第2話

 海辺の町は、東京と変わらず暑い。太陽のせいだ。

 SNSでは、この連休を利用して海外旅行やテーマパークを満喫するクラスメイトが自慢げに写真をアップしている。

 海斗は、何も自慢するものがない。

 お盆休みだからと理由をつけられ、お盆前の土曜日に父親の実家であるこの町に連れて来られた。

 でもそれは、両親なりの気遣いでもあると、海斗は知っている。

 高校で晒し者にされた海斗に、少しでも気を紛らわせてほしいのだ。

 だから、お盆休みにかこつけて、この町を親子3人で訪ねた。それも、数年ぶりに。



 祖父は、離れた場所にある畑に行った。

 前日の運転の疲れが出て朝寝坊した父親は、日が高くなると趣味のロードバイクに興じる。

 祖母と母親は、大掃除。

「せっかくなんだから、海斗は遊んで来なさいよ。海水浴場に若い子がいっぱいいるでしょう」

 母に小遣いを持たされ、海斗は家を出された。

 水着を持ってこなかった海斗は、海の家で水着を買い、海に向かう。

 海は嫌いだ。波の音を聞いていると、変に気が高ぶりそうになる。絶え間なく波が押し寄せてくる様が、落ち着かない。

 水泳も苦手だ。水に入ると体が沈んでしまう。手足が思うように動かない。飛び込みしようものなら、水面に全身を打ちつけてしまい、痛くて泳ぐどころではない。運の悪いことに、海斗は小中高校ともプールのある学校に進んでしまった。

 海水浴に興じる人達から離れ、海斗は波打ち際に立ってみた。

 太陽が容赦なく照りつける。暑さから逃げるために、目の前の水に入ろうという気になった。

 海の中で少しずつ歩を進め、胸元まで水に浸かる。意外と平然としている自分に驚いた。

 視線の少し先には、すっと泳ぐ人がいる。

 その人に見とれた瞬間、視界が消えた。波が顔にかかり、バランスが崩れる。

 あ、やばい。

 脳裏に浮かんだのは、終業式前日の体育の授業で溺れた自分。意識はあったらしいが、記憶がとんでいた。体育教師に助けられるも、クラスメイトの視線は冷ややかだった。



「あなた、大丈夫?」

 はじけるような女性の声と頬の痛みで、海斗は我に返った。

 背中に砂の感触がある。逆光になって相手の顔は見えないが、若い女性が海斗を覗き込んでいるのはわかる。

 海斗は、ゆっくり体を起こした。

「もしかして、助けてくれた、とか」

「助けたなんて大袈裟だけど、そんな感じ。ごめんなさい。私が近くで泳いでいたでしょう? 驚かせてしまったね」

 女性は立ち上がり、海斗に手を差し伸べる。

「ちょうどお昼時だから、何か食べに行こうよ。今のあなたに必要なのは、休息と栄養補給……と、私からのお詫び」

 海斗は女性の手をとって立ち上がった。

 相手はやはり、“少女”ではなく“女性”だった。高校2年生の海斗より何歳か上だろう。長い髪はお団子にまとめていたようだが、ヘアゴムが伸びて崩れかかっていた。スクール水着でもビキニでもなく、水泳競技の選手のような水着を着ていた。

 美しい、と海斗は思った。

 女性の美醜なんて興味がないと思っていたが、この女性は美しかった。

 整った顔立ちもそうだが、背が高く細いながらも筋肉のしまった体は、スポーツ選手のようで無条件に尊敬してしまう。何より、凛とした佇まいに品格を感じる。

 海斗が今まで出会ったどの女性とも異なる、好印象の女性だった。

「あ、そうだ。私は陽子。地元の田舎者です」

 自虐的な自己紹介も皮肉に感じず、海斗も「海斗です」とすんなり名乗れた。

 手をつないでいたことに気づき、ごめんね、とふたりして謝り、照れくさくて笑うしかない。

 太陽のせいだ。太陽の陽子のせいだ。彼女の泳ぎに一瞬で見とれたから、海斗は海の中でバランスを崩した。彼女があまりにも気さくだから、海斗は信用してしまう。

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