第7話

 本日の夕飯。

 炊きたての白ご飯に揚げたばかりの鶏の唐揚げを乗せ、冷たいネギ塩だれをかける。

「うまい……っ」

 海斗が感嘆すると、母親が素っ頓狂な声を上げた。

「海斗、一体どうしちゃったの! つまみ食いもしなかったし!」

「あ、いや、美味いんだけど」

「あんた、どこか具合でも悪いんじゃないの?」

「具合が悪かったら、美味く感じないだろ」

 母親が絡んでくる理由がわからず、海斗は母親をあしらいながら唐揚げ丼をかきこんだ。

 冷房の効いた畳の部屋で胡坐をかいて、テレビを見ながら食事。

 東京の家で、ここまでリラックスして食事をすることはない。

 テレビのニュース番組では、昔の飛行機事故の慰霊祭の様子を中継していた。祖父母は、懐かしい、と呟いた。



 祖父母は早寝。昼間はロードバイクで山道を走ってきたという父親も、テレビを見ながら目を細める。海斗も昼間の疲れが出て睡魔に襲われる。

 眠くない母をよそに、海斗も父親も、就寝することにした。

「海斗」

 部屋の前で、父親に呼び止められる。

「お前が『美味い』と言いながら、がつがつ食べるなんて、10年ぶりなんだぞ」

 そうか。海斗は母親の反応の意味を初めて知った。

「でも、10年は言い過ぎだろ」

「いいや、本当に10年だ。海斗はいつの間にか感情を口に出さなくなっていたからな。きっと、母さんは嬉しかったんだよ」

 父親は、海斗の頭をぐしゃぐしゃに撫でる。

「でかくなったな。父さんより背が伸びただろう」

「春の健康診断で176cmだった」

「まじか。父さんは173cmで止まったのに」

「母さんが高い方だよな。165cmって言っていた」

「海斗は母さんに似たんだな」

 父親は目を細める。眠気ではなく、嬉しそうに。

「海斗、明日また出かけるのか?」

「そのつもり。父さんは?」

「明日もよ。そこに山がある限り……いや、そこに道がある限り……じゃなくて、山道が俺を呼んでいる」

 ぐだぐだじゃないか、と海斗が小突くと、父親に小突き返された。

 おやすみ、と軽く手を振り、海斗は和室の布団に横になる。

 この家に波の音は届かない。しかし、波に揺られる感覚は、残っている。水に浮く感覚も、浮き輪をつけたままでも泳げた小さな達成感も。

 鮮やかなオレンジ色のパーカーも、まぶたの裏に焼きついていた。

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