第17話 山を回復させるよー
大昔…………それこそ人間が生まれるよりも前に二体の神竜はこの島に住んでいた。
その住処だったのがあの山である。
神殿からだと直線で約二キロ。
けれど、実際歩いてみるともっと距離があるように感じる。
なにしろ山道だもん。
それも、舗装も何もされていない。
山の麓もまだ見えないんですけど〜!?
「くっ……疲れた……もう帰りたい……」
「…………戦闘以外で変身するのは気が進みませんが…………抱えて飛びましょうか?」
「………」
先を行く水守さん。
昨日、川で魚釣って来たり木を切ったり鶏小屋作ったりめっちゃ忙しくしてたのに今日もけろりといつも通り……。
この男の体力やっぱおかしいわ。
そして水守さんに比べてか弱い私はすでにゼェハァ……。
変身した水守さんに抱えてもらって山道ショートカットか……。
想像してみた。
なんとか戦隊レッド風に抱えられ、空飛ぶ自分の姿…………。
「お、お姫様抱っこがいいです……」
「は?」
「だってあのスタイルで飛ぶんですよね!?」
背中にジュラルミンケースみたいなものが付いていて、それが翼みたいに変形して……。
となると背中に背負ってもらうのは無理でしょ?
肩に担がれる……?
脇に担がれる?
……いや、絵面がひどい。
横抱き……お姫様抱っこなら……。
「べ、べべべ別に私がしてもらいたいとかではなく!」
そりゃちょっと…………かなり憧れはあるけどー……!
………白状します、してもらいたいです。
いや、憧れるでしょ!
一回くらい……女に生まれたからにはしてもらいたいと思うでしょ!?
そりゃ一番は結婚式……ウェディングドレスを着て純白のタキシードの旦那様に担ぎ上げられたいけど……。
……あれ、意外と筋肉がないと出来ないらしいのよね……。
そりゃそうだよね!
人一人を両腕の腕力のみで持ち上げるんだもの!
昨今のもやし男では女一人抱えることも出来ないらしいし!
でも水守さんなら……。
「………」
「な、なんですか」
先行く水守さんがムッチャ無言で振り返ってこちらを見てる。
む、無言が怖い。
相変わらず無表情なのも……。
「!?」
「変身」
で、唐突に不思議手帳さんをスライド、回転、そして再び押し込む!
あの作業がよく分からないけど、その状態で手帳さんを一振りすると薄い四角の光が飛び出して巨大化。
その光が水守さんの体を通過するとニチアサのなんとかレンジャー風レッドな姿に変身する。
…………最初はドン引きしたけど、三回目ともなるとなんか見慣れ始めたわね……。
「………」
「……そ、そんないちいち落ち込まないでください……。大丈夫ですよ、世の子供達は大喜びですよ!」
……が、しかし当の本人はこのお姿が不本意極まりないらしい。
いや、まあ、そりゃそうなんだろうけどね!
いい歳してレンジャーレッドに変身は……恥ずかしいものがあるんですよね!
役者さんみたいに子供に夢を与える為だけに変身してるんじゃないもんね!
拳を握って俯く姿は絶対落ち込んでる!
フルメットで表情は分かんないけど、絶対落ち込んでるよアレ!
「………」
で、無言で歩み寄ってくる。
え? え? まさか? もしや?
「腕を回して。掴まっていてくださいね」
「っ!」
仮面越しだけど、半透明だから近付くと表情が分かる。
相変わらず仏頂面。
でも、声が囁くようで…………。
「わっ!」
肩に腕が回る。
少し頭が下がったと思ったら、膝の裏に手が回された。
…………っこれは!
まさか〜〜!!
「幸坂さん、ちゃんと掴まってください」
「ふぁ、はい!」
耳元で低音ヴォイスが囁くぅぅ!?
……い、いや、申し出は有り難いしこの抱き方をリクエスト(?)したのは私だけど!
少し緊張するけど……腕を首に回して……。
は……!
か、固い!
筋肉が! き、筋肉がめっちゃ固い!
回されてる腕も私を抱えてるのに全然プルプルもしてない。
「あ、あのう……」
「はい」
「今更なんですけど汗臭くないですか? 重くないですか?」
「どちらも問題ないです」
「あ、そ、そうですか……?」
なにこれ恥ずかし……!!
あ、あれかなぁ……ニチアサのヒロインってこ、こんな気持ちなのかなぁ?
は、恥ずかしいけど……わ、悪くない気分だったりして……。
「飛びます」
「は、はい!」
背中のケースが変形して翼の形になる。
ブォーッって空気のような物が出ると、水守さんが少ししゃがんでからジャンプした!
わ、私を抱きかかえたままだよ!
す、すごーい!
「そ、空ー!」
うわああぁ!
そ、空! 空飛んでるよ! す、すごーぉ!
「…………これがこの島なんですね……」
「はい。降ります」
「え、もう!?」
早!
……ま、まあ、上に上がって落ちるだけだもんね?
「………」
東の山の頂上にゆっくり降りる。
翼が外側を向いて空気を吐き出すように動く。
特に衝撃もなく降り立ち、私も地面に降ろされる。
すぐに戦隊レッドの変身を解除する水守さん。
……そ、それにしても、普通に考えて人が二人空を飛ぶって……しかもこの薄ーい板みたいな翼で……。
そんな事出来るもんなの?
「……こ、このスーツ? ……なんか魔法的な力でも働いてるんですか?」
「はい。砂上の話では魔力を集めて強化魔法や補助魔法を自動で使えるのだそうです」
「え、なんか普通にすごくないですか!?」
つまりこのレンジャーレッド風スーツは自動で魔法使えちゃうスーツ!
なにそれ羨ましいんですけど〜!?
「それが魔法科学というものだと聞いてます」
「私でも魔法が使えるんですかね!?」
「………」
「え、なんですか……?」
「…………変身する事になりますよ……」
「…………諦めます……」
この歳でなんとか戦隊に入隊する勇気は私にはない……。
「……まあ、変身はともかくやっぱ普通に凄いですね、その手帳」
「そうですね。…………奴は予算さえあれば巨大化合体するロボも造りたいようですが……」
「それはもはや自衛隊がいらなくなる系のアレですね……」
「そうですね、確実に憲法違反のアレです」
百パーアウトなヤツだ、砂上さん……。
「気は進みませんが、西の山も今日中に回復させてしまいましょう」
「そうですね!」
……気は進まないってアレですね、変身して飛んでいくのが、ですね……。
でもそっちの方が移動時間短縮出来るもんね……。
つーか、最初からこれで移動すれば良かったんじゃん。
…………水守さんは変身が嫌なんだよね……。
でもお姫様抱っこは悪くなかった。
あれを少なくとも今日はあと二回やってもらえる!
ふふふ、そう思うとやる気が出てきたわよ……!
「山さん、山さん、元気になーれ!」
「え……」
目を閉じて、手を組んで祈る。
元気になれ〜、元気になれ〜っ!
ウムムムムムー!
「どうですか!」
目を開ける。
おお……! 砂が丸見えの山頂が草で覆われて…………。
「湖?」
「はい、瞬く間に水が溜まっていきましたよ。ここがエルディエゴの住処だったのでしょうね」
「綺麗ですねー!」
キラキラと輝く水面は、あれ? ホントに光ってない?
水面の中央付近が金塊でも沈んでいるかのように輝いてるぞ!?
「なんか光ってませんか?」
「…………魔力ですね……。正確には魔力をより凝縮したマナという物質のようです」
「マナ?」
手帳さんで鑑定しているらしく、浮かんだ半透明なモニターに細かい文字が色々小難しい感じで……あとグラフかな?
……え……不思議手帳さんマジ近未来……。
「なんですかそれ、
「え? いえ、立体映像ですね……」
「そ、そんな……! 世間はVRに大騒ぎなのに……! 不思議手帳さんは未来から来たアイテムでは!?」
「…………造ったのは砂上です」
「ノーベル賞モノですよ!? 砂上さんって未来人か何かなんですか!?」
「あ、あいつの素性に関しては秘匿義務があるので黙秘します……」
「やっぱり未来人なんですね……!」
「……とりあえず違います……」
す、すごい未来人!
昨今の警察には未来人がいるんだ……。
……日本で悪いことしてる奴らよ……年貢の納め時だぞ……!
「マナに関しての説明は不要ですか?」
「あ、お願いします。食べられますか?」
「人体には有毒物質です」
「………」
あんなに綺麗なのに……。
綺麗な花には棘があるってやつね?
「マナは魔力の前の物質。マナが分解されて魔力になり、世界の維持や自然を豊かにするエネルギーになるそうです」
「へぇー……揚げ物をする前の油みたいな感じですね」
「………ちょっと表現がよく分かりませんが……幸坂さんの納得する形がそれならそれで大丈夫です」
ん?
どういう意味だ?
「神竜の住処だった名残でしょう。……次は西の山ですね」
「はい!」
「…………なんでご機嫌なんですか」
ふふふ、そりゃあ水守さんは変身がこっ恥ずかしいかもしれませんけどね。
私はお姫様抱っこしてもらえるし、空も飛べるし、歩かなくていいし男に触れるしでいいことづくめなんですよ!
ふぁーはははははは!
「………変身」
それはもう嫌そーに再び赤の戦隊ヒーローに変身する水守さん。
ホント慣れてきたわ、私も。
そうよ、水守さんも慣れてしまえばいいのよ!
そうすれば何も怖くないと思うわよ。
私も一人で入るお好み焼き屋と焼肉屋には最初は抵抗があったけど……慣れてしまえば居酒屋と同じよ!
「掴まっていてくださいね」
「はい」
そして再び横抱き……お姫様抱っこ〜……!
その上タダで男にしがみつけるんだもん……ふふふ、お肌が潤う気分……。
水守さんがしゃがんで、飛び上がる。
あの焼け野原のような島が森林で青々としているのは……なんとも感慨深い。
海は相変わらずドス黒くて、この島の周りには暗雲が立ち込めたままだけど……。
世界は確かに……息を吹き返しているんだ。
私頑張ったな……。
でも…………。
「……水守さん、やっぱりありがとうございます」
「?」
「だって島に来たばかりの時と全然違う。私一人じゃ絶対無理でした。水守さんが一緒に来てくれたから……」
「………着きます」
早。
西の山までひとっ飛びだな。
今回もゆっくり着地して、翼をしまう。
私を降ろすと直ぐに変身を解除する水守さん。
そんなに嫌かなー?
帰りも変身するんだし、変身しっぱなしで良くね?
なに? ウル◯ラ◯ンみたいな時間制限でもあるの?
……そういえばこの間お笑い番組でウ◯ト◯マンの制限時間過ぎるとしぼむってやってたな。
まさか水守さんも……!?
「幸坂さん」
「あ、はい! よーし……この島の回復、これで最後!」
山さん、山さん、元気になーれ!
目を閉じて、手を組んで……集中よ、集中。
「………どうですか!」
目を開ける。
うん?
「危ない!」
「わああああ!?」
「変身!」
水守さんに押し倒され……!?
と、変な期待はその後ろから噴出する真っ赤なドロドロで遥か彼方へ吹っ飛びましたとも。
ま、ま、まっ!
「なにあれマグマ!? マグマですか!?」
「口を閉じて! 舌を噛みますよ!?」
まるで島の完全復活を祝う狼煙のように燃え上がる山頂。
ぎゃあああ!
煙が! いや、なにあの黒いの!?
水守さんもっと速く飛んで〜!
追い付かれる〜!!
「っ!」
身を捻り、黒い煙を寸前で避ける。
噴き出す黒いモノはマグマを取り込むように凝縮していく。
ちょ、あの…………ま、まさか……。
「腐墨亡者!?」
「島の中に潜んでいたモノでしょうね。固まっていた火口が元に戻り、一緒に噴き出したんですね」
「れ、冷静に分析してる場合ですか!?」
「………」
「水守さん?」
仮面の下で、難しい顔してる。
ど、どうしたんだろう。
あの腐墨亡者、そんなにやばいのかな?
確かに今までの奴らより大きい……!
山頂全体を陣取って、体がダラダラと山を降りる。
なんじゃありゃ……もの◯け姫のだい◯らぼっ◯か!?
「……まずい……だが……」
「水守さん! 私『浄化の祈り』を……!」
「どこで」
「………ど……」
どこで。
……ええと……。
………ど、どこで……?
「………っ」
腐墨亡者は山頂を覆ってなお余りある体積が山から流れ始めている。
た、確かに、どこで?
東の山から……?
いや、と、届くの?
祈りは割と至近距離からじゃないと効果は出ないみたいだし?
……山の麓から……って、あれは……垂れてくる腐墨亡者の体の一部に直撃されたら……し、死ぬよね?
「ど、どうしよう……! でも、早くなんとかしないと下の森まで!」
「………掴まっていてください」
「なにか方法があるんですか!?」
「喚びます」
「?」
なにを? と声に出す間も無く、膝の裏を抱えていた手が離れる。
ううぉおぉそぉぉ!?
思いも寄らなくて、思い切り首にしがみつく。
「我、汝の力を望む。契約者、水守鈴太郎が助力を乞う。盟約の下、我が呼び掛けに応じよ……!」
……あ、私の腰にいつのまにか水守さんの右手が回されて、支えられてる。
な、なんて力強い……。
片腕で私を抱き締めておくとか……ちょぉ……場違いのトキメキとドキドキが……!
というか! み、密着度合いがーーーぁ!
「働け紅葉!」
よ、呼び掛けがひどーーー!?
「…………別にいいけど……マカロンケーキが食べてみたいな」
「…………っ」
「どこでそういうモノを覚えてくるんだか……」
え? え? ど、どこから?
も、もっとド派手に登場するのかと思ったけど……。
「………!!」
長い絹のような黒髪が靡く。
一本一本が艶やかに輝き、不思議な白と黒の民族衣装で、そして、真っ黒な瞳が柔らかく細められる。
ほんのりオレンジの唇はあれ絶対柔らかい。
長い指先が妖艶にその唇をなぞる。
ふんわりと笑みを浮かべ、こちら……いや、水守さんの方を向く。
な、なに?
み……見たこともないレベルのイケメンなんですけどおおおおぉ!?
「ふぅん、腐墨亡者……。あんなのに苦戦してたの?」
「いや、彼女に『浄化』してもらうのに、俺一人では困難だと判断した」
「………。というか、その不思議な格好もなに? おれの知らないところで浮気?」
「なにを基準でそういう判断をしているのか分かりかねる」
「…………相変わらずからかい甲斐がなくて面白いよね。まあいいや……あれを消せばいい?」
「は?」
「は?」
声も喋り方もエッロ!
と、聴き入ってしまっていたが、黒髪美人さんが手を伸ばすと腐墨亡者があの『ギエエェー』的な悲鳴をあげながら山頂へ逆流していく。
え? え?
な、なにが起きてるの!?
「待て、紅葉。消滅させたいわけではない。『浄化』したいんだ」
「…………浄化、ねぇ……。じゃああの場所から取り除いて、一箇所に集めておけばいい?」
「頼む。幸坂さん、近付きますよ」
「え、あ、は、はい!」
「はーぁ……契約獣扱いの粗い男だねぇ〜」
とか言って突然その場から消える紅葉さん?
はっ! そ、そういえばあの人(?)も今普通に宙に浮いてたよな?
「っ!」
ドッカーーーンッ!
と、二度目の噴火!?
山……いや、島が揺れた!
爆炎と黒い炎が火口から噴き上がり、腐墨亡者がちゅ、宙に浮いたぁぁぁー!?
「今だ! 幸坂さん!」
「えええ!? ……え、えええ!」
今!?
今ぁぁぁ!?
え、ええい! やるしかない!
でも出来れば心構えくらいさせて欲しかったー!
「っ!」
ふ、腐墨亡者!
もう苦しみから解放されなさい!
もう苦しまなくていいの!
罪は今この瞬間に償い終わりました!
だから、もう消えていいんだよ!
「………」
ありがとう……。
「え?」
目を開ける。
噴火は治り、山は静かに噴煙を上げるのみ。
地肌の見えた西の山は、それ以外の変化はなく……島の鳥たちがぎゃあぎゃあと飛び立ち騒ぐ以外は静かだ。
空耳、かな?
「……浄化、出来ましたか?」
「はい。さすがです」
「……で、でも一体なにが起きたんですか……? 腐墨亡者が根こそぎ飛びましたよね……?」
宙に。
「え? 下から殴ってぶっ飛ばしたんだよ」
「は?」
あ、も、紅葉さん? は? い、今なんと? な、殴っ……?
「この世界、おれが使えそうな魔力あんまりないから……。ふふ、ねぇ鈴太郎、エコでしょ? 褒めてもいいんだよ?」
「………。……帰りましょうか。ミューに説明しておかないと驚いて倒れてしまうかもしれません」
「えぇ……無視? それが人間の世に言う焦らしプレイ? あ、放置プレイかな? ふふふ、人間の世界って興味深い言葉がたくさんあるよね…………意味はまだよく分からないけど……これで合ってる?」
「多分違う」
「違うのか〜……。それじゃあ違いを教えてよ鈴太郎」
「俺にもよく分からん。……そうだ、マカロンケーキは無理だがプリンなら作ってやろう」
「わあ、プリン! ……白いのがいいなぁ。白い液体がたっぷり入ったやつ……」
「牛乳な」
「そう、それ。ふふふふふ、ホント鈴太郎ってからかい甲斐がなくって面白いよねぇ〜……」
「……? はぁ? そうか?」
「…………」
……え、なに……いちいちエロいんですけど……は?
言い方も声も仕草も目線もいちいちエロいんですけど……はぁ?
「!」
ニコッと、目が合うと微笑まれる。
……あ……こ……この人……っ!
「……幸坂さん、ちゃんと掴まっていてくださいね」
「は、はい…………」
仲良くなれない気がする……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます