第9話

 大切であろう依頼者との打ち合わせの場を離れてでも、クロウが確認したかったことが何かだろう、それが実はクロウ本人にもよくわかっていなかった。ただあの場に居座っていても、いざというときに戸惑い、動けなくなってしまうようなそんな予感がした。心の中の、自分でもよく分からないわだかまりが、クロウを突き動かしていた。


「クロウ君はどうするのこれから」


 そんなクロウと一緒に出てきたルトラ、クロウには彼女がなぜ一緒に出てきたか分からない。その目を見ても心の機微の様なものはやはりクロウにはわからない、ただまっすぐこちらを視線はぶれたりせず、まっすぐと向けられている。だからでこそ意味もなく外に出てきたようには見えなかった。


「さっき外から見たとき、庭師や門番の人たちを見かけたので、その方たちにここ最近、この辺りで不審な事がなかったかとか聞き込みをしてみようと思ってます」

「そう、じゃあついていってもいいかな」

「別に構いませんが」


 クロウはとりあえず思いついた考えをそのまま伝えたが、いま抱えている気持ちが、完全に自分だけの問題だということはわかっていた、だけどはっきりと分からないクロウは出来ることからやろうと決めた。


 そんなクロウに何故かルトラはついてこようとする。クロウは疑問に思う、つまりルトラは、最初から何かしらの目的があって屋敷から抜けだしてきたというわけではないという事になるからだ。


 クロウの頭の中にはいろいろな可能性が浮かび上がっていた。ひょっとするとまだ信用されていないのか、だとしたらルトラが、その肩が触れそうなくらい近くに立っているのは不自然だ、これは違う。もしかしたらあの場が退屈だったのか、外に出てすることがない方が退屈ではないか、これも違う。


 そのどれもが浮かんでは消え、浮かんでは消え、そして最後に消えたのを契機に何も思い浮かばなくなっていた、ルトラの目的には見当が付かなかった、だけど仮に監視であっても、暇つぶしであっても、二人で行動を取る分にはそのどちらもこなせることや、二人で行動する方が何かと助かるのかもしれない、そんな意図していなかったことが浮かんでくると、いつしかクロウは、一緒に行動した方がいいのかもしれないという気分になっていた、何もやましいことはないからだ。




「こんにちはお客さん」


 広がる庭園が見事なもので、クロウが少しだけ見惚れていると突然声をかけられた。声の方を向くと、その先にいた男にクロウは見覚えがあった、屋敷の外にいたとき、背の高い木の上から会釈をしてくれた庭師の男だった。今は小さな鋏を手に、剪定をしていたところだったらしく、その道具を腰につけてある道具入れに仕舞うところだった。


「おや、あなたは」

「さっき屋敷の外で会いましたね、こんにちは」


 庭師の方もクロウの事を覚えていたらしく、その物腰は柔らかなものになっていた。デミトラが言うには知人として通っている、外での簡単な挨拶とは違い丁寧に頭を下げていた。


 遠くからでも一度知った相手となるとクロウも話もしやすかった。庭師は名前をラスタといい、屋敷の庭師として雇われてい人らしく、いまはこの庭の手入れが主な仕事だと教えてくれた。


「ここの庭はどうでしょうか」

「なんというか、自分はそういう美的感覚とかはよく分からないんですけど、落ち着くいい場所だなと思いました」

「それはうれしい限りです」


 クロウが思ったことをそのままに伝える、魔法に詳しくとも、そういった分野にはまったく精通していないクロウでも、目の前に広がる庭なら何十分でもいられるような気持ちにさせられるのは嘘ではなかった。


 ラスタはそんなクロウの感想を素直に受け取った、口ぶりからすると庭を造ったのはラスタのようだった。その態度には職人としての自信と誇りがあるのか堂々たるもので、そして自分の仕事を褒められたのが素直にうれしいといった風にも見えた。


「あの、一つお伺いしてもよろしいでしょうか」


 そんなラスタにクロウが聞き込みをしようとすると、ラスタに先を越された。考えてもいなかったことだけに一瞬だけクロウの頭の中は白くなったが、すぐに冷静さを取り戻した。


「いいですよ、何かありましたか」

「ひょっとしてなのですが、デミトラ様に何かありましたか」

「それはまた、どうしてそう思われましたか」

「いえ、その、3人いらっしゃったうちの一人が、どうも雰囲気が違っていたというか、荒々しい雰囲気というか、普段デミトラ様がお呼びになる知人と少し雰囲気が違ったもので」


 ラスタはクロウたちが入ってくるところを見ていたのか、この場にはいないニールの事を言っているようだった。確かにクロウからしてもニールはどこか危険な雰囲気がある。実際喧嘩っ早いのか、クロウが入ってきた時にも噛みついてきていた。観察するのが仕事のような庭師には、遠目に見てもその気配がわかるようだった。


「彼はわたくし共の護衛です」


 クロウは嘘をつくことにした、依頼の事を秘密にしてくれというデミトラの意思を尊重しての事。そしてその嘘に信憑性を持たせるために、更なる嘘をついていった。とても自分たちの身分を明かせるわけなど無い、そしてこういう身分の方が、聞き込みにはちょうどいいのではないかと考えてもいたことだった。


「失礼しました、私たちは三日後に開催される研究発表の関係者でして、出演される方々の身辺調査を行っております」

「ああ、あの今度デミトラ様が出られるという。それはそれはご苦労様です」


 言葉を改め、丁寧な口調でそう名乗るとラスタの背筋がピンと張った。それまでの穏やかな空気が一新され真剣な表情に変わっていた。立場とはこれほどに相手の態度を変えるのかとクロウは思っていたが、さっきまでの温和な雰囲気の方がクロウは好きだったから少し残念にも思ってもいた。


「それで今日はこちらに調査に参りました、デミトラ氏には知人の知人という紹介で通っておりますのでご本人も御存じありません、どうかこの話はご内密にお願いいたします。それで、ここ最近何か変わったことなどございましたでしょうか」

「ここ最近ですか、うーん、何もないですね、平和そのものです」

「そうでしたか」


 最初からそこまで期待はしていなかった、そう簡単には尻尾を見せない見えない相手だということ、だけど敵自体は実際に存在しているのは、脅迫状が物語っていた。


「ただ少しだけデミトラ様の雰囲気が変わったというか、ピリピリしているような気はします、研究職と聞いているので、割とよくあることのようにも思っていますが、あまり根を詰めないでほしいと思っていますが」


 ラスタは流石庭師というのか、人の顔色を良く見ていた。デミトラは使用人たちには隠しているといっていたが、彼らには存外バレバレなのかもしれない。


「そうですか、ご協力感謝します、何か気になることでもあったら、何でも言ってください、デミトラ氏に関する事でも何でもよいので」

「あの」

「どうかなさいましたか、なにか思い出したとかですか」


切り上げようとしたクロウが引き止められていた。


「そうではないのですが、身辺調査という事なら私の素性もある程度は説明した方がいいのかなと思いまして」

「それは、またなぜ」

「デミトラ様がどういう人物かを知ってもらうには、私の話をするのが早いと思いまして」


その意図をクロウは測りかねていたが、デミトラという人物の、第三者からの姿がどうなっているのかは少しだけ興味が湧いていた。


「分かりました、お聞きしましょう」

「少し長くなるかもしれませんので、椅子にでも座りませんか」


 ラスタに誘われるがままに、庭に備えられていた長椅子に誘われた。ラスタ、クロウ、ルトラと座る、やけにルトラが近くに座っていたが、何かしらの習性なのかもしれないとクロウは思うことにした、そしてラスタは自分の事を語りだした。


「私は小さいころからずっと庭師、もとい植物の世話などを生業として生活をしている者です、依頼も安定して来るようなそれなりの知名度で、生活する分には何も困らない、そんなどこにでもいる庭師の一人でした」


「ある日私が酒場で仲間と飲んでいると、一人の男が難癖を吹っかけてきました、何も知らない相手です。その男は自らの技術に自信があるのか、私に向かって罵詈雑言を吐き捨て、その腕前を挑発してきました、おまえに仕事があって俺に来ないのはおかしいとかどうとか」


「私にも自分の仕事に誇りがありました、そのような場で貶されては、今後の評判にも関わるなんて思っていました、実際にはそんなことはなかったのですが、ただ代々伝えられてきた技術を、その積み重ねを、そんな尊厳を貶されそのままにしては置けないと、まあ買い言葉に売り言葉です、私は仲間が宥めるのも振り払い、その男をコテンパンにしてやろうと思いました、でもそれは本職でです、もちろん暴力的な事なんて何の意味もないですからね。そこで彼を一つの評議会に誘い、実力を競い合おうという話に持ち込みました。今思えば若気の至りです、もう何年も前の話になりますよ」


「結果は私の大勝でした、彼は予選落ち、私は最終選考までいき、優勝こそ取れはしませんでしたが、結果を見ればどちらが優れているのかなどは一目瞭然でした。彼はよほど悔しかったのか、謝罪を言わせる間もなく、逃げるように去っていきました」


「次の日私が商会に向かうと、周りの同業者たちがこちらを見てひそひそと何かを喋っていました、何か嫌な雰囲気でした、いらぬことをしてしまったのだとあとでわかりました」


「彼はどうやらお偉いさんの関係者だったらしく、その日から私に対する依頼はめっきり減りました。あらぬ噂が勝手に流れ、依頼を頼む人も減りました。何かあった時のためにと備えていた金銭的な蓄えも、徐々に底が見え始め、生活も困難になるくらいまで追い詰められていました」


「それでも仕事を探し、商会に毎日通う日々、そんなある日、私に話しかけてくる男がいました」

「それがデミトラ氏と」


「はい、ですが噂が流れ始めたくらいから、冷やかしにいろいろと聞いてくる連中がそこそこいたものですから、またそういう類の連中かと思ってました」


「デミトラ様はそんな私に、一本の木を剪定してくれるよう依頼を頼みました、屋敷の裏に映えている木で、とても大事な木だという話でしたが、デミトラ様では知識に乏しく、その道の専門家を探していたという事でした」


「幸い私はその木についての知識があり、向こうからくる依頼という意味では珍しかったのもあって、依頼を受け、木の手入れをしました」


「そしてその仕事っぷりをみたデミトラ様は、私に誓約を持ち掛けてきて、いまこの屋敷の庭師として雇ってもらっているということになります」


「後から知ったことなのですが、実はデミトラ様は私の噂について知っていたそうですが、その話を聞いて不自然に思い声をかけてくださったそうです」


ラスタは、ここにいないデミトラを仰ぎ見るかのような表情を浮かべていた。


「デミトラ様はいま現在の私の状況についても何とかしようとしてくださっていて、庭を知人に見せては宣伝をしてくださっているようで、ありがたいことにまた仕事が舞い込むようになってきました、もちろんデミトラ様の庭園が最優先ですがね。もう頭を上げることもできないくらいに感謝しております、ですがご多忙のようですので、私はこの庭を仕上げることで、その感謝の念を表していると、そんなところです」



「こんなところでどうでしょうか」

「ご協力感謝します、大変参考になりました」

「ああいった方が、上に立ってくれたならどれだけこの世は良くなるだろうかと思っております」

「ええ、私もそう思います」


クロウは本心からそう考えていた。




 ラスタと分かれたクロウとルトラは、今度は正門の方へと向かった。門の少し後ろには小さな小屋の様なものがあり、その門のすぐ傍に立っていた門番に声をかけた。


「こんにちは」

「は、こんにちはであります」


 はきはきとした喋り方をする門番だった、一本の棒が立てられているかのようにまっすぐ立って、片手に槍を持ちながら、もう片方の手は脇に添えていた、遠目から見ていた時もその姿勢は維持されていた、門番という仕事に誠実なように見える。


 槍を構えていた男は名前をアーガムといった、この屋敷の門番の仕事をしているという話だという。アーガムに対してもクロウは調査員を名乗り、いろいろと質問をしたが、アーガムもここ最近は不審人物も、変なことも起こっていないと答えていた。収穫が無いことを嘆きながらも、別の場所へと向かおうとしたクロウたちを



「あの、よろしいでしょうか」


 またしても屋敷の使用人は引き留めるのだった。



「何か気になる事でも」

「いえ、デミトラ様がどういう人物か知っていただきたくて」

「お聞きしましょう」


 二度目となるとその意図を図るのは容易で、アーガムが何を語ろうとしているのか、もうすでにクロウは理解していたからでこそ了承していた。そんなクロウの態度に、むしろアーガムの方が困惑しているようにさえ見えた。まだアーガムは話す内容を何も説明していないのだから当然でもあった。そうしてラスタの時と全く同じ流れで、クロウはデミトラとアーガムの関係について教えてもらった。



「本当はこの屋敷には、門番など最初から必要ないそうなのです」

「どういうことですか」


 初対面の時と喋り方が変わっていた、それまでは仕事向けの喋り方だったらしく、こちらが素の喋りのようだった。きびきびとはしていたが、どこか緊張を感じていた態度が軟化し、柔らかさを持った喋りになっていた。


「お客人の不安を煽るわけではありませんが、私は実は指の一部が少し動かしにくく、実のところ門番としては失格なのです。原因としては前の雇い主のところで勤めていた際の負傷です」


 そう言って指を動かして見せる、確かに動きが少しぎこちなく感じる、指の動きは緩慢な風で、ゆっくりとしか開いたり閉じたりできないようでもあった。だがそれで手に持った槍が不安定になるといった様子はなく、握り込む力の強さにはなんの支障もきたしてはいなかった。


「こういった話はよくあるものですが、私は息子がいる身として、食わせていくためにもまだまだ働く必要がありました」


「だけど一体だれが、故障を患っている人間を雇ってくれようかと、そういうことです。私はこのように武器を持てば何とかできますが、最初から問題のある人物を雇う人なんていないという、まあ考えれば当たり前な話なのですがね」


「前の依頼主から謝礼を多くはもらいましたが、それだけで生活できるわけではありません、そしてそれから全く依頼が来なくなってしまいました。しかし若いころよりこういった仕事で生活をしていた身としては、他の職に就けるわけもなく」


「途方に暮れているときにデミトラ様は現れました。私の傷や、どういう状態なのかを聞いてきました。最初は金持ちがからかいに来たものだと思っていました、前にも似たような人が来たことがあったので、少しの辛抱だと思って、早く終われ早く終われと思いつつも、質問に答えていきました。ところが質問に答え終わると、デミトラ様は考えるようなそぶりを見せながら、こんなことをおっしゃいました『ところで、誰にも狙われない屋敷が門番を募集しているそうだが、興味はありますか』と。それから私はここで門番を務めさせていただいております」


どこかで聞いたことがあるような、デミトラという男に救われた話だった。


「このくらいでよろしいでしょうか」

「はい、大変参考になりました」

「それは何よりです、是非ともデミトラ様をよろしくお願いします」


 使用人たちのデミトラへの信用が、信頼が、その言葉や態度、そして何より自分でも辛かったであろう過去を語らせるくらいには、固く結びついているのが見えた。


「いい人みたいだよ、デミトラさん」

「そう、ですね」


 ルトラにそう言われるまでもなく、クロウの意思は既に一つに固まっていた。デミトラという男はここで死なせてはいけないと。デミトラという男の背景に、どんなことがあったかは知らないが、そんなことはどうでもいいと思わせられるような周りの態度でもあった。


「しょうがないよ、初めてあった人なんだから」


 心を読まれでもしたかのように、動揺しているクロウをルトラは慰めていた。クロウにはルトラについて少し不思議に思う事があった。実のところ屋敷を出ようとしたときは一人で不安でもあった。本当に調べることは出来るのだろうかと、何かをつかむことは出来るのだろうかと。


 実際には聞き込みができていたが、それはルトラが横に立っていた心強さがあったからであって、そんな葛藤を知っているかのように、たびたび先んじて動くルトラが心強くもあった。クロウが、ルトラにまるで心を読まれているかのように感じるのにも無理はなかった、あまりにも自分に都合がよすぎた、そして今も落ち着きを取り戻そうとしている。


 だけどもし本当に心を読めたとしたら、クロウはそう考えて、その考えを振り払った、そんな人生はろくでもないことになるだろうと簡単に推測できたからだった。


「うんうん、ところでこれからどうするの」

「人は観たので、次は建物ですかね」


 クロウは屋敷の中にいたときからある程度見渡し、触れながら確認していたことがあった。残念なことに屋敷はとても侵入者に対して強いとか、そういった作りをしていないことはすぐにわかった。


 外の壁は一般人が昇ろうとすれば困難なものだったが、魔法が使える人間から見れば大した障壁でさえない、肉体を強化すればひとっとびで飛び越えられてしまう、強力な攻撃魔法なら壊すのも容易い。壁の内側には、その根元に掘りがあるわけでもなく、そもそも最初から侵入者を想定などしていなかった。それまでの評判を聞いても、黒い影も形も全く見えないような男なのだからそれも当然かとクロウは納得せざるを得ない。


 屋敷が重厚長大といった風でもなく、外から見た様子からしても、とても侵入者を阻むものではない。クロウは考えをまとめてルトラに話しかけた。


「もし依頼主を守るとしたら、屋敷の中に匿って、自分たちが侵入者を迎え撃つのがいいと思うんだけど、どうだろう」

「うん、それでいいと思う私も」


 守るには不得手な場所だった、最終的には違う場所に匿うという方法をとることも考えられるが、もし屋敷自体を監視されていたら、その移動中を狙われる可能性もある、どちらかと言えばそちらの方が危険だと思った。流石に当日に襲ってくることはないだろう、二日の辛抱だと考えていた。


 クロウはこの屋敷でできることを求め、何か手掛かりは見つからないだろうかという期待も込めて、土地をぐるりと囲んでいた壁を調べることにした。門番に頼み正門から外に出る、その時に正門も調べてみたところ、金属が格子状に組まれたもので、その隙間から槍を突き出すことができるようだった、誰でも門を守りやすい作りになっている。強度も材質も申し分なさそうで、多少の魔法では壊れなさそうだった、もし襲撃者が来るなら、ここからは来ることはないだろうということも、クロウは何となくわかった。


 クロウ達は辺りを見渡しながらも外周を回っていた。屋敷に来た時には歩かなかった場所、見えていなかった場所までくまなく調べてみたが、壁に穴が開いていたり、ひびが入っているといった様子、脆くなっていそうな場所なんかは見当たらなかった。裏口の扉も念入りに調べてみたが、固い物質でできているのか、手で叩いても高い音が響くだけでびくともしない、なかなかに頑丈な扉に見える。


 外周を見渡しても問題はなかった、魔法を封じる道具を置ければ多少は効果があったかもしれないが、領地全域を守るようなものをすぐに用意ができるとも思えなかった。

 いよいよ籠城が可能性としてあがってくる、何かないか、何かないかと、可能性をほんのわずかでもあげられるように、必死になってクロウは頭を動かしていた。



「ね、ねえクロウ君、あの子いつからいたっけ」


 そんなクロウをルトラは裾を引っ張りながら、不安そうな声で呼んでいた。屋敷を出るときから見せていた自信のようなものがその時だけは全く見えなかった、震えているようにも見える。そして一体何に怯えているのか、クロウがルトラの指を差した先を見ると一人の少女がいた。

 

 そこにあったのは白い髪の後ろ姿で、ルトラよりも小さい女の子のように見えた。儚さというか、今にも消え入りそうな印象を受けるその後ろ姿に、クロウもその警戒心が最大まで高まっていた、少しでも集中を解けば、すぐに見失ってしまいそうな少女、そしてその立っていた場所は、クロウが一度目を向けていた先でもあったからだった、ルトラに言われるまでその姿を補足できていなかったということでもあった。

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