第2話 終わった場所

 



 揺すられている。

 誰かが私の体を揺すりながら、声をかけている。

 まだ起きたくない。

 思い出したく、ない。

 現実に私を引き戻さないで。


「…………きみ、おい……」


 カッ!

 目を開ける。

 男の声……!


「起きましたか?」

「…………あれ、昨日の……お巡りさん」


 目の前には昨日、コンビニで遭遇したからすのような艶やかな髪の熱血漢系おまわり。

 カウンターの横で待ってるように言ったのに……。


「頭は無事ですか?」

「…………は?」


 真顔で……。

 頭は、無事か……って…………は?


「し、失礼な……! 私はまともよ⁉︎」

「? 痛みは?」

「ないわよ!」

「そうか。他は? 立てますか?」

「っ?」


 さっきからなんだか会話がすれ違っている気がする。

 というか、顔、近くない?


「…………」


 近い、と久しぶりの男の人との接近に照れくさくなって顔を逸らす。

 好みではないとはいえ、このお巡りさんの顔が悪いわけじゃない。

 むしろ、少し肌も焼けていて健康的。

 ガテン系と言うよりはEXILE系。

 肩幅、胸板、高身長、その上お給料安定の公務員!

 あれ? 結構優良物件では……。


「……………じゃ、じゃなくて! というか、ここはどこ?」


 顔を逸らした為に気が付いた。

 レース場の雑踏の中にいたはずの私は、石造りの奇妙な部屋に居る。

 このお巡りと二人きりで。

 いかにも生真面目っぽいお巡りにどこかの部屋に連れ込まれた……訳はないから、あの光が原因?

 貧血で倒れたのかな?

 それで、この熱血お巡りが涼しい石造りの部屋に運んでくれた、とか?

 ——ないな。

 場内は施行者の人しか入れない場所以外、私は大体入ったことあるもの。

 場内の倉庫ではない。

 そもそも、場内にこんな石を積んで作ったような部屋はないわ。

 しかもやけに綺麗な装飾が彫られた鋼鉄の観音開きの扉が付いていて、むしろ不思議な場違い感。

 でも、こんなに薄暗くて、声が響く部屋に男と二人きりなんて……な、なんか変な気分になりそう……っ!

 こういうラブホありそうだし…な、なんてね〜……!

 ラブホかぁ、ここ数年行ってないな〜……あははは……。


「何も覚えていないんですか?」

「え? えーと……? ご、ごめんなさい……?」

「いや、それならそれで構いません。俺も正直、まだ全てを把握したわけではないので説明を求められても困る」

「は、はあ……」


 上半身を起こしただけの私と違い、膝をついて私に再度手を伸ばすお巡り。

 あ、立てるか聞かれたんだった。

 その手を取ると、彼が立ち上がるついでに私も立ち上がる。

 ……め、めっちゃ力強い……。

 やばいわ、久しぶりの男の手……。


「……申し遅れた。俺は警視庁特殊部署『後処理係』所属、水守鈴太郎みもりりんたろうと言う。失礼だが貴女は?」

「え、あ……こ、幸坂菫こうさかすみれと申します」


 警視庁? すげ。

 ……でも特殊部署『後処理係』?

 なんかダサ……。

 エリートっぽいのが途端に雑魚っぽくなったなぁ。


「幸坂さん、俺はこの部屋の外を見回って安全を確かめて来ます。ここから動かないように。それと、あれにも触れないようにしてください」

「え?」


 あれ? どれ?

 水守さんが警察手帳をしまい、一歩下がる。

 私からは水守さんで見えない位置にあった不可思議な台座。

 そこには、もこもこの赤いクッションの上に乗っかった…………巨大な卵。

 たま、卵か?

 ダチョウの卵見たことあるけど五倍くらいありますねぇ?


「な、なに、これ……⁉︎ た、卵型の……オブジェ? モニュメント?」


 でも、ひ、光ってる。

 中身がうっすらオレンジ色に……。

 後ろからライトでも照らしてるのかしら?

 触るなと言われたばかりなのに、近づいて後ろを覗き込もうとしてしまう。


「幸坂さん」

「あ、す、すいません」


 と、歳下に注意されてしまった。


「ええと、この部屋は?」


 誤魔化すように質問してみる。

 見回すと、この卵のオブジェ以外はただの薄暗い石造りの部屋だ。

 唯一の灯りが、あの卵の生温〜い光。

 なんか、ラブホテルでも見かけない間接照明ね……。


「俺にもよくはわかりません。とりあえずこの部屋には危険はないようです」

「? それは?」


 水守さんが取り出したのは警察手帳……。

 でも、私の知ってる警察手帳よりもかなりハイテク。

 ぱか、と二つに開くところまでは同じだけど、下の部分が一昔前の二つ折り携帯みたいにスライドして伸びた。

 なんじゃそりゃ。


「すみません、機密事項です」

「あ、そ、そうですよね」


 またも興味本位で覗き込もうとして、怒られてしまう。

 うう、この短時間に二回も歳下に呆れ顔をされてしまった。


「…………。秘匿していただけるなら、多少のご説明は致しますが」

「え、ほんとですか?」

「このような状況では不安の方が大きいでしょう。多少の説明責任が生じると考えます」

「あ……えーと……」


 ど、ど真面目か……!

 う、うーん………。


「じゃあ、少しだけ……教えていただける範囲で……お聞きしたいです」

「分かりました。これは演算システム搭載魔科学執行端末警察手帳といい、俺の所属する『後処理係』特殊開発部門で開発された特殊案件処理を目的とした場合必要になる武力行使を可能とする物になります」

「…………。成る程」


 さっぱりわからん。


「……簡単に言えば最先端の端末型警察手帳……とでもお考えください」

「へえ……今の警察ってハイテクなんですねぇ」

「そうですね。少子高齢化に伴う警察官の人員確保が困難になることも想定され、裁判所への逮捕状請求、逮捕後の送検などをスムーズに行える機能が搭載されているので……将来的には犯罪の抑止力にもなり得るものと考えます」

「へぇ〜……」


 なんか本当にすごそうなもん持ってるのねぇ。

 最近の警察って進んでんだなぁ……。

 こりゃ近い将来、うちのボートレース場に駐在しているお巡りさんにも支給されることになるのかしら?

 そうなったら、拾得物とか紛失物とかそんなんばっかりじゃなく館内の犯罪も取り締まるように働いてもらいたいものだわー……。


「端末の機能の一部に危険度の測定があります」

「それで調べた結果、この部屋は安全、ってことですか」

「はい。あの卵以外は」

「え……」


 ゾワ、っとして卵を見る。

 かなり真顔で「あれだけ数値が出ませんでした。未知数です」と言われてしまう。

 そ、そんなものにホイホイ近づこうとしてしまったのか私は。


「部屋の外を確認してから再度俺が調べます。幸坂さんは何もしないで、大人しく待っていてください。あまり正常な状態ではないと思われます」

「は、はい! 分かりました!」

「警戒レベル2と判断。拳銃所持を申請」

『承認』

「へ」


 なんとか端末に話しかけた、と思ったら端末さんもお返事した⁉︎

 途端に端末さんがガシャコンガシャコンと質量を変えて、彼の腕半分はある白い拳銃に変形した。

 そう、変形。

 私の中の昭和の刑事がガラガラと崩れ去る。

 スーツの上着の下のホルダーに、黒くて小さな拳銃を下げているイメージが……!

 は、ハイテクなんてもんじゃない!

 もはや特撮モノのレベルじゃないのこれ⁉︎


「は、え……!」

「探査機能申請」

『承認』


 そして今度は水守さんの顔半分を覆うサンバイザーのような薄い水色のグラサン? が現れた。

 どこからともなく!

 な、なに⁉︎ これなに⁉︎ 私、ドラマかアニメでも観てたの⁉︎

 ど、どーゆーこと⁉︎


「…………秘匿の方よろしくお願いします」

「……は、はい……」


 ……わ、私が思っていたより……水守さんって、ガチでエリート……?

『後処理係』なーんていかにも残念な仕事してる部署なのかと思ったけど……あんな未来装備を持って、スタスタと扉を開けて出て行ってしまう。


「10分程度で一度戻ります」

「あ、は、はい」


 扉を閉める直前にそれだけ言い残していく。

 10分か……。

 そうね、そのくらいで一度戻って来てもらえると……安心かも。


「………………」


 あれ?

 でも、そもそも私……貧血で倒れて運び込まれたとかではないの?

 そういえば倒れた時の状況は話してなかったわね。

 倒れる直前、私は体の周りに変な光がたくさんわちゃわちゃしていて、子供の声が聴こえた。

 ヒメ、とか言ってたな。

 ゴメン、とも。

 ……うーん……?


「……まあ、少なくともレース場にこんな部屋はないし……」


 こんな巨大な卵のオブジェもないし?

 どう見てもうっすら光ってる。

 間接照明にしてはでかすぎるし、この部屋……この巨大な卵しかないのよねぇ。

 まるで卵専用の部屋みたい。

 暇なので石造りの部屋を一周してみることにした。


 ………わかってたけどやっぱり卵しかない。


 まあ……いいか。

 そろそろ10分かな。

 腕時計に目を落としながら扉を見る。


 コンコン。


「はーい」


 別にノックなんてしなくてもいいのに。

 と思うけど、あの真面目お巡りならやりそうだ。

 返事をすると扉が開いて、変な武装の取れた水守さんが戻ってきた。

 ……やっぱり人がいると安心するわ……。


「お帰りなさい、どうでしたか」

「結論から言うと危険度は五段階中の『四』、とお考えください」

「…………」


 笑顔が凍りつく。

 言葉も発せない。

 え、え〜〜?


「な、なんですかそれ⁉︎」

「俺個人としては『五段階中の五』でも良いと思えるのですが……端末から言わせれば『四』だそうです」

「そ、そう言うことを聞いてるんじゃないです!」


 真顔でなんの冗談?

 え、これドッキリ?

 何かのドッキリなの?

 私みたいな善良な一般人に仕掛けられるドッキリにしては手ぇ込みすぎじゃない⁉︎

 あと、全然意味がわからない!


「外はどうなっていたんですか⁉︎」

「滅んでいました」

「…………。ん、うん?」

「安全性を考慮すると幸坂さんにはここにいて頂いた方がいいかと思います。この部屋から出ると石造りの廊下が続き、複数の部屋は確認できましたが……外は……」


 と、首を横に降る水守さん。

 ……なに、言ってるの。

 滅んでいました?

 滅んでたって、まさか世界が?

 あははは……なに言ってるの……?


「水守さんってもしかして俳優志望さんとかですか?」

「…………。……一緒に確認しますか?」

「はい!」


 さすがにそれは信じられないわー。

 真面目な刑事だと思ったらとんだアホ俳優ね。

 水守さんが扉を開けてくれて、私もやっと部屋から出た。

 確かに石造りの廊下が左右に伸びており、水守さんが右へと促してくれる。

 しかし、廊下に出た途端「警戒レベル2。拳銃所持を申請」『承認』と、また端末さんを変形させ、サンバイザーのようなグラサンを装着した。

 ……冗談、だよね?

 若干、彼のこのテレビや漫画の世界観じみたハイテクっぷりが……不安を煽ってくる。

 もし一般人をターゲットにしたテレビ番組でも、ここまでのモノが出来るのかな?

 だって一昔前のスライドする二つ折り携帯みたいなやつが、でっかい銃に変形するのよ?

 こんなのテレビで観てたらCG使ってるんだろうなって思うけど……目の前で見せつけられたら……。


「俺からあまり離れないように」

「……は、い……」


 ……え? 冗談、だよね……?

 そんな馬鹿な話、ありえないでしょ。

 ドッキリ以外考えられない。

 あの光や子供の声だって、きっと——。


「…………」


 がしゃん、と水守さんが拳銃を構える。

 そして一歩。

 廊下の終わりは、右側への曲がり角。

 その先には二本の柱が建ち、真っ赤な地面が見えた。


 いや、そんな……嘘でしょ……?


「なに、これ……」


 神殿のような建物に、私たちは居たらしい。

 しかしその外は、焼け野原のように赤と黒で支配された世界。

 燃え尽きた数百本の木々が真っ黒くやせ細った姿で立ち続け、赤茶けた地面は黒く細い森を抜けても地平線まで続いている。

 ここから見渡せる山も、真っ黒。

 恐らくあの焦げて痩せた木々のせいだろう。

 空は黒く分厚い雲に覆われて、時折雷が光る。

 数秒遅れて音がゴロゴロと鳴り響く。

 それは、まさに「滅んでいる世界」だろう。


「…………いや、いや……なにこれ、そんな……こんなこと、普通、ないでしょ……」

「恐らく幸坂さんを包んだ光は召喚の光。ここは俺たちの世界ではなく、異世界と思われます」

「い、世界……?」


 淡々と、冷静に。

 このお巡り、なに言ってんの……?

 ほんとに、マジで……頭ヤバいんじゃないの……⁉︎


「俺が以前行った異世界と似ていますが、こちらは『火』で滅びに瀕しているようですね」

「……………………」


 力が抜ける。

 膝から崩れ落ちた。

 ……ヤバい奴だ、この人。

 そして、ヤバいじゃん、ここ。

 なにがどうして、異世界?

 いや、まだ……諦めるのは早い。

 騙されてるのよ、きっと。

 そう思って、階段を降りて神殿のような建物を出る。

 水守さんはなにも言わなかった。

 きっと危なくないのよ。

 ざり、とした砂の感触。

 少しピリつく空気。

 生温かい風が頰を撫でていく。


 ………うん。外だ。



「…………水守さんには普通の事なんですか……? この、異常事態……」


 間違いようもなく外。

 燃えて焦げた木々に触れて手が炭で汚れる。

 指先を擦り合わせると、炭が広がった。

 頭の中に「現実」が染み込んでいく。

 振り返らないまま彼に問うと、ひどく冷静に「初めてではありません」と返ってきた。

 マジかよこのお巡り……。


「異世界自体は二度目ですが、普通の事でもありません。事態が飲み込めない上、危険がないとも言い切れないので一度先ほどの部屋へ戻りましょう。その後、状況の整理。この建物内の探索を行うべきと考えます」

「……ど、どうしてそんなに冷静なんですか⁉︎ おかしいでしょう、どう見ても!」

「はい、だから冷静に対処します」

「っ……!」


 な、に、この男……ほ、本気で気持ち悪い……!

 この状況でなんでこんなに冷静なのよ。

 おかしいよ、絶対……!

 こんなのありえない。

 建物を出たら世界が滅んでるんだよ?

 漫画や映画の世界でしょこんなの!


「……。我々が置かれた状況が異常というのはご理解頂けましたよね? 幸坂さん」

「…………」

「今は俺の指示に従ってください」

「……、……わかり、ました」


 手を差し出される。

 でも、その手は取らずに建物の中に戻った。

 この男、怖い。気持ち悪い。

 一秒でも、一センチでも、遠くに離れていたい。

 こんな状況で冷静すぎる。

 なにがなんだか、もう、訳がわからないのに……。



「……………(空間の歪みが酷いな。……これは、長期間任務になりそうだ……)」



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