メカと人が紡ぎ出す、珠玉のドラマ

 我々のものによく似たどこかの世界、熾烈な戦争をくぐり抜けた大陸の片隅で。
 いまだ戦雲の名残漂う空に、かつて最強を謳われた幻の重戦闘機が羽ばたく――

 何とも男の子の心をくすぐる基本設定で、物語は幕を開ける。語られるほどの伝説もない、消耗されていく低コスト機に身を預けて空を駆ける一パイロットの、憧憬と羨望に満ちたまなざし、されど握りしめて手放せない矜持を通して、傑作機サラマンドラのシルエットが、力強く美しく描かれる。

 これだけでもすでに、ご飯がお腹いっぱい三食分は食べられる美味しさなのだが、さらに、さらに。

 敗れ滅んだ国家が残した物言わぬ鉄の機体は、それを操るパイロットと保守管理を担う名整備士を得てその姿影をジュラルミンの肌に映すや、たちまち誇り高き火竜の最後の生き残りとして読む者の心に息づき始めるのだ。
 その活躍の舞台は、ひとまず戦場ではない。名もなき人々の小さな願いを運び届け、危機にさらされた命を明日へ繋ぐ――航空郵便という全く趣を異にする世界だ。

 作者の知識のあらん限りを尽くし、微に入り細をうがって描写されるのは、サラマンドラの先進驚異のメカニズム。
 戦後数年を経てなお、同様のレシプロ機をしては太刀打ち叶わぬほどのオーバースペックは、爪牙を切り落とした非武装であってさえ、対峙するものの心胆を乱し凍り付かせる。
 そしてそのメカニズムを介して描かれる、ユーリというパイロットの技術と精神――矜持と執念、そして不屈の魂。
 
 サラマンドラ一機のみを擁する小さな小さな航空郵便社に持ち込まれる依頼は、どれも戦争の遺した悲しみや負の遺産をどこかに内包している。
 それを解決していくユーリたちは、いわば「剣なき騎士」として、いまだ終らぬ戦争を、一種透明な諦観とない交ぜの希望を前照灯として戦い足掻いているように思われるのだ。

 かくして、必然の如く訪れる最後の事件とその結末――それは、あなた自身の目と心で、確かめて欲しい。
 時移り去り行くものへの挽歌と、折れ曲がらぬ心への讃歌がそこにある。


 私見ながら、ロボットものも含めメカアクションを描く創作物において、何よりも大切で忘れてならないのは、作者がそのメカを実在の物の如く細部まで知悉し、弱点も長所も知り尽くしておくということだろう。
 それがあってこそ、思いの強さとか熱い心とか、そんな曖昧で陳腐なものに頼らない、リアルなメカ描写が可能になるのだと思う。

 その上でそこに強い思いと熱い心を持つ男、あるいは女が乗りこめば――乗り込んでこそ――メカ作品はただのスペック比較ではなく作者の知識の披露でもなく、冷たい鋼に命を宿し、あるかないかのわずかな可能性の中から血路を切り開く、生きたドラマを生み出すのだ。

 本作、「サラマンドラ航空郵便社」は、その水準に達しえた稀有なweb小説の一篇だ。膨大な情報の海の中からこの奇跡に出会えた幸運に感謝する。




 

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