chapter2 真実の花 彩

第16話 駆け出す本能

「うう…」


―――まだ頭が痛む。


記憶との整合がまだ嚙み合わないのか、ここしばらくは寝たっきりになっている。


まあ、入院中なら当然だけどな。


「大丈夫か?」

「ああ、大丈夫っすよ。」


オレがずっとカプセルに入った状態から居たこの人―――景虎さんには、少しながら整合されてきた記憶を話しつつ、ここしばらくの間にどういうことがあったのかを聞いてる。


景虎さんから手渡された水をそのまま身体に流し込むと、空になったペットボトルを返す。


「まったく…A級殺人犯にも程があるぞ。あの西条会事件を含め、合計で1000人近くの人を殺したのだからな。」

「……ホント、いい迷惑ですよね。この身体に染み付いた人殺しの感覚と、多くの流血が物語りますよ。挙句の果てには、多くの女性に寄生したり、身体の一部を植え込んだりとやりたい放題。一部では冬虫夏草と評されるのも自分ながら納得できますね。」

「しかも、何が厄介かというと、女性に限らず、時には男性にも寄生し、そのまま食い殺してしまうことだろう?」

「おかげで、今までの自分は甘すぎたというか。知らなかったとはいえ、偽善者とも言われるのすら覚悟してるほどですよ。」

「……まあ、不幸中の幸いというべきか。君が殺害した人の9割が、表沙汰になれば犯罪者としての汚名が掛かる人だったからな。ある意味、当人の名誉を守ることは出来たのかもしれないな。」

「……それでも、人を殺したという事実は変わりませんけどね。」


ちなみに、皆の生活はというと、まあ話を聞く限り酷かった。


稲志田さんはともかく、凛とエリックの散らかりようは聞いてるだけでもイライラした。


何よりもたまーーーに覚吏も遊びに来て、そしたらこっぴどく散らかしていく…!


流石にブチギレたので景虎さんにもぶっちゃけたところ、「ああ…正直言って、その気持ち分かるよ…!」と共感された。


アイツ職場でも散らかし魔かよ…(#^ω^)ピキピキ


ちなみにオレの部屋にはしばらくの間ティアが過ごしていることになったが、なんとアイツは綺麗に出来てるってよ…!


ああ・・・・・・!嘗ての同居人としても、何より妹として!アイツの成長には泣きそうになったよ・・・!


そのことを景虎さんに打ち明けたが、「溺愛具合が凄い」と言われてしまった。


まあ、最初に会った時から、コイツは守ってあげたいとは思っていたよ…それが実の妹だなんて言われた時は最初の方は流石に戸惑ったさ。でも、今ならすんなりと受け入れられる。


これからはどんな我が儘でも、叶えられる程度ならお兄ちゃん頑張っちゃうぞー!


「ごめんキモイ」

「(#^ω^)ピキピキ」


この聞き覚えのある声。能天気だけどストレートに言う感じ。


間違いない。覚吏だ。


「お見舞いの第一声がそれかよ。」

「いやすっげーキモかったから。うん。マジでゲロキモでした。」

「百歩譲ってオレがキモイとしよう。何で入っていいですかの一言もないんだよ。」

「聞こえてたし聞こえてなかったから勝手に入った。」

「は?」

「え?」

「なんでキョトンとしてられるんだよ。お前仮にも警官だよ?黙って入るとかモラルの欠如以外何者でもないでしょ。」

「ちゃんと確認してから入りましたー!」

「お前私に断りなく入ったよな?「入っていいですかー!失礼しまーす!」って、ストロークもへったくれもなくないか?ええ?」

「///」


こ れ は ひ ど い


「すみません鷲尾警視正。うちの社長がご迷惑をお掛けして。琉輝君が元気になったと聞いた時は飛んで向かって行きましたからね。琉輝君もごめんなさい。ゆっくりしても大丈夫だよ。」


おおぅ…稲志田さんがアイツの扱いを把握した。


「景虎ー、琉輝ー。サンドイッチ買ってきたぞー。」


凛がレジ袋をこちらに手渡した。

中身は本当にサンドイッチだった。


…ご丁寧に紙が貼ってあり、オレには照り焼きチキンサンド。景虎さんには玉子サンドと分かるように名前を書いてある。


「ありがとう、凛。向かい合って話してたら小腹が空いてな。本当に気が利くな。」

「えへへ…」


景虎さんが凛の頭をくしゃくしゃと撫でまわし、尻尾が目に見えるほどにブンブン振っていた。


「せ、先輩!無事っすか!?」

「大丈夫だ。相変わらず騒がしいな、エリックは。」

「良かった…!先輩がいないと俺、どうにもできなくて…!」

「いやいや、流石にそこまでじゃないだろ。」


そうオレが言うと、稲志田さんはこう言った。


「ところがその『そこまで』でな?片付けはおろか、トレーニングにすら精が出ない始末だ。琉輝君が元気になったのを受けて、やる気が10倍増しになったんだ。」


10倍増しとかどれだけオレに依存してんだよ。


「……ところで、リュウの体調はどうですか?」

「まあ、ここ最近は良くなったさ。この様子なら、あと三日で完治するという感じだな。」

「三日……………」


覚吏と景虎さんはオレの身体の事で話してる。


まあ、極力スキルは使わないようにしてるが、それでも持って三日か。


…………なんだろうな。この嫌な感じは。

身体が疼くというか、胸騒ぎというか。


そのうち、良くないことが起きそうな予感がするのは。




―――曇天は色彩を失う。

ポツリポツリと落ちていく雫は、やがてザァザァと大きく音を立てながら降り注ぐ。


人々は傘を差し、やがてそれは一つの芸術かのような風景へ変わっていく。


しばらくもせず、その雫は熱を失い小さな結晶になる。


深々と降り積もるそれは、今の季節に相応しい風物詩である。


営みを育む下町にも、その雪は降り積もる。


その大きな学び舎に、人が集う事を知らずに。




「―――雪……」


窓際に移る銀色の光景は、あまりにも美しかった。


「もうそんな季節か…………」と呟く景虎さんを横目に、うちの馬鹿どもは大喜びしている。


「見ろよ見ろよ!!雪だ!!雪が降ってるぞ!!」

「おぉー!!すげぇ!!」

「……雪合戦、かまくら、雪だるま……!!!」


凛ちゃんの尻尾が激しいくらいブンブン動いている。

犬は喜び庭駆け回るとはまさしくこのことか。


「貴方達…ここは病院ですよ?はしゃぎたいなら表でやってください。」


稲志田がもっともな意見を言った。


―――その時だった。


「―――!!」


景虎さんのデジホの通知音が鳴る。

ドビュッシーのアラベスクが響く。流麗で美しいメロディーが室内に響く。


「―――もしもし?」

『大葉署長ですか?こちら白柳。今通報を受け現場に急行中です。』

「現場だと…?一体何があった。」

『はい。通報者は真登河帝亜、年齢は19才。発信地は私立雛沢警察学校附属大学付近。』

「雛沢警専だと!?」

「!?」

「通報内容は!!」

『はい。不法侵入者が大勢、その後、建物の破壊や人々への襲撃を行っている模様。』

「―――!?」

『その後、公安より雛沢千尋女史が状況を報告、現在部隊の突入を検討中です!』

「分かった。急ぎ現場へ向かう。―――ご武運を、白柳警部補。」

『…………了解!』


「…………雛沢警専が大変な事になってるらしい。急ぎ支度を―――」

「警視正!!先輩がいません!!」


「―――何だって!?」




―――急げ。急げ。急げ。


皆が大変な目に合ってるんだ。ならばこの身を投げ出さずしてどうするか。


窓際から抜け、そのまま手足を建物に貼り付け、横に這うように駆け出す。

それでも―――


「―――遅い。」


このままでは、圧倒的に速度が足りない。

とてもじゃないが、間に合わない!!

考えろ。考えろ、考えろ、考えろ考えろ考えろ!!

どうやっていち早く警専に向かうか。


その時、ふと思い出す。景虎さんとの会話を。



「…………若鷹?」

「そう。若鷹だ。君はまさしく若鷹と表すのに相応しい。」

「どうしてですか?」

「その悪に対しての絶対的なまでの『殺意』。それに、身内に対しての優しさや面倒見の良さ。私はこれを猛禽類。それも、鷹のような雄々しさを君に感じたんだよ。」

「…………それは褒め言葉なんですかね?」

「褒めてるとも。少なくとも、私の上官はそう評価していたよ。」

「景虎さんの上官…………」

「ともかく、君の任務に対する姿勢は猛禽類のような猛々しさ。私はそれを評価しているんだよ。」

「景虎さん…………」





―――ああ、そうだ。

鷹のような荒々しい翼。

それさえあれば、きっと間に合うはず!


そして、精神を整えて気合いを入れた。


「―――チェンジ!!MODE=H!!」


その掛け声と共に、身体の再構築を行った。

僅か0.1秒にも満たずに、再構築は完了した。


剛き翼と、かぎ爪。

そして、全体的にスマートになった身体で、空を駆ける。


ゴーゴーと風を切る音は、まさしく、圧倒的な速度で飛んでいる感覚が身に染みてくる。


蒼き若鷹は、不届き者を狩るために空へ向かった。



「―――あれは!?」

「蒼い、鷹?」

「それにしては大きいような…」

「…………きっと琉輝だ。」

「「「!?」」」

「間違いない。あれはリュウだ。そんな気がする。」

「あの馬鹿…一人で先走って…!!エリック!!さらに追い風だ!!私も翼を増強する!!」

「う、うへぇ…やるしかないか!!」


メイキング・チェンジはただ姿を変えるだけではない。

そこに概念を追加する事が出来る。


自前の車にジェット改造を加え、それをエリックの気流で補強している。



全ては、先行してしまった壱原琉輝を追いかけるために。

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