第14話 私パワーアップ


「幸坂さん、川を見付けたんです」

「川?」


 ミューを新たに食卓に加えた昼食。

 そういえば水守さんは島を半巡りしてきたんだっけ。

 北側にも浜に降りる道があるらしい。

 そして、川?


「恐らく井戸水と同じ地下水脈のものだと思うのですが……」

「え、なんですか……?」


 水、と聞くと少し怖い。

 さっき海で腐墨亡者と戦ったばかりだもの。

 島を囲む海は真っ黒で、水守さんの見立てでは腐墨亡者が一体化してるとかなんとか……。


「繋がっていたんですよ……海と」

「…………。ええと、それは……どういう?」

「海が腐墨亡者と同化していると思われる、のは先程説明しましたが、この神殿が使っている井戸水と同じ水脈で出来た川は海へ流れていました。……坂道を逆流して登って来る事は出来ないようでしたが、川と海の合流地点を黒い水が侵食しているのを見て思ったんです」

「ま、まさか……」


 そ、それっていつか腐墨亡者の海が神殿の方に登ってくるって事……?

 そ、そんな事になったら飲み水が!


「この島を蘇らせればアーナロゼの力が強まり、恐らく川から海へ自浄の力も強めに流れ込む。それは海の腐墨亡者を弱らせる事になるのでしょう」

「あ、そっちか……」

「ええ、もちろん今、幸坂さんが考えた“嫌な予感”も考えられなくもありません」

「……」


 あえて言わなくてもいいのに……!


「……けど、そうか……。近付かなくても腐墨亡者をやっつけられるかもしれないって事ですね!」

「海と同化したものは巨大過ぎて俺では倒せませんからね……そうやって浄化していくしかないでしょう。そう考えると、海の浄化が完了した時こそこの世界が再び一つの惑星として完成する時……」

「アーナロゼ様が誕生される時なのですね!」

「…………海の浄化完了で……世界が生まれ変わる……」


 ……そっか。

 でもなんとなく途方もない事な気がする。

 どれだけ時間がかかるのだろう。

 おばーちゃんになる前に帰れるのかしら……。


「で、問題はここからなんですが」

「え? も、問題?」

「以前、幸坂さんが見つけてくれた本があったでしょう? その中にこんなものを見つけました」


 と、本を一冊差し出してきた。

 分厚くもなく、小学生の教科書くらいの薄さ。

 本棚にあった本、まさか全部調べてんの? この人。

 ま、真面目だな。


「って、これは……地図?」

「世界地図と思われます。あくまでも“かつて人間がいた時代”のものなので、現在は地形も変わっている事でしょう。けれど大陸の位置まではそう簡単に変わっていないはずです。という事は……」

「…………この世界にある、この島以外の陸地ですか」

「はい。……この島の地形を考えた時に、酷似した島はこれだけですから……、……我々の現在地はこの場所だと思います」

「……」


 じっと指さされた島を見る。

 三日月型の小さな島は、地図の端っこにちょこんとあった。

 確かに……ここっぽい。

 そしてその島の左右には、大きな大陸と中ぐらいの大陸が二つ。

 つまり、この島以外のには三つの大陸があるって事のようだ。


「この島の腐墨亡者と戦って思ったのですが……海の浄化を行うにはまず陸の上にいる腐墨亡者を倒して浄化していかなければならない。陸が回復すれば、自浄作用が活性化し海と一体化した腐墨亡者が弱ります。つまり……我々はいずれこの島を出て大陸浄化の旅をしなければならない」

「た、旅ぃ!?」

「無論、今は無理です。自分達の生活でさえままなりませんから。……なので、まずは島で基盤を整えましょう。アーナロゼの言う通りこの神殿の島を完全に回復させるんです」

「ミューめもお手伝い致します! にゃ!」

「……ああ、頼りにさせてもらう。特に掃除に関しては」

「……」


 水守さん、やたら掃除にこだわるけど……よくこれで「別に潔癖症ではないです」とか言えるわよね?

 私から見れば十分潔癖症だと思うんだけど。


「……というわけで、幸坂さん、午後から頑張ってください」

「うっ! ……わ、分かりました」


 午前中はなんだかんだで森の回復に行ってないからなー。

 はーい、頑張りまーす。


「水守さんは何するんですか」

「俺は島の周りの確認を続けます」

「分かりました……よろしくお願いします」


 島の探索は水守さんにお願いした方がいいもんね。

 私、戦闘能力ゼロだし!

 …………けど、旅か〜……。

 旅行ならたまに行くけど……バスで。

 ……旅行というか、ツアーだけど……婚活バスツアー……。


「………………」

「? 幸坂さん?」

「…………すみません……まだコンビニ店員のチクリダメージが抜けなくて…………。帰ったら引っ越します……」

「そこまでですか?」

「そこまでですよ……!」


 丸暗記してた水守さんもこの野郎と思うけど、でもあそこのコンビニのイケメン店員に声かけたのはマジだし……。

 でもまさかそれがそんな風に他の店員に言われてたなんて……!

 とは言うものの私もガツガツ客の悪口は同僚と話してた!

 因果応報? これが因果応報なの?

 そうだよね、接客業あるあるだよね。

 私たちも若い子がおっさんにナンパされたらとりあえず悪口のネタにするよ……!

 男の子も同じか……そうか、それもそうだ……。

 くっ、恥ずかしい……。

 やっぱり近場でなんとかしようとしたのが失敗だったんだよね……うふふふふ……。


「……幸坂さんは結婚願望強めなんですか?」

「強めですよ。親にも早く結婚しろって言われてますもん…………」

「…………それは……この間実家に帰った時に俺も言われました……」

「え……? 水守さん27って言ってませんでした? 親にそれ言われるの早くありません?」

「まあ、田舎なので……。それに……」

「それに?」

「……多分、寂しいのだろうな、と。……親の側に居られるように、地元の県警に移動する事も考えましたが、今いる部署はこの通り特殊なので……対応出来る人間は限られている。……どちらがいい事なのか、正直分からない」

「……」


 …………な……悩みが眩し過ぎる……。

 なにそれ、凄い眩しい悩み。

 私なんか親元から出てすぐバイト生活だから考えた事もない。

 そりゃ私だって親の事は好きだし大事だと思ってるけど……親だって大人なんだし、むしろ子供を成人するまで育てたんだしほっとくくらいで丁度いいと思うんだけどなー。

 私なんか「さっさと独り立ちしなさいよね!」って言われた記憶しかないわ。

 …………本当に真面目だな……。

 真面目だし、優しいな。

 朴念仁だけど。


「私は……水守さんが特殊部署に居てくれたおかげで今ものすごーく助かってます…………よ?」

「…………」

「いや、まあ、なんか…………水守さんが居なかったらご飯は三食美味しいもの食べてなかっただろうし、自堕落な生活してたかもしれないし、モンスターもなんともならなかっただろうし…………そこは本当に感謝して、ます……ありがとうございます」


 …………思えば、これちゃんと言った事なかったよね。

 この世界に来た初日は随分な事を言ったりしたけれど。

 水守さんがいなかったらあっちの世界とも連絡取れず、たった独りでこの世界に……。

 ……想像したらかなり悪寒もの……!

 うわぁ、絶対めっちゃ厳しかった!


「…………」


 ん?


「いえ、それが俺の仕事ですから」

「…………え、ちょっ……」

「今日の後片付けは俺がやるので、幸坂さんはとうぞ森の回復へ」

「え」


 え。

 そして普通にお皿と食器回収されるし。

 えっ。

 そして普通に洗い物始めちゃうし?

 ええっ……。

 な、なによ、あれ?

 なによあの…………!


 一瞬嬉しそうにした後の、辛そうな顔……。

 私はお礼言ったのよ?

 それなのに、それなのに…………なんなのよー!?



 ***



「本当ムカつく」


 なんなの?

 なんなのよ。

 そういえば前にもこんなイラっとした事あったなー。

 いつだっけ。

 ……やっぱりB型女とAB型男は相性悪いのね。


「…………ええい……むしゃくしゃする……!」


 こんな状態で祈りに集中なんて出来ない!

 ……どうしたもんかなー……。


「ん?」


 チュン、チュンと聞いた事もない音がする。

 見上げると、葉っぱの戻った木々に…………小鳥が止まっていた……。


「鳥だ……」


 それも二羽も……。


「………………」


 ――――我々以外の命が現れましたね……。


 本当だ。

 私達以外の命が戻って来たんだ……。

 森がもっと元気になれば、眠っていた命が戻ってくる。

 ……ダメだな、こんなんじゃ。

 きっとたくさんの命が早く目覚めたいっって思ってるはずなんだ。

 私が住処となる森を元気にさせないと!

 私にしか出来ないことなんだし!


「…………森の木さん、森の木さん、早く元気になりますように」


 痛いの痛いの飛んでけー風に。

 ………………一本一本祈ってくのめんどくさいな。

 こう、一度祈ると十本くらいぱーっと元気にならないかな。


「………………」


 と、祈ったせいなのか。


「………………マジか」


 周辺二十本くらいがいきなり元気な大木になっていた。

 え? こんな事ある?

 こんなすぐ効果出る?

 でもこれなら大分楽だぞ!

 よーし、なんか気分がノッてきた〜!


「今日中にあっちの山まで復活させる! いえーい!」


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