第24話 御使い

その人影は、儀装束のようなものを身に纏って、自然に立っていた。


ラーズはその人影をマイヤと言った。

マイヤってのは、さっき話しに出て来た八十神家の当主だ。

滅多に表舞台に立つことがない存在とだけあって、どれほどヤバいやつかと思ったら―――


「―――貴殿が、ドレイクか?」


―――感じない。

人間の匂いを感じない。


それどころか、妖精のそれでも、ましてや他の匂いを一切感じない。

それは瀬奈や絵里、ラーズにも言えることだった。


人でも妖精でもなく、その他の匂いすら発さない。

はっきり言って異常だ。


人独特のマナの匂いや、妖精に流れるエーテルの鼓動すら、これっぽっちも感じやしない!


――――なんなんだ、こいつらは。

本当に、この世に存在するものなのか―――――!?


「ふむ…」


マイヤはこちらを値踏みするかのように見ている。

純粋な瞳で見つめ続け、そこに邪念は一切存在しなかった。


「怯えている…恐れている…我らが非常識的存在であることに恐怖を覚えている…」


マイヤは的確に心情を読み取っている。

何もかも見透かされているかのように、ジャストマッチレベルで心境を見ている。


「―――冥らきより 冥き道にぞ 入りぬべし 遥かに照らせ 山の端の月―――だったか。」

「何も見えないので、誰か救いをください。―――という意味でしたな。」

「うむ。―――ドレイクよ、汝に救済を与えよう。」


マイヤはオレに救済を与えると言った。

今のオレにとっては、全く意味の分からないものだった。


遥かなる未知と遭遇し、血の気すら軽く引いている状況において、救済を与えようとするのは、完全に理解の範疇を逸脱していた。


得体の知れない恐怖が全身を駆け巡り、身体すら恐怖と緊張のあまりぴくりとも動かなくなっていた。


文字通り息がつまりそうな空気に立たされているのに、救いだって・・・?


「汝にとって、これが偽善的行為であることは重々承知の上で言おう。―――先に進みたくは我が手を取り、瀬奈と絵里にその力を示すのだ。」

「………ぁ、……っ――――――」

「手荒に行かせてもらうが悪く思うな。――――憑依ポゼッション、スタート。」


マイヤの身体からエネルギーで作られた、光の鎖が現れた。

その先端は何かに刺し、食い込むような形状をしていた。


その鎖の先端に突き刺された感覚が全身を伝わっていったのは、そう時間はかからなかった。


だが不思議なことに痛みは感じず、安らぎと癒しを感じた。

まるで、優しく抱きしめられてるみたいに。


「―――――。」


ふと頭の中が安らぎに包まれ、身体がふわふわした感覚を覚えた。

緊張がほぐれ、恐怖が全身から抜けていくような、そんな安心感と暖かさが。 


【いきなりですまなかったな、ドレイクよ。】


オレの脳内に、マイヤの声が響いてきた。

それは先程のように無機質で不気味な印象ではなく、優しさと暖かさを感じるような声色であった。


【―――あんたは、一体何なんだ?】


それは当然の疑問だった。

突然現れ、あまりにも不気味だったのが、急に穏やかで優しさを感じるようになったのだ。


これに疑問を抱かずに何に疑問を抱くというのだ。


【―――今は多くを語れん、ただ一つだけ言わせてもらおう。――――我らは使と呼ばれるもの、サタンならざるものだ。】

【サタンならざるもの…?】

【いずれ解る時が来るだろう、故に我らは汝の敵でも味方でもない。今こうして力を貸すだけだ。】

【力を貸すっつっても―――って、何だこりゃ。】


気が付いたら、いつの間にか力がみなぎっていた。

身体中の熱が全身をくまなく行き渡るかのように、オレは全身のマナが駆け巡っているのを実感した。


【我が憑依ポゼッションは、この金色の鎖で我が魂と汝の魂に接続し、一時的とはいえども、その者の潜在能力を最大限まで活かすことが出来る。】

【ようは外付けハードディスクみたいなもんだな。なるほど、確かに力が湧いてくる!】

【言っておくが絵里と瀬奈は強いぞ、今の汝が吾の補助を受けてようやく互角に戦えるレベルだからな。】

【そんなつええのかよ、あの二人は…】

【言葉より肉体言語が時に通ずる場合もある、気を付けろよ。】


そういうと、いつの間にか現実に引き戻された気分になり、そこには臨戦態勢の瀬奈と絵里がいた。


「マイヤ様が直々に貴方に力をお使いになられるなんて…余程その者が可哀想と見えたのですね、マイヤ様。」

「この者はまだ力に目覚めて間もない。せいぜい殺してくれるなよ、絵里。」

「ええ、分かってますわ、マイヤ様。―――姉さんも手加減してね。」

「俺は元からこいつを殴らないと気が済まなかったんだ!むしろちょうどいいくらいだ!」

「―――随分とやる気なんだな。」

「俺のことをガキ呼ばわりしたことを後悔させてやる!!―――絵里!術式展開!」

「はい、姉さん!!―――虚数空間ヴァニティ・フィールド、展開!!」


瀬奈の檄を受けて、絵里が頭の上で掌を重ね、それをぐるりと一回転した。


―――その直後、周囲の空気が一変。

海に抱かれる船上の雰囲気はその瞬間、ピタリとも動かぬ静止画のような空間と化した。


海に吹かれる潮の匂いも、空から舞い落ちる雪も、その空間内では【存在しないもの】となってしまった。


「これは、一体・・・!?」

「絵里の異能力スキル虚数空間ヴァニティ・フィールドだ。」

「どんな能力だ、マイヤ。」

虚数空間ヴァニティ・フィールド、文字通り虚数空間を生み出す能力だ。」

「虚数空間・・・?」


「虚数空間とは、【そこにはないけれども、そこに確実に存在する】ものが空間を形成する領域のことです。この空間内には天候や災害、時間の流れはありませんが、現実世界の物質だけはここにあります。」

「つまり、天候などの事故が発生しない【決闘には最適な空間】ってわけか。」

「そういうことです。―――もっとも、私は能力として使えるだけで、これをとして発動できるのは、だけです。」

「次世代のサイクルを創造しえる存在・・・?」

「―――私としたことが、つい喋り過ぎましたわ。」

「早くやろーぜ、待ちくたびれてんだけどー!?」


瀬奈がわめき初め、絵里がいさめようとしてる。

見ていて穏やかな気持ちになりかけたが、今のオレに戦うこと以外の選択肢はないと理解した。


「―――んじゃ、オレも本気出すか!!」


オレは肉体に流れ出るマナを制御し、体内で増幅させた。

激しく燃えるキャンプファイヤーのように、肉体に秘めたマナの炎をパチパチと燃やした。


やがてオレの身体は人の姿からかけ離れた姿となった。


肌からは岩石のような巌の鱗が鎧のように、額からは鬼の角と思わせる三本の角が。

背中から翼が、尾骶骨から強靭な尻尾が、手と足は骨格を広げ、爪や牙も長く鋭く生え変わる。


―――一言で言えばそう、【ドラゴン】だ。

人の姿をしたドラゴン、今のオレはそういった存在だ。


―――もっとも、元からこの姿だったってわけじゃなく、きちんとしたドラゴンとしての姿もあるが・・・


まあ、戦うならこの姿の方がいいだろう!


「今のはなかなかに熱かったぞ。熱気が伝わってきたからな。」

「まあ、この姿になるにはどうしても熱波とかが発生しちまうし、仕方ねぇかなぁーって…」

「ともかく、行けるな?」

「ああ、エネルギー120%だ!ガンガンいくぜ!!」


今まさしく、戦いの火蓋が切って落とされようとしている。

オレの未来を切り開くために、奴らに力を見せるために、オレは負けられない。


「――――さあ行くぜガキ共!!オレにその力、見せてみやがれ!!!」

「――――調子のってんじゃねーぞ、この野郎!!!!」


翼を広げ、オレは瀬奈と激突する。

戦いは、ここから始まるのだ。

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