第26話 暴虐の火竜

「■■■■■■◆◆◆◆▲▲▲▲◆◆■■■■ォォォ!!!!!!」


―――暴力的な熱波、圧倒的存在感。

それらが形どるシルエットの正体こそ火星の竜、【アレス=サマエル】たる赤き魔竜だ。


人の姿に近しいものはそこにはなく、その姿は伝承にて語られるドラゴンそのものだった。


―――サマエル。

伝承では死を司る存在、偽神ヤルダバオトの別名、黙示録の獣たる赤龍とされた。


―――アレス。

ギリシャ神話の軍神であり、戦乱の狂気を司る存在。ローマ神話では最高神の一角であるマルスとされており、青年の理想とされた。


この二つの存在に何の接点があるだろうか。


―――その接点こそ【火星】である。


サマエルは火星の天使であるとされ、アレスは火星がマルスと呼ばれているため、この二つの存在が火星という共通点で結び付いた。


即ちドレイクと名乗る存在は、火星の化身たる神にして七つ首の邪竜。

世界を壊し、再生するもの―――大いなる天敵アークエネミーたる大敵サタン、そのうちの五帝である【火星の邪竜アレス=サマエル】そのものなのだ。


「――――こんな形でサマエルを目覚めさせるとはな…吾の行いが裏目に出てしまったか。」


吾は今途方に暮れていた。

瀬名と絵里、二人は圧倒的な強さを秘めている。


―――下手すれば、ベルゼブブの率いるゴーレム軍団や世界中の軍隊ですら赤子の手をひねるかのようにあしらうほどに。


だがサタンは違う。

あの二人が世界にとってのイレギュラーなら、サタンという存在はこの宇宙に対しての【】だ。


別名を、【】といい、旧き世界を破壊して新しい世界を創造し巡回する、世界の法則すら超越した存在だ。


あの状態の二人では、サマエルに瞬殺されるのが目に見える。


「―――やむを得ないか。」


吾は二人に向け鎖を放った。


「「!?」」


【聞こえるか二人共、吾が一時的にフォローする!】

「どういうことですか、マイヤ様!?」「俺たちに援護するんですか!?」

【奴はサタンだ!全力を出さねば死ぬのはお前たちだ!】

「さ、サタン!?」「あいつがサタンですか!?」

【吾としたものが迂闊であった、まさかあの者がよりにもよってサマエルだったとはな……】

「マイヤ様、サマエルってなんですか?」

【一言で言えば、全てを焼き尽くす火星の化身だ。】

「全てを…」「焼き尽くす…?」

【そうだ、奴は存在するだけで果てしなく激しい熱波を放つ。並みの建物や生物だと軒並み焼き尽くされるほどの熱波をな―――】

「言われてみれば、確かに少し熱くなったと思いましたが…」「あいつの仕業かよ…!?」


サマエルが放つ熱波は凄まじい。

ここが虚数空間だからいいものの、これが現実世界に出ればどうなるか創造に難くない。


―――東京は忽ち、奴から放たれる凄まじい熱気から発生する衝撃波で都市群は壊滅。

少しでも奴に攻撃したものならば、直ちに敵と見なされこの国全てが燎原と化し、暴走を止めない限り、地球全土が憤怒の炎で灰燼に帰し、やがて宇宙すら焼き払う超爆発を生み出し、世界は滅び、新たな世界が奴の炎によって産まれてくる。


少し熱くなったで済ます我等も大概だが、あのような存在は本来いてはならないはずだ。


それこそ、世界の終末に現れる存在そのもののように――――


【なんとかして奴の動きを止めてもらいたい、頼めるか二人共!!】

「お任せくださいマイヤ様!」「俺らが食い止めるぜ!」

【頼んだぞ、二人共!!】


そして二人は息をする間もなく、激しい弾幕を張り続けた。

盾から放たれるビームと、影から衝撃の刃を放ち、サマエルをなんとか食い止めようとするが―――


「■■■■■■◆◆◆◆▲▲▲▲◆◆■■■■ォォォ!!!!!!」


「聞いてない…」「あんだけ攻撃浴びせたってのに、弱る気配すらねぇ―――」


―――考えられる限り、最悪の状況だった。

サタンへの攻撃は、並みの生物では傷すら与えられない。


我等御使いであれば或いはと思ったのだが――――

ここまで、とはな。


「―――やむを得ない、強制終了だ!」


吾はサマエルに繋いでいる鎖を外した。

マナの供給を止めれば暴走も止まるはずだ―――!


「■■■■■■、◆◆◆◆▲▲▲▲◆◆■■■■ォォォ!!!!!!」


するとどうだろうか。

サマエルは忽ち力を失い墜落し、いつしか人の姿で看板に倒れ込んでいた。


「――――ッ。」


倒れ込んだサマエルは、マグマをたらしながらも、その身体をぴくりと動かした。


「もう意識が―――」「構えろッ、絵里!!」


瀬名と絵里が咄嗟に臨戦態勢を取る。


「―――二人共止めよ!」

「「!?」」


吾は咄嗟に二人を静止し、サマエルの元に駆け寄った。

駆け寄った、直後だった。


「―――ゴブフォ!!」

「「「マイヤ様!!」」」


情けないことだ、吾の予想以上にマナを持っていかれたらしい。

余りの負荷に耐え切れず、こうして吐血してしまったのだから。


「……大丈夫かよ。」

「ああ、気にするなサマエル……少々………無理をしすぎただけだ―――ゴハァ!」

「マイヤ様、無茶は行けませんですじゃ、すぐさま病室にお戻りください。」


激しい戦闘を陰ながら見ていたラーズが吾の身体を起こす。


「病室……って、おい!てめぇ病人ならじっとしてろ!!」

「気遣いは感謝しよう、サマエル。だが吾は病人ではない、少しばかり身体が弱いだけだ。」

「それを病人って言わずになんていうんだよ!!!あとその名前はやめろ!」

「ハハハ、あんなに暴れていたのにすっかり元気だな。」

「んなのはどうでもいいだろ!そしてこの空間からオレを出せ!!」

「そうであったな。―――絵里。」

「は、はい!空間収縮フィールドアウト!」


そう言うと、忽ち元通りの磯の香りが鼻を刺激する。


―――同時に衝撃波が、周囲に走った。


「……些かやり過ぎなのではないか?」

「本気出せっつったからあの姿になったってのによぉ!!」「だいたい、姉さんとドレイクさんが悪いんですよ!!解除後のことを考えずに派手にやっちゃって!!」「俺だけの責任じゃねぇだろ!!元はと言えばあいつが悪いんだしさぁ!!」「だからドレイクさんも悪いって言ってるじゃないですか!!」「一方的なオレへの責任転嫁やめてくれる!?」


とまあなんか仲良くなったっぽいので結果オーライとするか。


「さてドレイクよ、約束通り先見への手助けをしよう。」

「そうだな、ベルゼブブは何処に居る?」

「少し待っててくれ。」「頼む。」


そうして吾はベルゼブブの現在地を割り出した。

瞑想しベルゼブブのマナの波長を探知する。


―――お、見つけた。


「では宣託を下そう。」

「…………」


「ベルゼブブは渋谷にいる。」

「渋谷?一体どうして―――」

「さて、それは吾とて預かり知らぬ。ベルゼブブ当人に聞くが良い。」

「―――あんがとな。」

「礼を言うのは吾の方だ。久々に面白いものを見せてもらった。」

「それで血を吐いてりゃ世話ないですけどねぇー!」

「アッハハ、瀬名のそんな顔は久しぶりだな。」

「いいから戻りますよ!俺の顔なんか見ても面白くないってのに…」

「ではドレイク。―――――健闘を祈る。」


―――そう言うと、いつの間にか奴らは姿を消していた。


「渋谷―――そこにベルゼブブはいるんだな。」


オレは少し休んでから、渋谷まで飛んで行くことにした。


―――きっとこれが、最後の平和な一日を過ごすことなるとも知らずに。

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