、どうされますか?」

「……え、えーと……じゃあ予定通り木を治してきます……。出来たら呼んでください……」

「分かりました」

「………水守さんって普段そういう喋り方なんですね?」

「? はい?」

「いや、私には徹底的に敬語だったから……」


 ケットシー……ミューには超タメ語。

 なにあれ、いきなりミューの方が距離近くない?


「……幸坂さんは歳上なので……」


 こてんと首を傾げる。

 あ、ああうん、そうね……。


「…………あれ、そういえば年齢って言ったことありましたっけ?」


 言ってないよね?

 なんかさも当然のように歳上扱いされ続けてたけど。

 いや、実際歳上だけど。

 でも、それにしては……?


「……あ、いや。……実は初めて会った日にコンビニの店員が……」

「はい?」

「………。あのおばさん夜中によく酒買いに来るんですよ。同僚がナンパされた事あって、その時に歳聞いたら三十代って誤魔化してたんです。けど三十代は三十代でも絶対後半ですよ。あのおばさん、若くてイケメンには必ず声かけるんで気をつけて下さいねプププ………と」

「……」


 …………心をなにに例えよう………。



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