第13話 生命と深淵 Ⅲ

「母さんが・・・生きてる!?」


耳を疑う言葉だ。

あの時、ちゃんと葬式に居合わせたオレが、母さんの亡骸を、その目に焼き付けなかったはずはない。

生きてるだなんて、そんな非現実的なことはありえない。


「あ~・・・正確に言うと、母さんの・・・理奈の亡骸とDNA情報から生成した人造人間が、この世界に存在するってことだ。」


「!?」

「それって…つまり?」

「理奈の死には、何らかの思惑があった。・・・と見るのが妥当だな。」

「思惑・・・?」

「そうだ。それも、大それた組織的な企みがな。」


「組織的な・・・・」


母さん―――真登河理奈の殺害には、組織的な思惑があった。

母さんは誰かに殺されただけじゃなく、その死体まで利用されたってことになる。

ああ、腹立たしい。

人間の尊厳を踏みにじった上で、誰かの道具にされたという事実。

ここまで血が沸き立つほどの憤りをオレは感じたことはない。


「・・・そいつらはどこにいる。―――見つけ出してすぐ殺す!母さんが味わった屈辱以上の辱めを与えてから惨めに殺してやる!!」

「落ち着けリュウ!それじゃあお前の母さんを殺った奴と変わらない!今すぐ冷静になれ!」

「じゃあ覚吏はお前の母さん―――学長が無惨に殺されたらどう思うんだよ!!」

「・・・許せない。」

「その犯人がオレだったとしたらどうする!!」

「・・・許せないよ。でも、わたしはそんなに力を持ってない。だから、法律に、この国の正義に罰してもらうしかない。・・・わたしは!あんたみたいに心から憎めるほど強くないよ!」

「憎むことが…強い?」

「そうだよ!憎めるってことは、殺したいって思うぐらい悲しいってことでしょ!?・・・・そんなの、自分の力が強くなくっちゃあ思えないよ。やられたらやり返すほどに強くないと思えないよ。そんな、自分から負けにいくようなバカでどうしようもない愚かなことが出来るの、琉輝ぐらいしかいないじゃないか!」


「…お前は何を言っているんだ?」

「・・・鈍いのね。覚吏ちゃんはあなたを傷つけることは言いたくないから、そう言ったの。代わりにワタシが言うわ。」


―――バチン!!


「!?」

「・・・それでてめえが死んだら元も子もねえよ!」


景虎さんに強く頬を叩かれた。

今まで優しく見守ってきた景虎だが、今は本気でオレを殴った。

オレを強く諭すように。


「相手がどんな能力を持ってるか分からないのに、あんたがただ突っ走って、それで死んだら意味ないじゃないか!」

「―――――。」

「少し頭冷やして、厳一朗の話を聞きなさい!」


確かに、景虎さんの言い分はもっともだった。

相手を殺す、ということに執着心が行き、相手の能力確認を怠っていた。

どんな能力を持っているのか分からない。それがこの世界のルールだ。

そこに目を向けなかった以上、それは自殺を意味するものだ。


「・・・悪かった。親父、続けてくれ。」

「・・・ま、暫く大人しく話聞いてくんな。」


自分はまだまだ未熟だと感じた。

己の激情のまま行動すると、どうなるか。

そういう事を諭してくれた、大人達に感謝しよう。


「さっき琉輝が激昂していたが、確かに俺の経験上では、出棺された遺体をそのように利用するのは、何らかの組織的意図が無ければ不可能だ。」


普通の葬式では、死体処理、納棺後は火葬という流れではある。

しかし、遺体が利用されたともあれば、その前後に何らかの介入があると思ったほうが自然だろう。


「ただ隠蔽するだけなら誰だって出来る。問題は、遺体絡みということだ。」

「だけどパパ。ママの遺体はきちんと処理されたって聞いたけど。」

「…そう。それが唯一の疑問点だ。遺骨も届いたはずなんだ。亡骸を利用して、人造人間を作るなんて、いくら異能が有り余るこの世界でも到底無理だ。」


確かに今の時勢じゃ、人間に瓜二つの物を作り出すなんて造作もないだろう。

だが、人造人間となれば話は別だ。

人間そっくりの高機能AI搭載のアンドロイドだって作り出せる時代ではあるが、『』を作るとなると訳が違う。

例えとしての昔話で、科学者の前身である錬金術師は、ホムンクルスという人造人間を作ろうとした。

果たしてそれが、今こうやって文化や社会に成り立つだろうか?

否。それはフラスコ、即ち胎盤のみでしか生きることは出来ない。所詮は水子と変わりない、人間の出来損ないを造ったに過ぎない。

故に、如何なる異能をもってしても、人造人間は生成出来ないのだ。


「…それより、どうしてそんな情報をわざわざ伝えに来た。この様な話なんぞ、いつでも話せただろうに。」


オレは親父にそう告げた。


「…話しを逸らすようで申し訳ないが、お前は以前、特異班としての初仕事で、ある男の身柄を確保しただろう?」

「・・・ああ、確かに捕まえたな。確か…」

「―――小場トオル、久井原オウ。それから森田イチキ。…だろ?」

オレが思い出す前に、親父は名前を出した。

「そうそれ、そいつそいつ。…んで?そいつと人造人間とはどういう関係なんだ?」


オレは再々度親父に問い合わせる。


「お前はこの情報なんか、いつでも話せた、と言ったな?」

「ああ。実際、どうして今頃伝えた?わざわざティアを連れてまで。…それほどまで、オレとそいつらに関連性があると?今頃、母さんの話を引っ張りだしてまで、オレに―――いや。知らせたい事でもあるのか?」


オレは依然として、親父に目を向ける。


「・・・やれやれ。親の知らぬ間に、これほど成長していたなんてな。

・・・そうだ。これは、この特異班の今後に左右する事案だ。」


「!?」


当たり一辺に、衝撃が走る。


「どういうことなの、厳チャン。ワタシ達がここに集まったのも、全部仕組まれたってことなの!?」

「…流石にそうじゃないさ、景虎。タイミング的に文化祭がちょうどいいって思っただけさ。」


多くの人が集まる文化祭は、確かに誰かと会うのには持って来いのイベントではある。

……景虎さんの来訪は、突然過ぎて理由も聞けなかったな。

「…琉輝のパパ。」

「ん?どうしたんだい?凛ちゃん。」

「…あたしのパパの事……知ってますか?」

「…大川淳。彼は警察役になった彼に、現役の警官である俺の指導を熱心に受けていたよ。意欲的な男だったさ。……彼が事故で亡くなったことは、まるで昨日の事のように思い出せるさ。景虎と一緒に、冥福を祈ることしか出来なかった。……惜しい人物を亡くしたもんだ。」

「景虎が、琉輝のパパについて、いっぱい喋ってました。

…強い男だって。決してくじけず、決して諦めず、皆のいいところ悪いところをしっかりみて、それをカバー出来る、接着剤のような男だって。」

「…癖のある評価をありがとう。景虎。…凛ちゃん。琉輝の事、よろしくね。」

「…!はい!しっかりと、琉輝の言うことを聞きます!」

木戸川の尻尾が、かなりの頻度で振られている。

「ハハハ、なつかれてんなぁ、琉輝。…しっかりと、この子の面倒をみてやれ。」

「ワタシからも~、お・ね・が・い・ね?こう見えて、結構寂しがり屋さんだから。」

「あんたらはオレをどういう目線で見てんだ!?」

「俺はお前の父親だ。」「凛ちゃんの保護者でぇ~す!」

「「つまりはそういうこと(だ)。」

「ふざけんのも大概にしろ!」

ああ、ムカつく。

見習う云々の前に、こんな適当な大人であることを忘れてはいけないな。

そこのピンク髪の女を筆頭に、平和ボケするわけにはいかないしな。

「的確過ぎて草も生えん」


「…まあ話題を戻すとして、まずはこいつを見てほしい。」

親父は鞄から、ある小さな箱を取り出した。

「…これは?」

「母さんの話が書かれた手紙が入ってた箱だ。」

一見すると、緊急措置用の医療箱に見える。

ふたには確かに、手紙らしきものを貼り付けていたと分かるテープの剝がし跡が。

中にはもう一つ手紙があり、近くに何やら錠剤らしきものも目に映る。

「手紙の内容としては、『お前の妻、真登河理奈のDNA情報を素に、我々は人造人間を作り出すことに成功した。ただし、これは試験的なものであり、この成功を礎として、我々は忠実な傀儡を量産する。くれぐれも、これを他人に知られることのないよう期待している。 DeOrga』と、怪しさしかない文面が綴られている。」

「ディオルガ?なんだそれ?」「聞いたことも、見たこともないものですね。一体何を意味するものなのでしょう?」

「…これが届いたのは2ヶ月前。琉輝が初任務をこなした後に、俺の下に届いた。」

「宛先人は?」

「当然分からん。DeOrgaという情報ぐらいしか入ってこなかった。」

「ティア、これを知ってたか?」

「いいえ。わたしだって知りませんでした。というよりここ暫くは、外部情報すらシャットアウトされてたので、パパが何してるかなんて知りませんでした!」

「外部情報のシャットアウト?」

「ティアの能力が抑制されていたんでな。ここ3ヶ月ぐらいは完全遮断して、よく馴染むよう整えていたんだ。」

「はい!おかげさまで完全制覇!って感じです!」

「ふぅん……」

狂犬に手綱が掛かって安心したが、DeOrgaという謎の組織が主犯と見て間違いないか。

「というか~、ずっと思ってたんだけど、もしかして琉チャン。厳チャン家にいたの?」

景虎さんがオレに向かってそう言った。

「まあ…母さんが死んだあとは、親父の家で過ごしてました。」

「そうだったの!?」「まあ、ここに住むまで、ですけどね……3~4年位だったか?」

もう曖昧な記憶となりつつあるあの頃だが、今はそれを振り返る時ではない。

「…お前が以前逮捕した小場トオル、森田イチキ。あいつらもDeOrgaの組員であることが取り調べで発覚した。」


「!?」


なんてこった……

こいつはとんでもない事態になってきたな。


「久井原オウは、奴らに自らの不祥事の証拠で脅されて、計画に協力していたという情報を入手した。……職場の女性や民間人へのセクハラ行為等の公然わいせつ、着服や横領も少なくなかった。これらを何らかの介入でもみ消されてたが、琉輝の活躍で一網打尽となったわけだ。」


思ったよりも根が深そうだ……

理由や方法はともかく、こりゃあ箱は大きそうだな。

下手すりゃ国家権力レベルかもわからんな……


「とすると必然的に、この特異班も存亡自体が危うくなる。DeOrgaの連中が、大きな影響を与える規模なのは明らかだ。」

「じゃあ、ここも解散されるってことかよ!?」

「……可能性がなくはないとは、とても言えないな。」

「……ちくしょう!」

「―――――。」

「景虎……あたしたちどうなるの?」

「……どうもこうもないわね。ワタシ達がやってきたことも、全部オジャンになるの。ここもじきに、上層部に取り潰されるわ。」

「―――――そんなのいやだ!あたしはようやく、皆と仲良くなれると思った!…なのに、また引き離されるなんていやだ!ねぇ、なんとかしてよ景虎ぁぁ!」

「……ワタシじゃどうもできないわよ。奴らの存在を明らかにするの、結構な自殺行為って分かっているから。」

「そんな……あぁ……あ、あぁぁぁぁぁ……」


―――地獄だ。

辺りが一瞬で、地獄と化した。

一人は己の無力さを痛感し、燻る。

一人は虚しさに圧殺され、言葉を失った。

一人は助けを乞うも、絶望的な状況に泣きむせぶ。


―――こうなったのも、全部オレのせいだ。

この世には、『』がいることを痛感した。

ああ、また飲まれる。

怒りに。悲しみに。憎しみに。悔しさに。

そして、この地獄を招いてしまった、オレ自身の愚かさに。


だけど、心の底から声が聞こえる。


『 叛逆をしてみないか? 』


『 限界を超えてみたくはないか? 』


そう聞こえた矢先、あの箱に視線が向く。

あの錠剤に、異常に心を惹かれる。


「……おい、親父。」

「どうした?」

「……これって、なんだ?」


オレは錠剤を手に取った。

少しピリッとしたけど、そんなのは気にならなかった。


「……ああ、それか。手紙には、『もし、息子が生きて顔を合わせた時に、封印された真薬が、新しいステージに連れていくだろう』とだけ書かれていたが、どうも、その錠剤には強い電流が流れていたんだが……」

「……封印、ねぇ…」

「まったく詳細が分からなかった。どういう仕組みなのかもさっぱり。だが、お前は何事もなかったかのように取っている。それこそ、その薬がお前を選んだかのように。」

「……」


声が響く。


『 早く飲め 』 『 早く飲め 』

『 それで立ち向かえる 』『 それで立ち向かえる 』


―――ええい。急かさなくても飲んでやるさ。


そして、液体化してそれを飲み込んだ。







「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


するとどうだろうか。

たちまち全身が焼け爛れるような痛みを感じた。


「…………ッッッッッッッッアアアアアアアアアアアァァアァArrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrraaaaaararrarrararar■■■■■■■●●●●■■■■■■■30ifve:psl3r8^[30ix1,0rウt8940jnf9udu@04eg5ufj@azhugra29380t76f@97q32')'!#7ああああああああああああああ!!!!!!」


痛い。痛い痛い痛い痛いいたいいたいいたいいたいイタイイタイイタイITAIITAIITAI―――

熱い寒い重い苦しい辛い甘い辛い苦い軽いキツイいたいいたいいたいいたいイタイイタイイタイ―――


頭の中が虹色に点滅している。全身の感覚がなくなっていく。そしてあたまのなかがあかくそまっていく。

めがあつい。はきけがする。なにもかもとけていく。


てんごくとjigokuヲittariキタrisiteイル。

moウなニモきこエナい。


―――AAAaaAAAAA Aaaaa AAAAA AAaAAAAAAAAAaAAaaaaaAaaaaAA`aAAaaAAaaaaaAaaaaAAAAAAAAAaaa.


* = * = * = * = * = * = * = *


「―――――せ、んぱい……」

「そんな……」

「琉輝……」


お兄ちゃんが、悶え苦しんでいる。

全身から血を吹き出し、常に血涙を流している。


―――何故だろう。声が聞こえる。


『 天国と地獄を行ったり来たりしている。 』

『 もう何も聞こえない。 』

『 深淵から、声が聞こえる。 』


きっとお兄ちゃんが死の狭間で呟いているんだろう。

人ならざる声を上げていても。

なら、わたしが取る行動は一つ。


―――きっとそれは、思うよりもずっと早く動いていたんだろう。

わたしは苦しんでいるお兄ちゃんの顔を掴み―――


「!?!?」


お互いの唇を、静かに重ねていた。

わたしの全てを流し込むように、やがては舌を入れ、素肌を晒し重ねていった。

わたしは迷惑をかけていた。知らないうちに傷ついて、心に孔が開いてしまった。

わたしは、けっしてその子の代わりにはなれないけど。

わたしなりに、琉輝くん―――お兄ちゃんの心の孔を埋めたい。

『そのために、死なないで。』

自分本位な願いで、わたしは生命力を与え続けた。


「■■■■■■■■■■■■■■ッッッッッッッッ!!!!!!」


つらいよね。痛いよね。

代わりになれなくてごめんね。

今はきっと受け入れなくても、この想いだけは届いて。

皆も帰りを待っているんだよ?

さあ、もう楽になろう?



「―――■■■■■■■■■■■■■■ッッッッッッッッアアアアアアアアアアアァァアァ!!!!!!」


激しい叫び声が上がった時、わたしは静かに意識が薄れていた。


「ぉ…にィ…ちゃ……ん………」


もう、これが限界だった。


「助けられなかったら………ごめ………ん………ね………?」


わたしは神様に、全てを委ねるように、眠りに付いた。



* = * = * = * = * = * = * = *



とつぜん、何もかもが安らかな気持ちになった。

痛みも薄れ、刺さるような苦痛も消えた。


『 深淵にようこそ。壱原琉輝オレ。 』

『 今は、とにかくおやすみなさい。 』


そう聞こえた後に、頭の中は白く染まり。

気力も何も起きないまま、安らかな眠気が襲い掛かる。


深い深い、生命の淵に沈んでいく。

意識は、心の海に、沈んでいく。

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