第5話

 ――静粛に。これより、裁判を始めます。



 ――被告人は、7月……日、購買前でクラスメイトに暴行を加え、原告を恐喝。その様子を動画に撮りネットに拡散させようとした。この事実に間違いはありませんか?



 ――被告人は普段から良好な関係を築かず、わざと輪を乱す行動を取りたがります。暴力に訴えるのは時間の問題だと、普段から危惧していました。



 ――被告人は心ない人です。その証拠に……



 ――傍聴人、静粛に。傍聴人に退廷を命じます。



 ――被告人、異論はありますか?



 ――判決。被告人は有罪。1年半の……



 ふざけるな。

 息が苦しくなり、目が覚めた。

 目にとびこんできた和室の天井が、ここが祖父母の家だと実感させる。

 障子から入ってくる光は容赦がなく、すでに日が高いことを物語っていた。

 海斗は重い体を起こし、額の汗を拭った。

 久しぶりに嫌な夢を見た。1か月前の記憶だ。

 幼稚な裁判ごっこだった。ふざけている。誰が本気にするのか。

 鼻で笑った海斗は、鼻っ柱をへし折られた。

 皆が裁判ごっこの判決を本気にしていた。

 原告も、傍聴人までもが。

 判決を言い渡された海斗は、気にしないはずだった。しかし、気づかないところで気にしている。

 今の自分は、まるで海で溺れる極悪人だ。



 朝食には見向きもせず、海斗は海水浴場へ向かった。

 すでに乾いていた海パンは家で着用し、Tシャツではなく水色のパーカーを着て、蛍光イエローの浮き輪とゴーグルを携えて。

 なぜか自然と足が向いた。

 蝉時雨と陽光が降り注ぐアスファルトの上をひたすら道なりに進み、昨日と同じ海水浴場の、同じ場所にたどり着く。

 昨日のように浮き輪をつけて海水に身を乗せた。

 強すぎる日差しの海で、海斗はぼんやり考える。

 自分はどこに行っても“異邦人アウトサイダー”だ。馴染もうと努力しても、馴染むことはない。いつの間にか人の輪から外れ、高みの見物をしてしまう。

 輝く水面で目がくらみ、海斗は目をつむった。その瞬間に波に足を取られ、バランスを崩す。ところが、浮き輪に掴まる手が奇遇にもバランスを持ち直した。

「おはよう、海斗くん」

 掴まる手と反対の手でゴーグルを外す彼女は、からりと明るく笑う。

 海斗は浮き輪にしがみつきながら、何とか挨拶をした。

「おはよう、陽子さん」

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