第4話

 照り返しの強いアスファルトの上を、ひたすら歩く。夕方でも、昼間と同じくらい暑い。アブラゼミの鳴き声で揚げられてフライドカイトの出来上がり、なんて冗談では済まないような暑さだ。

 蛍光イエローの浮き輪を腕に通し、真新しいゴーグルを首から下げ、海斗は祖父母の家を目指す。

 本日は、予想外な一日だった。



 ――泳いでみたい?



 陽子に訊かれ、海斗は頷いた。それが運の尽きだった。

 海斗は浮き輪とゴーグルを買わされ、17歳にして浮き輪に乗る羽目になった。

 まずは水に慣れるになること。

 そのために水に浮くことを覚え、恐怖を和らげるために目をゴーグルで保護すること。

 それができれば、少し泳いでみよう。

 ところが、海斗は浮き輪にしがみつくことで精一杯だった。

 そんな海斗に対して陽子は、まぶしいくらいにテンションが高かった。

「逆らわずして勝つ!」

 意味不明。しかし、楽しそう。陽子は本当に泳ぐことが好きなのだ、と海斗は理解した。海斗の身近にも、陽子と似たタイプの人がいる。



「父さん?」

「おお、海斗。おかえり」

 やっとの思いで帰宅した祖父母の家の前に、父親がいた。汗びっしょりになりながら、ロードバイクを拭いている。東京の自宅で見慣れた光景だが、他の場所でも同じことをするとは、海斗は思わなかった。

 父親はしゃがみ込んだまま、呆然と海斗を見上げる。

「何?」

 海斗が父親似の眉根を寄せると、父親は我に返って破顔した。

「海斗が、がっつり遊んでくるなんて、何年ぶりかな」

 父親の視線は、蛍光イエローの浮き輪に向けられる。

「がっつり遊んでなんか、いない。必死だったよ」

「そうか、そうか。がっつり遊んできたように見えたけどな」

 父親は立ち上がり、海斗の髪をぐしゃぐしゃに撫でる。生乾きの髪から、海水の臭いと砂が落ちてきた。

「父さんは、がっつり遊んできたの?」

「遊んできたよ。久々の地元なのに、自転車で走ると全然違って見える。苦しくて必死だけど、走っている間は嫌なことを忘れられる」

 そう語る父親の表情は、苦しさも必死具合も感じられないほど清々しい。父親は本当にロードバイクが好きなのだ。

「海斗、おつかれさま。風呂入っておいで」

 海斗は頷いて、先に家に入った。

 風呂で執拗に洗髪をして一日分の汗を洗い流すと、急に体が重くなった。こんなに疲れたのは、久しぶりだ。

 ふらふらと台所に向かい、麦茶を片手に鍋をのぞく。今日の夕飯は、イカと里芋の煮物だ。海斗は里芋をつまんで口に放り込んだ。

「海斗! なんでわざわざ鍋からつまみ食いするの! つまみ食いされてもいいように、皿に盛ったのに!」

 早くも母親に見つかり、海斗は、美味いよ、と褒めておいた。

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