第9話 お仕事はお祈りです


「へえ、意外とそれっぽく出来ましたね」

「もっと褒めてもいいのよ、水守さん」


 というか、褒めなさいよ!

 農業ど素人の私がここまで頑張って耕したんだから!

 一応、神殿の前の一区画に二メートル四方の畑っぽいところを耕して作ったの。

 ふふーん、これなら文句なかろう!


「……というか、そっちはどうだったんですか」


 この辺り周辺の探索ってやつ。

 モンスターは、いたのかな?

 いたらいたで怖いんだけど……。


「海に出ましたね」

「海!?」

「あの道らしき坂を一キロほど下ると黒くてドロドロの油のような海がありました」

「…………それは海なの……?」

「水平線の向こう側が見えなかったので、元々は海だったのではないかと」

「……海だったところ、かぁ……」


 この世界の地理なんて覚えてないけど……まあ、陸の先に海があるのは普通……かなぁ?

 でも、そんなドロドロの海どうすればいいの?


「それとモンスターですが」

「え!? まさか居たんですか!?」

「南西と南東……簡単に言いますと、砂浜の右と左の方向に一体ずつ小さなものが確認できました。黒い三メートルほどの蕾のようなもの。生体反応はありませんでしたが、魔力の反応はあったので恐らくあれだと思います」

「っ……」


 小さなもの?

 さ、三メートルってでかくない!?

 う、うええ……この島にいるの〜!?


「島の全体はまだ把握出来ていませんが、あまり広くはなさそうですね……。今のところ確認できたモンスターはその二体のみです」

「…………あ、ありがとうございます……」


 ほ、ほんと迂闊に出歩かなくて良かった……。

 この島にもモンスターがいるなんて。

 ううっ、同じ陸の上にモンスターがいるなんて……考えたらぞわぞわしてきた。


「まあ、今日のところは畑作りに集中して、モンスターは明日始末しましょう」

「簡単に言いますね!?」

「あ、はい。あの程度の大きさなら始末は簡単だと判断しましたので」

「か、簡単、なんですか? さ、三メートルはあるんですよね!?」

「俺が以前戦った泥魔虫でんまちゅう……泥で出来た虫の魔物は最大で二十メートル近いものもいましたから」

「…………。……水守さんってどんな生活してきたんですか……?」

「え……普通だと思いますけど」

「いや、絶対普通じゃないと思います」


 それ明らかに異世界モンスターだよね?

 こ、コエェ……エリートお巡りマジヤベェ……。

 この男の『普通』は明らかに逸脱してるけど気付いてないの!?


「普通のお巡りさんって、異世界モンスターと戦ったりしないですよね……?」

「………。それもそうですね……」

「絶対なにか麻痺してますよ!?」

「………。そうかもしれませんね」


 戻ってこーい!


「ですが、今の俺の部署はそういうものからも国民を守るのが仕事の一つです。日本の警察官として、国民の権利と安全を侵害するものを許してはおけません。一警察官として、国民のために働くのは『普通』だと思います」

「………そ、そうです、か……?」


『普通』の基準が私と違ってた……。


「……………」


 うちの競艇場に常駐してるお巡りに爪の垢でも煎じて飲ませたいくらいど真面目だな……。

 うちの競艇場に常駐してるお巡りたちなんか椅子に踏ん反り返って一日中テレビ見てるわよ……?

 お腹に脂肪たっぷり蓄えて、あいつらの仕事と言ったらたまーに館内巡回して、拾得物の貴重品(主にお金とか財布とか高価な腕時計とか携帯電話とかね)を署に持ち帰るくらい。

 あとは美味しいものを配給券でほぼタダで食べてる!

 その上、朝はなぜか私たちがお茶を入れて持っていくのよ。

 あいつらァ……!

 人の税金で生活してるくせにぃ……!!

 ……と、そんな連中しかいないと思ってたけど……このお巡りは……。


「……水守さんって小さい頃、戦隊モノとか仮面のライダーとかに憧れてる子供だったんじゃないんですか?」

「よく言われるんですが、日曜日の朝は親父に無理やり野球の練習に連れて行かれていたんですよね……」

「……そ、そうなんですか。……じゃあなんでお巡りさんになったんですか?」

「………………。強いていうと、守れる男になりたかったからですね」


 え……カッコ良すぎか……!?


「……まあ、本当に守らなければならないものは守れなかったんですが……」

「え?」

「昼食を作ってきます。幸坂さんはどうしますか?」

「……え、えーと……じゃあ私も一休みします」

「では、出来たら呼びます」

「あ、はい。お願いします」


 スタスタと。

 ………。


「………………む、むう……」


 神殿の中にさっさと入っていく水守さん。

 あれ? なんだろう?

 す、すんごいモヤモヤするなぁ?

 いや、なんかイライラ?

 うん、イライラするなぁ。


「…………やっぱ、なんか嫌いなんだよなぁ……あの人」



 イラつく。



 ***



 ことん、とテーブルに置かれたのは……コロッケとムニエル!

 ま、まじかぁぁあ!?


「魚のコロッケと、ムニエルです」

「いただきます!」


 水守さん天才なんじゃないの……!?

 美味っ!

 ………。


「? お口に合いませんか?」

「い、いえ……実は…………」


 先程聞いてしまった衝撃の事実。

 我々の口にする食糧の出所。

 これらの原材料は、死んだ二体の神竜の遺体なのだそうだ。

 それを話すと水守さんも微妙に目が細まる。


「……成る程、ケットシーは神竜の遺体を食糧に変化させて我々に用意してくれたのですね。…………しかし、その力は神の力の一部。やはり反動で姿を見せられないほど弱っている、と」

「そ、そうみたいです」

「ふむ……やはり畑作りは急いだ方がいいですね。小麦は育つのが遅いですし」

「え、そうなんですか!?」

「うちは小麦は作っていなかったんですが、それでも稲と同じくらいの速度で育つもののはずです」

「………。稲ってどのくらいかかるんですか?」

「都会の人ってそんなことも知らないんですか?」

「………」

「………。大体ゴールデンウィーク中に田植えをしてから、九月から十月に収穫しますね」

「うわ……」


 五、六、七、八、九……大体半年?

 うえ……マ、マジー?


「それまで保ちますか?」

「多分。他にも早く実る野菜を育てられればいいんですが……」

「例えば……?」

「この世界の気候的に、我々の世界の春先と秋半ば、といったところですよね。となると、初心者向けの野菜……葉物野菜なら小松菜や三つ葉……根菜なら大根、小かぶ、玉ねぎ、さつまいも、じゃがいも、にんにく……果菜類なら枝豆、オクラ、とうもろこし、苦瓜……この辺りでしょうか」


 ………………水守さんマジ博識……。


「……正直言っていいですか?」

「なんでしょうか」

「肉が食べたいです」

「わかりました、今夜は干し肉でスパイシー唐揚げ風なものを……」

「そうじゃなくて、唐揚げもいいですけど……焼肉が食べたいです! しゃぶしゃぶ、生姜焼き、焼き鳥、豚玉! 豚骨、チャーシューラーメン! カレー! 野菜よりもお肉!」

「…………限界を迎えるのが早いです、幸坂さん」

「ビールーーーー!」

「ビールですか……日本では製造免許のない者によるアルコール度数1%以上のアルコール製造は禁止されていますが、ここは異世界ですからね……」

「え! 作れるんですか!?」

「作り方は知っていますが、発酵容器やエールイーストがないと……。作ったこともないのでちゃんとできるかどうかもわかりませんし」

「焼酎と日本酒でもいいです!」

「………。日本では製造免許のないアルコール度1%以上の酒の製造は法律で禁じられております。その上で、焼酎や日本酒などの製造に携わる者は製造免許のあるプロなんです。なにより、材料もありません」

「…………うううううう……!」


 ゴン。

 テーブルに突っ伏す。

 だって、だって……!


「支援物資に入れて頂くわけには!?」

「嗜好品は後回しにして頂いていいですか」


 …………今までで一番冷たい眼差しで見下ろされた。

 いや、はい、それはもちろんそうですけど……!

 だって、野菜作るよりお肉食べたいじゃん……私ベジタリアンじゃないしさぁ!

 干し肉なんてお湯で柔らかくしてもそんなに美味しくないし〜!

 水守さんのご飯は美味しいけど……素材がうまいかと言われればそれは否だし〜!


「明日の支給品には是非お醤油を……!」

「分かりました。醤油があると幅が広がるので俺としても助かります」

「お米が食べたいよう……」

「醤油が来ればうどんも食べられますが」

「うどんで」


 ……コロッケとムニエルもうまっ……。

 いや、十分すごいと思うけどさぁ……。

 だってこれだって、あの魚の干物と小麦粉で作ったんでしょ?

 コロッケのパン粉は昨日作ったパンの残りかな?

 ……マ、マジ水守さんハイスペック……。


「……米といえば味噌も欲しいですよね」

「あー、いいですね〜……」

「で、植える野菜なのですが、根菜類は比較的育てやすいものが多いので保存にも適し、栄養価も高いじゃがいもとさつまいもを作るのはどうでしょう」

「ふかし芋……焼き芋……ああ……いいですね〜」

「……塩があるのでかぶや大根で漬物を作ってもいいですね」

「白米が食べたい……」

「それと、すこし難しいかもしれませんが大豆も育てたいです。醤油、味噌、あんこ、豆腐、豆乳、おから、油揚げ……相当幅が広がります」

「体にもいいですしね!」

「では、とりあえず小麦以外にもその五つを植えてみましょう」

「はい! ……でも種は?」

「明日の支給品に入れてもらいます」

「…………お酒は……」

「諦めてください」


 淡々と〜……。

 水守さんお酒飲まないの〜!?

 大人だろ〜!?

 あ、もしかしてこいつ〜。


「……もしかして水守さんはお酒……飲めないとか…………」

「それと、先日幸坂さんが見つけた本なのですが文字の解析が終わりましたよ」

「え! ほんとですか!?」


 ……あれ?

 話がすり替えられた?

 ううん、本の中身!

 そっちの方が気になる!


「何かわかったんですか?」

「この世界の成り立ち……まあ、幸坂さんがアーナロゼに見せられた『世界の記憶』とやらが書いてあっただけですね。ただ、人間の視点から書かれたもので、かなり胸糞悪い内容だと思います」

「うへぇ……。じゃあ、人間が書いた本、って事ですか?」

「この物言いはそうだと思います。……恐らくエルディエゴが殺されるギリギリの時代のものではないでしょうか。この時代の様子か詳しく書いてある。食事中なので内容は控えますが」

「私は興味ないので、教えてもらわなくていいですー」

「分かりました」


 ……ワキュレディエが殺されてからの数百年後は地獄だもの。

 人間はどんなに飢えても死ねないし、這いずるように生きて、骨になっても“死ねない”人間で溢れた。

 首を落とそうが、頭の骨を砕こうが、人は『死』を奪われたのよ。

 それに対する泣き言や恨み言が大多数なんだろう。

 自業自得とはいえ、未来の人たちからすれば過去の馬鹿やらかした奴らに物申したくなるんでしょうねー。


「ただ、いくつか面白い記述があります」

「面白い記述?」

「そのうちの一つ。『二頭の神竜は人間だけを見捨てた。他の動植物は『保存』されて次時代への転生を許された。我々はいつまでこの神の罰に耐えなければならないのだろう』……保存とあります。この世界の動植物は、どこかに封印されて隔離され、滅びを免れているのではないでしょうか」

「………あれ? そういえばアーナロゼが変なこと言ってたような……」

「変なこと……?」


 動物…………。

 うん、なんか変なこと言ってたなぁ?


「なんだっけ。……なんかしたらなんか帰ってくるとか……」

「抽象的すぎて分からないんですが」

「…………き、聞いてみます」

「是非お願いします」


 契約した時だっけ?

 なんかそんな感じのこと言ってたよね?

 えーと……。


(アーナロゼ、聞きたい事があるんだけど……)

『なぁに、姫……』


 こ、声が少し元気ないなー……。

 さっき無理させたもんね。

 ごめんよう……!


(えーと、動物や植物は……滅んだの? なんか、見つけた本には『保存』されているみたいな書き方をされてたんだけど……)

『……そうだよ。動植物たちはワキュレディエ側に付いた。動植物はワキュレディエから『救い』を授かり、人間に食い尽くされる前にその多くが『眠り』についたんだ。森と大地を、姫の祈りで元気にすると……虫や鳥が帰ってくるはずだよ……』

「そ、そうだったんだ!?」

「なにかわかりました?」

「はい! あの、どうやら………」


 と、言いかけて固まる。

 ……ついさっきまで『祈り』のことなんて完全にすっぽ抜けてたんだから。

 土が柔らかくなり、耕し易くなったあれも私の『祈り』が関係してるっぽいのも……説明しておいた方がいいよね?

 えーとえーとつまり〜。


「私が祈ればいいっぽいです」

「今度は簡潔すぎて逆によく分からないんですが……」




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