第24話 空間保管庫、設置するよ!


「おはようございます、水守さん」

「おはようございます、幸坂さん」


 というわけでおはようございます、幸坂菫こうさかすみれです。

 異世界に神竜アーナロゼの要請で召喚されて早一ヶ月、と少し。

 先日ついに隣の大陸に到達した私。

 それもこれもそこのキッチンカウンターに立つ長身イケメン刑事、水守鈴太郎みもりりんたろう氏やケットシーのミュー、神竜アーナロゼの助力あってこそ。

 特に水守さんには多大な迷惑、ご援助を頂いております。


「今日はミートパイと木苺のジャム、ホットアップルティーです」

「もおおお! 今日も美味しそうですね!」

「ミューが森で見つけてきてくれたんですよ」

「ありがとうミュー!」

「にゃぁ〜……姫さまに褒めていただきました〜」

「よかったな」


 ……美味しい!

 水守さんの料理が今日も美味しい……!


「それで、本日は何をなさるのですかぁ?」

「えーと、私は畑を広げようかと思って……」

「その前に、いいですか? 幸坂さん。報告したいことがあるのですが」

「え? なんですか?」


 なんだろう?

 悪いニュース? 良いニュース?

 い、良いニュースでありますように!


「先日大陸に行った際、端末警察手帳がアップデートされたのですが……砂上が空間保管庫という機能を端末手帳に入れてくれました」

「はい?」

「簡単に言うと、ドラ◯もんの四次元ポケット的な空間を作り出して固定化させ、倉庫として使用出来る機能です。その空間は時間が流れないので食べ物などが腐らない。冷凍庫よりも鮮度そのままで保管可能ということになります」

「よ、四次元ポケット機能という事ですか!?」

「そんな感じですね」

「え! じゃあそれがあればたくさん食べ物を保管して、その上腐らないままで……さ、最強じゃないですか!?」

「……そうなんですよね、作った奴が奴でなければ手放しで褒め称えたい機能なのですが……」

「あ、あー……」


 そういえばペガサスの背中でなんかぽちぽちしてるなーと思ったけど……アップデート……。

 水守さんの使っている不思議手帳さん……正式名称は端末型警察手帳さんは、謎の人物、砂上氏という人が作ったらしい。

 私たちの生活や、この世界に巣食う腐墨亡者という化け物の討伐にも必需品な不思議手帳さんは、水守さんの大切な仕事道具。

 そして最早生命線とも言える。

 その上更に、アップデートされるなんて!

 ……機能は間違いないんだけど、作った人が頭おかしいらしくて水守さんはよくこのような顔をする。

 このような、っていうのは……そうね……ゴミを見下ろす目。

 理由は絶対、不思議手帳さんで戦闘モードになる際「変身!」と掛け声をかけなければいけないのと……変身後がニチアサ戦隊レッドみたいなピチパチ仮面スーツ姿である事……だろう。

 あれは確かに初めて見ると衝撃が半端ない。

 全て「砂上の趣味です」と顔をしかめて仰っていたので……まあ、つまりそういうことです。


「みゃ〜? 不思議手帳さまがどうされたのですか?」

「ああ、新機能が追加されて凄くなった、という感じだな」


 わ、私の時より説明が簡素……!


「定期連絡の際に使い方を説明されたのですが、奴のドヤ顔が眼に浮かぶようでどうにも腹立たしいです」

「水守さんは砂上さんが嫌い、なんですか?」

「というよりも合わないのでしょうね。性格が」

「……な、成る程……居ますよね、そういう人」


 軽薄そうな喋り方だったもんなぁ。


「とは言え、やはり天才……なのでしょうね。こんなものを作れるのですから……」

「そ、そうですよね!」


 四次元ポケット作ったって事でしょう!?

 いや、マジでノーベル賞もビックリ!

 世界絶賛の嵐!

 間違いなく世紀の大発明だよ!


「凄いですよ、これ! 砂上さんって何者なんですか、本当に! 大発明ですよ!」

「……奴の正体に関しては秘匿義務がありますので黙秘します」

「……そういえばそんなようなこと前にも言ってましたね……」


 未来人、って結論付けてたんだ。

 ここまできたら教えてくれれば良いのに〜……。


「とにかく、その空間を設置してみましょう」

「そうですね! ……えーと、設置?」

「はい、空間が不安定にならないように特定の場所に固定して使用するのが良いそうです。……魔法に長けた者なら、空間を作ってそのまま維持していつでも使用出来るそうなのですが……俺は魔法に関して素人なので」

「魔法! ……じゃあこの不思議手帳さんこれから魔法を使うってことですか!」

「え? はい。……ちょっと構造がどうなっているのかは俺にもさっぱり分かりませんが、端末警察手帳はそういう事を可能にする物……。まずは場所の確保、ですね」

「設置場所です……うーん……やっぱり食糧庫ですかね?」


 かまどの横にある扉を潜るとそこは食糧庫。

 三十袋分くらいあった小麦粉は半分以下に減っている。

 大体水守さんがコツコツパスタとかに加工して保存しているのだ。

 ここをその四次元ポケットにすれば、その加工作業も必要なくなるんじゃない?


「まあ、無難にここ、ですかね」

『説明しようか!?』

「うわあああ!」

「みゃぁぁぁあ!?」


 不思議手帳さんが喋ったぁぁあ!

 ……いや、待て! この声は!


「さ、砂上……」

「砂上さん、あ……お久しぶりです?」

『えーと、誰だっけ』


 だ、誰だっけ!?


「幸坂菫です」

『そうか、こーさかさんか。はいはいこーさかさんね。それでは説明してやろう!』


 え、完全私に興味なし?

 べ、別にいいけど……微妙に失礼じゃない?


『まずはアプリ起動!』

「起動確認」


 アプリ起動!?

 スマホみたいにアプリ入ってんの不思議手帳さん!?


『手順に沿って空間を作成!』

「えーと、大きさの指定か……この食糧庫の大きさを基準、でいいのか?」

『もっと広くできるよ。なにしろおれは天さ……』

「成る程、そういえばお前の部屋はお前が空間を作って被せたとかなんとか言って、おかしな広さをしていたな」


 水守さんの塩対応って砂上さん限定?

 いや、紅葉にもなかなか……。

 なんだろう、あれはあれで羨ましいなぁ。


「とりあえずこのくらいで作成するか。後々広げることは出来るのか?」

『それはアップデートをお待ちください』

「了解した。では、もう少し広めにしておこう」


 なんという業務連絡……。


「作成」

『……ほぁーい、作成確認! 次に固定作業に移るよー』

「固定作業開始……と……」

「…………」


 興味が出たので不思議手帳さんを覗き込む。

 画面には『しばらくお待ちください』の文字が……。

 ……よ、四次元ポケット的なものの制作中なのに、なんて緊張感がないの……!?

 私は今、歴史的瞬間に立ち会っているはずなのに!

 まるでお客が一人もいないコンビニでお弁当を温めてもらっている時のような、そんな緩さすら感じる!


「どのくらいかかるんだ?」

『あと五十秒くらいかな〜。あ、ねえ聞いてよ〜、鈴太郎〜! この間、直に呼ばれて事務所に行ったら変なレストランに連れていかれて縄で縛り上げられてマオトが作ったホットケーキの形をした殺人物質食べさせられたんだ! 酷くないか!?』

「日頃の行いが悪いせいじゃないか?」

「……?」


 砂上さんの言ってることが半分も理解出来なかったけど、え? なに? ホットケーキの形をした殺人物質?

 ……そんなの食べさせられて……いや、そもそもそれがなに?

 ホットケーキの形をした殺人物質もそうだけど、食べさせられてピンピンしてるのも……いや、やっぱりそれ以前になんの話よ?


『……まあ、そんな事があったので改めて食の重要性を再確認したんだよ。で、由が鈴太郎が異世界で食糧問題に悩んでるって言ってたからこのアプリを作ってあげようかなって! 褒め称えてもいいんだよー?』

「部長は?」

『由は初恋相手とデートだっでだだだだだ!』

「!?」

「……部長?」


 相変わらずよく喋る人だ。一方的に。

 でもどうやら一人ではなかったらしい。

 なにやら気になることを言っていたけど、鉄拳制裁を受けたような悲鳴に水守さんが少しだけ表情を明るくする。

 ……水守さん……部長さんが大好きっぽいんだよね……。


『高校の同級生に会うだけだボケがぁ! 殺すぞ!』


 え、パワハラ……?

 け、警察組織の闇!?


『司藤先輩が会いに行くのってあれですよねー? 真壁先輩ですよね? いいなぁ、デート。俺も遥に会いたいんですけど、今どこにいるんですか?』

『じ、自分の弟の居場所をストーカーに教える馬鹿がこの世のどこにいる!?』

『チッ……。このままだと遥の代わりに司藤先輩を押し倒しますよ?』

『ああ? やってみろ、たたっ殺すぞ』

『……? ……通信オンのままじゃ……』

『『え? あ!』』

「………………」

「…………、……た、た、た、た……た、のし、そうな……職場、ですね?」


 ひ、ひえぇ……パワハラ、モラハラ、セクハラ! 性犯罪の気配と部下と上司の危険な関係!?

 これが警察組織内の部署の会話、だと〜!?

 水守さんの表情が無だよ〜!?


「芦屋と玖流も居たんですか」


 あ、例の後輩くんたちだな。

 ……と、いうか、一人上司のケツを狙うとんでもなくヤバめなのが居ませんでした……?


『……はい……お疲れ様です……』


 あれ、お疲れ様ですってこんなに胸に突き刺さる言葉だったかな?

 ……そ、そうだよねー、水守さんは休みなしで働き続けてる……それも異世界で……わけだもん、お疲れ様、だよねー。

 くっ! ま、巻き込んですみません!


「……五十秒経ったんだが、この後どうするんだ?」


 えええ!?

 あの会話を聞いた後に普通に作業を続けるのー!?

 さすがすぎるよ水守さん!?


『空間の固定をチェックしてみて! 問題がなければ完了だよ!』


 あ、砂上さんが生きてた。

 急に大人しくなるから死んだのかと……。


「空間固定を確認……。完了、と。これでいいのか?」

『うん。あとはその空間保管庫は自由に使っていいよ。注意事項としては空間保管庫は現時点で一つしか作れない。理由はその世界の空間と魔力がまだ不安定だからー。端末警察手帳で空間の管理は行うけど、現状より魔力が不安定化した場合安全のために空間は破裂するのでそれは注意してねー』

「は……」

「破裂!?」


 食糧庫が破裂するのおぉ!?


『破裂と言ってもその空間にしまっていた中身が飛び出してくるだけだよ。入れ過ぎた状態で魔力が不安定化しなければそんな事にはならないさー』

「な、成る程。誰でも使えるものなのか?

『倉庫の中を空間保管庫で覆ったんでしょう? 誰でも使えるけど、長時間居続けるのは人の体に悪影響になるから気を付けて』

「……空間原則、だったか」

『そう。押さない、喋らない、走らない』

『それ古い避難時の原則じゃないですっけ?』


 グサッ!

 ふ、古い!? 私はジャストその世代なんですけど!?


『まぁ、なんにしてもアップデートでもう少し安定して使えるように改良してあげるー』

『…………ちなみに砂上、これの開発費に関して俺は何の相談も受けていないんだが……』

『どこの予算から開発したんですか、砂上さん?』

『え? えーと……』

『お前……まさかまた勝手に水増し請求を……』

『玖流! すぐに申請書作成と請求書類のチェック!』

『……死ねばいいのに……!』

「「…………」」


 ……こ、こうして我が家に万能保管庫が完成した。

 砂上さんという尊い犠牲を、我々は忘れはしない。多分。


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