第12話
岩の端に立ち、体を前方に押し出す。顎を引く。全身をまっすぐ伸ばす。光を受けて輝く水面の一点に視点を定める。入水の角度は30度。
水しぶきが上がった。あざ笑うように、泡が視界を妨げる。
失敗だ。悔しい。
悔しいと思える自分がいる。
悔しいと素直に思える自分がいることが、素直に嬉しい。
泡はすぐに消え、視界が鮮明になる。
水中に、一筋の光が差し込む。
陽子さん。
海斗は心の中で彼女の名を呼んだ。
あの夏が終わり、急速に色々なことが起こった。
まず、2学期最初の体育の授業で、水泳の試験があった。海斗はぎりぎりで試験をクリアし、周囲を驚かせた。
例の裁判ごっこを問題視したクラスメイトが本腰を上げ、職員室に相談を持ちかけた。これまで“学年2位達”によるいじめの報告は聞いても証拠を押さえられず指導できなかった教師陣が、“学年2位”の周辺人物に聞き取り調査を行った。
“学年2位”本人がいじめへの関与を否定し、教師を論破し、話は平行線をたどる一方だったが、教師に目をつけられたと思ったらしい“学年2位”は加害行為をきっぱり止めた。まるで、最初から何もしなかったかのように。
秋の修学旅行で飛行機に乗った際、男性の客室乗務員が格好良く見えた海斗は、独学で接客業の勉強を始める。通常時期のアルバイトは校則で禁止されていたため、年末年始に神社のアルバイトをした。女性の巫女だけではなく、男性は作務衣を着て行う仕事があったのだ。
4月になり、3年生に進級すると、どういうわけか“学年1位”がロードバイクを始めた。レースではなく、海斗の父親がやるようなヒルクライムに挑戦したいらしい。受験生なのにロードバイクに興じながら、成績は全く落とさない。“学年1位”は頭脳が違う。
海斗は自分でも気づいていなかったが、英語の成績が良かった。将来の夢は特にないが、国際学科がある大学を志望している。この期に及んで、男性の客室乗務員が格好良いと思っている。
水から顔を上げると、深く息を吐いて体の力を抜いた。海の遠くの方で、水面が煌めいた。
あの夏からちょうど1年が経った。
“秘密の場所”で、海斗は泳いでいる。
祖父母の家を訪ねようとしたが、祖父母から断られた。昨年のこともあり、海斗は未だに祖父母と良好な関係を築くことができない。訪問は母親からも止められ、こっそり父親が行かせてくれた。父親の知り合いがやっている旅館に予約もしてある。
今日は8月14日。
もしかして。もしかすると。いや、そんなわけ、ないか。
胸の内に湧いた期待は、鼻で笑い飛ばす。
海斗は仰向けになり、水に浮いた。
空に手を伸ばし、太陽の光に目を細める。
――あなたが私の、貴重な光だったよ。
違うよ。
あなたが俺の煌めきなんだよ。
煌めきだったにしてしまいたくない。彼女が来ることはないと頭ではわかっている。
全てを終わらせ、自分が独りであると自分に突きつけるために、心が裁かれる瞬間を待つ。
【「海が太陽のきらり」完】
海が太陽のきらり 紺藤 香純 @21109123
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