第3話
「海斗くん、ごめんね。ほっぺた叩いちゃって」
焼き鳥と炭酸水という奇妙な組み合わせを注文した陽子は、申し訳なさそうに手を合わせた。
海斗は海鮮焼きそばを頬張りながら、何のこっちゃ、と首を傾げたが、溺れて助けられたときのことかと察する。
「別に、何とも思っていないよ。助けた人があんな状況だったら、俺だって往復ビンタすると思う」
自分が誰かを助けるられるなんて一生ないと思うけど。
自虐の言葉は、アイスウーロン茶と一緒に飲み込んだ。
海の家のテーブルに着いた陽子は、鮮やかなオレンジ色のパーカーを水着の上から羽織った。海の家の他の客は、水着のまま食事を摂ったり休憩しているが、海斗は陽子に倣って、家から着てきたTシャツで素肌を隠した。今の海斗は、遠目から見られたら、Tシャツと短パンの変態さんだ。この場所くらいは許されてほしい。
「陽子さん、泳ぎが上手いんだね。地元の人は泳げるものなの?」
海斗が訊ねると、陽子は腕を組んで考える。
「何もないところだから、昔から海が遊び場みたいなものなんだよね。町営のプールはあるけれど、海は無料だから」
その町営プールは、現在改装工事中だという。書き入れ時だろうに町は惜しいことをした、と陽子は考察する。
陽子は、海が遊び場だと言う割に白い肌をしている。本当はプール派なのかもしれない。
「……答えになっていなかったね。そういうわけだから、水に抵抗感がない人は多いと思うよ」
「そうなんだね」
会話が思いつかず、海斗はとりあえず目の前の焼きそばを平らげることにした。空腹ではないが、完食できそうだ。
陽子は腕組みを解き、炭酸水に口をつける。
「酒ではないよな」
海斗の口から、思ったことがそのまま出てしまった。
「お酒じゃないよ?」
陽子は驚いたように目を丸くし、白い歯をみせて笑った。
「まだ
ということは、19歳か。年上だとは思っていたが、海斗とあまり差がない。
「誕生日、近いの?」
海斗が訊ねると、陽子は、16日、と答えた。あと1週間もない。
「海斗くんは? 学生……だよね?」
「高校2年、す」
「この辺の学校ではないよね」
「東京。父親の実家がこの近くで、お盆休みにかこつけて連れて来られた」
「ご愁傷様です」
陽子は焼き鳥を2本、焼きそばの皿に乗せてくれた。海斗は一度断ったものの、結局ありがたく頂戴し、完食した。
「さて、泳ぐぞ!」
海の家を出ると、陽子はパーカーを脱いで腕のストレッチを始める。白い砂浜と露わになった白い腕がまぶしい。海斗は欲よりも、彼女は日焼けに抵抗がないのだろうかと疑問に思った。
「陽子さんは、泳ぐのが好きなんだね」
「うん、好きだよ。泳いでいる間は、嫌なことを忘れられる」
「嫌なことを忘れられる」
海斗は繰り返した。
波が大きく打ち寄せる。ふたりのつま先が一瞬だけ水に触れ、波は引く。
雲ひとつない空から、太陽が容赦なく照りつける。
「俺でも、嫌なことを忘れられると思う?」
陽子は、太陽の光を受けるかのように両腕を大きく広げた。
「泳いでみたい?」
海斗は黙って頷いた。
太陽のせいだ。いつもなら断ってしまいそうなことを受け入れてしまうのは。
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