第18話 更なる正義へ
「公安本部…………ですか?」
「ああ。君の活躍が本部に認められ、本部のギルドに所属することが決定した。」
怪我が完治してはや3週間。
周りは大晦日ムードで忙しい中、景虎さんからそのように告げられた。
公安警察本部から直々のスカウト。
オレにとってはこれ以上ない名誉なことだけど―――
「…どういった流れでしょうか。」
「…まあ、君の困惑は正直言って理解できる。余りにも突然のことだからな。詳しくは警視庁で話すとしよう。君を待っている人がいるからな。」
警視庁で、オレを待っている人がいる。
それがどういうことか理解が追い付かないが、ともかくオレは景虎さんの車に乗り込んだ。
そこに・・・
「おーい!待ってー!!」
駆け足でこっちに来た覚吏が現れた。
「覚吏君、一体どうしたんだ?」
「コイツのことですしどうせ、『わたしも乗せてってくれー!!』ってほざきますよ、景虎さん。」
「なぬぅ!?な、何故分かった!?このわたしに読心術でやり返すとはッ!?」
「おめーの考えることぐらいテレパシーなしでも分かるんだよ!!」
「まさか!?一体どんな種と仕掛けと下ごしらえを!?」
「単に幼馴染ってだけだろーよ!!!!」
「そーいやそーだった!!!」
これこそまさしく時間の無駄って奴だな。
くっそどうでもいい話ばっかしやがって。
「ほら!さっさと乗った乗った!!時間がないし、お前に構ってる時間もないからな!!!」
「そうやってー。今もわたしをお姫様だっこして車に乗せてくんだろ!?分かってるからなー覚吏お姉ちゃんは!!!あははははは!!!!」
「―――ぬぅぅぅぅぅん!!!!!」
次の瞬間、オレは覚吏の身体を車体に勢いよく投げつけていた。
音も鈍く、下手すると骨折してもおかしくないレベルの衝撃だと悟った。
「・・・や、やべぇ!覚吏!大丈夫か!!」
オレが覚吏に傍に駆け寄ると、何故かケロッとした表情をしていた。
「よぉバカ野郎。見ての通りわたしは大丈夫だ。頭から血が出て、足の動きが鈍くなったこと以外は軽傷だぜ?」
「それ軽傷って言わねーから!!!ったく、何が大丈夫だよ。待ってろ、すぐに治してやる。」
そう言ってオレは、傷口を液体化させた手で覆い、そこから一部を流し込み、細胞組織の活性化を促した。
あれからエリクシールについて調べたんだが、何でも『不老不死』になる薬らしい。
だがそこまで効能は高くないと思った。
なぜなら、本当に不老不死を得るのならば、その場で傷が塞がるはずだ。
だが、あの時の傷は3週間で全治したことで、不老不死の伝承は出任せだと判断した。
効能としては、自然治癒力の一時的異常発達と見ることにしよう。
そんなこんなで、不幸中の幸いだったのか、怪我はすぐに治った。
「よし、これでもう安心だ。」
「あんがとさん。やっぱリュウは最高だな!格闘技も出来る、応急手当も出来る、12の3で大丈夫!って奴だな!!」
「なんなんだよ、その例えは・・・」
「・・・君たち?そろそろ出立の時間なのだが。それと、覚吏君は乗ることが出来ないぞ。」
「うぇぇえ!?why!? Really!?どうしてわたしが乗っちゃいけないんですか!?」
「単純に、私と彼二人で出頭するように言われているからな。」
「そ・・・そっかー、アハハ…じ、じゃあわたし帰るねー。」
そう言って覚吏は部屋に戻っていった。
「・・・何がしたかったんだ。」
「まあ、今は仕方ないと考えよう。それでは行くぞ。」
「・・・はい!」
そして、景虎さんの乗用車に乗り込み、オレたちは警視庁本部庁舎がある【公立摩天楼期間・千代田】の桜田門に向かって行くことになった。
「―――あいつはいっつもいっつもわたしの上にいるんだな・・・羨ましいけどもそれ以上に・・・
―――なんでこんなにイライラするんだろう。」
わたしは走り去っていくリュウと署長の車を見送った暫くの間途方に暮れていた。
リュウを失ったような感覚が、心をずっと満たしてきた器を粉々に破壊した。
「あいつは昔っからわたしよりも立派だって皆に言われてきた。わたしの築き上げたものを、あいつはまた上から飛び越えて行った。わたしだっていい子にしてたのに、皆はわたしを壊れモノのように扱ってきた。なんで?なんで?なんで?なんであんなに頑張ってきたのに、あいつは、リュウは、わたしの一歩先を常に行ってるの!?」
おかしい。おかしい。おかしい。
何をどうしても、わたしがどれだけ頑張っても。
琉輝はわたしを確実に超えてきた。
そして今も、追い越されて、このままずっと・・・
「―――ずっと、あいつに追いつけないまま死んじゃうのかなぁ…」
そんなのは嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だやだやだやだやだやだやだやだ―――
「わたしだって・・・わたしだってかちだい!!!リュウキにかちだい!!!でもどうしてもかでない!!!なんで!?なんでなんでなんでなんでなんで!?!?!?!?なんでわたしはリュウキに勝てないの!?!?!?」
ずっとずっと苦しい気持ちを抑えてきた為か、わたしはどうしようもなく取り乱して暴れている。
傍から見ればそれは子供が駄々をこねてジタバタしているようなものだった。
「―――サトリは琉輝君に勝てないのが嫌なんだよね。つらかったね。」
突如として聞き馴染みがあり安心感がある声がそばで聞こえた。
「・・・パパ?」
「つらかったね。きつかったんだろうね。さあ、おうちに帰ろうか。」
その声を聞いたが最後、わたしは深い眠りに落ちていった。
物凄く安らかで、童心に帰った我が身を癒すような眠りに落ちた。
「・・・・・・」
そのそばで陰から見つめていた者がいる。
なびく金髪に、緑色の眼をした美青年が。
「(あいつは一体なんなんだ・・・?それに、社長が先輩に対してそんな思いを秘めていたなんて・・・)」
星宙エリック。壱原琉輝の後輩にして同居人でもある青年。
密かに後を付けて隠れていた彼は、事の顛末を全て見ていたのだ。
覚吏を連れ去り、渋谷方向に飛び去った謎の影を目撃した瞬間を―――
「(いずれにしても先輩には無事でいて欲しい。なんだか、とても嫌な予感がするんだ―――)」
暫く後に彼は飛び立った。
その瞳は、己のなすべき使命を思い出したかのように、導かれるようにして姿をくらました。
風に乗る青年は、天空を司る魔神としての自身の在り方を取り戻した。
―――一方その頃。
「どうだ?たまには東京のドライブってのもいいだろう?」
「目的地は以前として桜田門直行ですけどね。」
オレたちは以前として桜田門に向かっていた。
所要時間は約30分。
今は高速道路を抜けて、そのまま千代田に向かう途中だ。
「スカイツリーや浅草寺といった東京名所は、行きたくなってくるだろう?」
「いいえ別に。」
「即答…(^^;) ど、どうしてそう思ったのかな?」
「スカイツリーは初任務で行きましたし、それに浅草寺は実家の近くにあるので。」
「そ、そういえばそうだったね。あはははは…」
「・・・ハァ。」
浅草寺が実家の近くってのも、うちの実家は代々、待乳山聖天を守護する『壱原歓喜天結衆』の本元で、今でも家は聖天守護を目的とした『聖壱原歓喜道場』という育成機関として経営を行っている。
多くの学問や、武術指南といった表修練や、山伏としての山間修行や人工霊脈との接続など、時代を間違えたとしか言いようがない裏修練を行っている。
・・・まあ中身が中身なだけに、道場出身者は警察といった公務の仕事につきやすい傾向にある。
ぶっちゃけるとオレも道場出身だ。しかも特級の。
実家だから当たり前だというツッコミはさておき、もう二度と実家には戻るものか。
オレはオレ自身の正義を求めて生きているんだからな。
「・・・思う所があるようだね?」
「・・・いや、昔の話しっスよ。」
「そうか・・・」
そう言ってオレは、コンビニで買ったハイボール缶をクイッと飲み干した。
どこにでも売っているようなレモンチューハイのさっぱりとした後味が、そんなもやっとした気分を打ち払う。
【緊急―――発令…緊急sy―――発令…】
その直後に、景虎さんの車に取り付けられた無線機に通信が入った。
「景虎さん、信号―――!」
「何が起こった!?」
景虎さんが信号を合わせると、次のメッセージが画面に写る。
「渋谷駅前で正体不明の怪物が多数出現…」
「通行人を無差別に襲い、現在現場の警官が対処中…」
「現場付近の警官は直ちに現場に直行せよ。一般人の被害を最小限に抑えるように―――」
渋谷で・・・怪物!?
にわかには信じ難いけど、被害が出ているなら急ぐしかない―――!!
「景虎さん!!最速でどれくらいかかる!?」
「テレポートを使うならすぐだ!」
「じゃあそれでお願いします!!!」
「交差点に出るが構わないな!?」
「時間が惜しいのは分かるでしょう!!」
「了解!!じゃあ行くぞ!!!」
そうしてスピードを出した車両は『空間移動』のメイクですぐに交差点に飛び出した。
「着いたぞ!後は任せるぞ琉輝君!!」
「任せてください景虎さん!!!」
そうして勢いよく車内を飛び出したオレは、一瞬でMODE=Hを使って怪物の所までひとっ飛び。
近くにいた怪物は、黒い泥のようなものを身に纏っていた。
まるで重油みたいにドロドロな物質が湧き出ているようにも見えた。
姿はまさに獣らしく四足歩行で、前脚の付け根の上から大きな腕が生えていた。
まさに異形の化物と名状するに相応しい面影だった。
「しぇえあぁ!!!」
腕からブレードを生成して怪物の首を切り離す。
空中姿勢制御で振り返ると、死体がドロドロに溶けた後に人の死骸が中からゴロゴロと出てきた。
「―――ひっ…!」
一瞬怖気づいてしまった。
一見すればヒトならざる怪物から、人の屍が大量に出てきたのだ。
気でも狂ってなければ誰でも血の気が引くだろう。
「……ッ!!」
オレは一心不乱に首を落とし続けた。
そして、決して『ソレ』を振り返ることはなかった。
―――考えるな考えるな考えるな!!!
今はただ無心で奴らを狩るだけなんだ、ただそれだけなんだ!!
こうしてオレは、何かに取り付かれたかのように、渋谷に跋扈する怪物の首を刎ね続けた。
何体いるかも分からない怪物を、ただ作物を収穫するかのようにその首を刈り続けた。
―――その度に転がる死体の山に目を向けぬままに。
「―――きゃあああああああ!!!!!」
「―――ッ!!!」
どこか遠くで女性の声を聞いた。
当然のことながら、オレの身体はその声のする方向に飛んでいった。
「あ、あの・・・その・・・」
女性はその場で腰を抜かして、ただ怯えるようにすくんでいた。
「■■◆■◆◆◆■■■―――!!!!!」
怪物は爪を降ろした。
ただ目の前にいる命を叩き潰すように、無慈悲に。
「―――しゃぁ!!!」
その爪が女性の身体を引き裂く前に、怪物の首は地に落ちた。
女性の傍らには、翼を持った青髪の青年がいた。
その腕にはブレードが生えていて、血が滴り落ちていた。
「大丈夫ですか。」
「あ・・・あの・・・・・・はい。」
「すぐに安全な場所に案内しますので、少し失礼します!」
そう言うと青年は女性を抱き上げて、翼をはためかせた。
風圧が地面を押し上げるのと同時に、青年の足も地上から離れていった。
「わ、はわわわわ!」
「ちょっと風圧掛かりますけれども、しっかりつかまっててください!」
そう言って青年は大空に飛び立った。
スクランブル交差点を大きく飛び上がり、一番高い建物に降り立った。
「・・・これはひどいな。」
渋谷の景色は、まごうことなき地獄と化していた。
言うまでもなく、交差点には横断歩道がある。
その交差点の模様が真っ赤に染まっていた。
交差点に転がるのは死体の山。
怪物達のなれの果てや、応戦し殉職した警察達の亡骸が、辺りに死屍累々として転がっているのだ。
「あの・・・」
「どうしました?」
「この光景をスケッチしてもいいですか?」
「・・・はい?」
「私、生まれつき目が悪くて白黒にしか見えないんです。だから、風景のスケッチや撮影とかで、素敵なものを表現するといいよって、パパから言われてきたので。」
「・・・別にいいですよ。」
「・・・ありがとうございます!」
そう言って女性はひたむきに鉛筆と画用紙を取り出して、スケッチを始めた。
素人目に見ても、周りの状況や特徴といった大事な部分をしっかりと押さえて書いている。
「すごいな…」
オレは彼女を傍目に街を見下ろした。
地獄と化した渋谷に、怪物が一つも残っていないことを確認した。
「これでいいか・・・」
その瞬間だった。
ストンと、身体を突き抜けるような鋭い感覚が走ったのは。
「―――あ・・・」
オレの身体はそのまま、地に伏した。
胸や背中から、赤い血潮が吹き出したまま気を失った。
「―――合格だ、壱原琉輝君。ようこそ、僕らの世界へ。」
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