第18話

 見覚えのない部屋の寝具にクロウは横になっていた。

 身体は気怠さを覚えて、節々はひりひりと痛む。

 首を横にするとそこには書類を眺めているアルダの姿があった。どうしてそこにいるのか分からなかったが、その姿を見るだけで安心できた。

 ここは床だろうかと、寝起きのせいなのかうまく働かない頭で考えていた。

 アルダも目覚めたことに気付いたのか、手に持っていた書類を横に置いた。

「起きた」

「あ、はい」

「何があったか覚えてる」

 アルダがそういうのでクロウは思い出そうとした、少女の魔道具を砕いて、身体を奪われ、そこから先の記憶があいまいだった。

「クロウはね、敵の魔法を受けて丸三日眠り続けてたんだ」

 信じられなかったが、身体をうまく起こせない、それくらい寝込んでいたというのが現実味を増している。

「ほらこれ飲んで、薬らしいから」

 そうやって差し出されたものは緑色の飲み物で、見るからにまずそうな見た目だった。それをいやいや飲み干した、苦くて、不味くて、味など度外視したもののようだったが、不思議と身体を起こせるくらいの力は湧いてきた、何か特別なものが混ぜてあったようだ。

 不思議と汗ばんでいなかったのは、寝ている間も献身的な世話をしてもらっていたらしい。そしてその時になって、三日経ったという事がデミトラの護衛任務が終わっているのだということにも気付いた。

「デミトラさんは、みんなは」

「大丈夫、無事だよ。というか一番ひどかったのがクロウなんだけどね」

 ほっと胸をなでおろす。ルトラは大した怪我もなく、ニールにもそれなりの怪我をしてしまったが、日常生活に支障は出ないものだという話だった。

 そこからアルダに聞いた話では、クロウが何かしらの魔法を受けてニールに襲い掛かってきたこと、そしてしばらくすると急に気を失って倒れてしまったこと、その原因が分からなかったので緊急でリーサに駆けつけてもらい、支部に連れてきたという。

 いまいる場所は、クロウにあてがわれる予定だった部屋だという。

 リーサが診断した結果だと、魔法の種類は分からなく、もろにクロウは受けたみたいだがその影響はもうないこと、ただしその影響で数日は目を覚まさないかもしれないことを伝え、その間誰かが世話をするように言われたそうだった。

 そして今日がたまたまアルダが来ていた日だったということだった。

 護衛任務の方は無事に終わり、当初の予定通りデミトラ氏も無事に研究成果を披露できたとのことだった。そしてデミトラ氏の予想通り、上流階級として召し抱えられたという話だった。

 これまでの話を聞いても少女の事が出てこない事には焦った、受け入れられなかったのかと。そのことをアルダに問い詰めるとアルダはクロウの背の方に指をさした。

 そこには件の少女が、クロウの袖を掴み寝ていた。

「その子の事情はあたしにはよく分からなかったんだけど、ニールがこの子は敵じゃない、保護すべきだって言い張ってね、まああたしも別にどうこうしようってつもりはなかったんだけど、とりあえずここに連れてきたんだ」

 ほっと胸をなでおろし、その髪を撫でた。

 あのときの記憶は既に曖昧だったが、シイを護ると誓ったことだけははっきりと覚えていた。

 あれ、なんで名前を知っているんだおれは。

「しっかりと手を握っておかないと、なんだか消えそうな気もするのよねその子」

 アルダはそのわずかな期間で、少女の能力を見抜いていたようだった。

「自分が護るって、言ったので」

「誰に」

 クロウは思い出せなかった、誰かにそう誓ったはずなのだが、その誰かは記憶の中で曖昧になっていた。

「自分自身に」

 言い聞かせるような意味でクロウはそういったが、アルダには全く理解できなく、不思議そうな顔をしていた。

「まあそのことはおいおい話すとして、クロウ初任務お疲れさま」

「ありがとうございます」

「初めての任務だったけど、ちょっと荷が重かったかもしれないね、初任務くらいは簡単そうなのさせてあげたかったんだけど」

 確かに困難な任務だった、初めて会った人間とすぐに護衛任務へと向かった。そこにはいろんな人間がいて、いろんな思いが漂って、渦巻いて、ぶつかり合って、そして時に反発しあって。

 そのどれもが大切なものを護るために動いていて、事情があって、誰かが誰かのための正義を貫こうとしていたような、そんな光景を見た。

「でも、困ってる人を救えたんです、それだけやりがいがありましたよ」

 そういったクロウの気持ちに偽りはない。

「しばらくは安静にさせろってリーサに言われたから、ゆっくりしていてね」

 そういうと、仕事があるといってアルダは部屋から出て行った。


 天井を眺め、これからどうするべきか考えていたクロウの元に、ルトラが入ってきた。

「起きてる、良かった……本当に、良かったあ」

 入って来て早々にルトラは泣き崩れた。

 こういった組織だから、危険な目に会うことも承知だと言っても、実際に目の前で起こると冷静ではいられなかったということだろうか、クロウがそう思っていると。

「ごめんね役立たずで」

 そんな言葉が返ってきた。

 ルトラは屋敷に戻ったあとずっとデミトラの部屋の前を護っていて、全てを知ったのは、すべてが終わってからだという話だった。

 二人の足を引っ張りたくないと思って引いたルトラだったが、その無力さに、もし二人に何かあったならという不安で押しつぶされそうだったという。

「ごめんね、ごめんねわたし役立たずで」

「そんなことない」

 泣いているルトラの頭に手をやった。

「ルトラの魔法が無かったら俺たちはまともに対峙もできなかった、最高の補助魔法だったよ」

「でも、でもあたしそれしかできてない」

「しかじゃない、それだけでも十分凄いんだよ、胸を張っていいんだよ、ルトラの魔法は俺たちを護ったんだ」

 普段より身体が軽かった、もしそうじゃなければ少女の凶刃はすぐに二人を貫いただろうと、クロウは純粋にルトラを褒めていた。自分にはできないことができる人間を、素直に尊敬していた。

「で、でも、じゃあ、お世話させて、そうでもしなきゃ罪悪感で潰されちゃいそうだから」

 そのくらいならとルトラの申し入れを受ける。

 それからルトラは必要なものを用意したりすると、ルトラも用事があるからとすぐに部屋を出て行った。


 最後に入ってきたのはニールだった、入ってくると思っていなかったのでクロウは一番驚いた、ニールとクロウは水と油と言った風で、互いの考えが受け入れられることはなかったからだった。

 奇跡的にあの場でだけ通じ合ったが、それは本当にわずかな可能性で、普段はやはり犬猿の仲なのだろうと思っていた。

「どうだ」

 言葉足らずな心配する声、そのくらいは仲が悪くともするのかもしれない。

「まだ自由には動けないけど、問題はなさそう」

「そうか、すまなかったな」

 謝罪の言葉の意味も分からず、ニールがクロウに謝ることも分からない。あの場においてのニールの判断は正しい、むしろ間違っているのはクロウだという自覚もあった。

「カッとなってたんだ、わりいな」

 不器用な謝罪にクロウはある程度察した。

「しょうがないよ、ニールにはニールの考えがあったんだから」

「そうか、ありがとな」

「それにニールだって認めてくれたから、この子を保護しようって思ったんだろ」

「いうな」

 恥ずかしそうに鼻を掻き、少女を見た。

 二人の間にあった闘争などお構いなしに、穏やかな寝息を立てるその姿は、数日前まで二人を圧倒していた女の子には見えなかった。

「これからどうすんだ、まだイルシヲにいるのか」

 もしかしたら組織を出ていくと思われていたのかもしれない、だけど仮にクロウに行き場があったとしても、その気持ちは全くなかった。

「うん、この子を助けられたそれだけでも十分嬉しかったよ、まだ続ける」

「そうか、でもこれだけは覚えとけ、おまえがボロボロになったら何の意味もねえんだ、それを気に病む奴だってここに入るんだ」

 ルトラの事を言っているのだろうと思うと、向こう見ずな自分を恥じた。

 

 ニールもまたすぐに部屋を出ていき、部屋は静寂で包まれた。もともと地下にあるせいか、部屋に誰もいないと物音ひとつ聞こえない、そこに少女の寝息だけが聞こえてくる。

 強く、だけど無意識に袖を掴んでいるのはこれから何があるか分からない、不安の表れなのかもしれない。

 その手に、自分の手を重ねるとその指の力が抜けていった。

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クロウはあの日夢見た場所を追い求める @ie_kaze

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