第2話

 出払っている他の職員に、依頼を受けて外に出る旨を伝言板として残すと、クロウは建物の奥の方に入って行った。建物の奥にはプロキシから支給された装備品が並べてあった、少しくすんでいるが、その辺に売っているものよりは上等なものだった。だが町はずれの支部だからか、簡単な依頼しか受けられないこの場所のせいか、必要最低限のその辺にいる獣を狩るレベルの装備しかなかった。クロウはその装備を見ながら、今回の依頼は仕事ではないと考えると、今度は自分の私物入れを開いた。


 クロウは自分だけで処理して、そして自分だけで解決すると決めていたからでこそ、支給品には手を付けられなかった。そして自分の私物入れから武器と防具を取り出してきた。どこにでも売っているマント、刀身の反対側に等間隔の溝がある短剣、軽く扱いやすい手甲に脛の当たりを軽く守る足甲。クロウは軽くたたいてそれらの調子を確認した。小さな傷がいくつも残って目立っていたが、その機能自体に問題がない事を確認すると手早くその装備を身に着け、クロウは急いで少年たちの言っていた秘密基地に向かって行った。



 少年たちに言われた場所についたクロウがその異変をすぐさま感じ取ることができたのは、何者かが放った探知の魔法の余波を、その肌で感じ取ったからだった。まだ魔法の効果範囲には入っていないかったが、それでも広大な範囲にまき散らされていることがその残滓から分かると、この場の異常さがより際立っていた。言われた場所は森の奥の方で、魔獣さえ出てきそうなほど人気のない場所だった。


 クロウの中の警戒心がより高まると、クロウはその場で自分のマントに探知系魔法を阻害する魔法を纏わせて先に進むことにした。クロウが思っていた以上に危険な状況だとわかると、自然とその歩みも早くなっていた。幸いだったのはまだこの魔法が外に向けて撃たれている事が分かることで、建物の内部にはまだ向けられていないようだったが、最後には中も調べるのは簡単に想像できた。もしその時にライと言う少年がいたら、クロウの中で強烈な寒気が走った。


 ひょっとしたらそこにはいないかもしれないという事を祈りたかったが、祈ってもどうにもならないことがあることをクロウは知っていた。だからでこそ無い可能性よりもある可能性に無駄な労力を割いた方が幾分かましだと考えることにした。他の人からすれば貧乏くじを引いたと思われるかもしれない、もしかするとこの依頼はそう安請け合いしてはいけない物の類だったのではないのかとも考えた、クロウはわかっていた、他の職員があの少年たちの話を聞いたとしても、恐らくは誰も依頼を受けないだろう。無銭で危険な仕事に誰も好きで関わろうとはしないだろう。



 そういう意味ではこれは自分が選ばれたのだと考えていた。



 先へ進むほどに監視の目は多くなっていた、普通ならばこれほど広範囲に魔法を撒いていれば治安を守っている騎士たちが駆けつけてきそうなものだったが、森の深いところということもあってかその目も届かない。それでもこれほどの厳重な体制は何が行われているのか、クロウは自分が何か得体のしれないことに首を突っ込んでいるのではないかと思った。そして一度引き返すべきかと思ったが、頭の中を少年たちの顔が過ぎる。その不安そうな顔が、少し緩んだ、あの顔を笑顔にしなければいけない、それが自分の依頼だと思って奮い立たせる。


 周囲の監視が多く、そして厳重になってきた、遠目に見るとフードの男たちが巡回しており、そこから先は人の目もあることが分かった。魔法を反射するマントだけでは限界を感じたクロウは、人の目からも存在を誤魔化すことができる認識阻害の魔法へと切り替えてマントに掛けた、自然の風景と同化する魔法は完全にクロウの姿を隠す、そのすぐ横をフードの男たちが横切った、目と鼻の先で、あと一瞬遅れていれば、そう思うと汗がたらりとこぼれる、まさに間一髪だった。


「ん、いまなにか」

「なんだ、何かいたのか」

「いやなんでもない、気のせいだったようだ」

「そりゃそうだ、鼠一匹逃がさないってくらいの気の張りようだからな、なにやってるかは知らんが」

「だな、でもあんま首を突っ込むべきじゃない事だけは確かだ、さ、戻るぞ」


 クロウは男たちのすぐ真横にいた、ほんの少し腕を振るえば当たるような至近距離、一瞬だけフードの男の一人がクロウの方を見たが、ほんの一瞬クロウの魔法の方が早かったおかげで見つかることはなかった。

 

 クロウの目には、フードの男の腰に武器が刺さっているのが見えた。鞘に入っていないその剣が少し刃こぼれをしているのが見えた、その剣がよく使われているのだと見受けられると心臓が高鳴り始めるのを感じた。よく使われている、実戦向きの剣だということを意味していた。監視の二人がその場を離れるのを確認して、クロウは息をひそめて、だけどできる限り急いで通り抜けていった。底知れぬ不安がクロウにまとわりついていた。



 少年たちが教えてくれた場所にあったものは廃棄された工場だった、打ち捨てられてから長い時間が経っているのか、屋根はところどころ剥がれおち、途中に見た立ち入り禁止の看板がなくとも遠目に見れば危険な場所だった、だからでこそ人が近寄ろうと思えない場所でもあり、怪しい取引をするとすればここはうってつけの場所だろうと。そして子供たちが遊び場にする気持ちもクロウは理解できた。


 監視の包囲網を抜けてここまで、目に見える範囲ではフードの集団は見かけなかった、それが逆に中で行われるであろう何かを、より怖いものに見せていた。監視をしている末端の連中でも、その建物に近寄らないことを命じられている、そういう意味でもとらえられるのだから。慎重に音を立てないように歩き、クロウは半開きになっていた扉の隙間から建物の中に入っていった。


 中には大量の木箱が放置されてあった、クロウの身長よりも少し大きいくらいの木箱は、クロウにもその中を伺うことは出来なかったが、劣化のせいかその中身が散らばっている、藁だったがその中には昔は何かが入っていたのかもしれないが、いまは何もないように見える。そして木箱と木箱の間から、さっきまで見かけていたフードの怪しい集団と、それとは別に身綺麗な男が二人向かい合っているのがクロウには見えた。遠くにいるその姿をはっきりとはとらえられなかったが、その手に持っているケースが目に入ると、何かしらの取引をここで行うつもりなのだろうとクロウは悟った。


 男たちに見つからないようにその様子を伺ったが、フードの人間やその陰に隠れて見えないが、明らかに実力の違う存在が、その向こう側にいるような、そんな感じがした。その全てが襲い掛かってきても返り討ちに出来る、そうでなくとも逃げ切ることができる、そう考えられるほどクロウはうぬぼれてはいなかった。


「ここは大丈夫なのか」

「ええ、周りには人払いも済ませてありますし、立ち入り禁止の区域だから一般人も来ません、森の奥ともなれば騎士団もここまで来たりはしないでしょう」

「念には念を入れてここでも探知魔法を使わせてもらうが構わないな」

「どうぞどうぞ、お気のすむまで」

 

 取引をしようとしていた男たちの一人は酷く神経質らしく、細心の注意を払ってその取引に挑もうとしていた、だがそのことが今のクロウを焦らせる、その行動を予想はしていたが、いまだにクロウはまだライという少年がいるのかいないのかさえ分かっていなかったのだった。


 指示を受けたフードの男のうちの一人がその用意を始める、クロウは急いでライという少年を探した、もしこの場で見つかったら恐らくは殺されてしまう、必死に目を配らせるクロウは男たちのいる場所の近くの木箱、その一つに目がいった。見えたのは木箱の端に引っかかった布と、その模様だった。木箱の中に藁が入っているのはわかっていたが、廃棄されているこの工場に、服が入っていることはないだろう。


 クロウの嫌な予感は的中した、その木箱の上に少女が立ち上がろうとする姿が見えたからだった。少女だった、クロウはその姿を見ながら、そういえば少年だとはひとことも聞いていない事に気づいた。


 眠ってしまっていたのか、そして周りの騒々しさに起きてしまったのか、目を擦りながら立ち上がった少女は、重心をうまく取れなかったのかよろけ、踏ん張ろうとしてはいたが木箱から落ちようともしていた。


「あ、あ、あ」


 そこからのクロウにもう考える余地はなかった、自分に身体強化の魔法をかける、地べたに落ちるよりも早く、とにかく早く、少女の身体が地面にぶつかるより早く、その全ての力を振り絞って少女を受け止めようと飛び出した。


 男たちの横をすり抜け、注視していなければ目でとらえられないほどの速さになったクロウは空中で少女を捕まえることに成功した、だがその勢いを殺せず壁にぶつかろうともしていた。クロウはとっさに背を向け少女を庇う。


 強烈な衝撃と共に身体から空気が吐き出され、クロウは一時的に動けなくなった。少女は気を失ってしまったのか目を開けなかったが、規則正しい呼吸がその無事を知らせていた。


 突然現れた闖入者に呆気に取られていた男たちだったが、その姿を確認して、クロウがただの一人の青年だとわかると各々が武器を構え始めた。


「貸し一つですよこれは」

「まいったなこりゃ、ははは……はあ……おい、あいつを殺せ」


 苦笑いを浮かべていた男の一人がそう命令するのと同時に、武器を構えたフードの男たちはいっせいにクロウめがけて走り出した。少女を受け止めるために全力を出し、壁にぶつかったクロウはすぐに対応ができなかった。息を整える隙も無かったクロウはせめてものという思いで少女を庇い背を向けて目を瞑った。


「ああ、やっちゃったかな」


 そうクロウが呟くと、クロウは出せる力の限りを振り絞り、少女に偽装魔法をかけて、来るであろう斬撃に備えた。クロウは剣で斬られることを想像していた、だが実際には空から何かが突然何かが落ちてきたような衝撃と共に、地面を覆っていた埃が巻き上げられた。固く目を瞑っていたクロウにはその姿が見えない、その背に突然の衝撃と風圧を受けながら、なにが起こったのか確認しようと後ろを振り返った。砂埃が晴れると一人またフードを被った人間がそこに立っていた。背丈はクロウとあまり変わらないように見えるが、それを惑わすかのように長い大剣がその背中に掲げてあった。クロウを庇うように前に立っているところからして彼らの味方ではないのが分かった。


「大丈夫」


 その声がクロウに掛けられている言葉だと分かるとクロウは少しだけ安心した、あの少年たちが誰かに連絡を取って、それで送られてきた応援か、もしくは支部に置いた書置きから読んでもらった増援か、クロウがそのどちらかを想像すると心細さが少しだけ紛らわされていた。

 背丈か、もしくはそれ以上もある大剣をその人物は振り回し、フードを被った者たちをことごとく倒していった。だがその誰も殺してはいない、多少傷がついている者もいたが、その全てがみねうちだという事がその人物の技量の高さを表していた。

 クロウはその剣技にほれぼれとしていた、クロウは既にその人間を本部の人間だと思い込んでいた。本部はよほどすごい人間を送ってきたのだなとクロウは感心していたが、それほどの凄腕の人間をクロウは本部に顔を出したときにだって会った記憶がなかった。ひょっとすると自分が知らない職員だろうか。クロウはいろんなことを考えていたが、その声を聞くと思考が止まった。


「あー、ひょっとして、クロウかお前」


その声は目の前に立っている人物からではなく、その先の怪しい集団の方から聞こえてきた。クロウにとって聞き覚えのある声は、この場所で聞きたくはない声でもあった。


 クロウは一度だけ先輩職員の、要人警護の依頼に同行したことがある。プロキシでの恒例行事らしく、先輩職員の姿を見せて覚悟を問うというのが目的だとも聞いていた。クロウが同伴したときのその任務は何も起こらず無事に終わったが、先輩職員たちの後姿が今でもクロウの記憶に残っている。民の平和を守るというその姿は、いつか夢見た勇者のような姿を彷彿とさせ、そしてその姿がクロウにとっての目指すべき目標に変わっていた。そのガルムがクロウに向かって武器を構えていた姿をクロウはいま見ていた。


「なんで……なんでガルムさんが、そっちにいるんですか」

憧れたその姿がこちらに武器を構えて立っている。それも怪しげな取引をしていた集団をかばうように。

「何でって、みりゃ分かるだろクロウ」

クロウは理解したくなかった、何でも屋と言っても犯罪行為に繋がるような依頼は見たことがない、それは依頼書に掛けてある魔法ではじかれるという説明を受けていたからであり、つまりいまガルムがここにいるのは個人で受けた仕事だということを意味していた。


「ガルムさん、本部の人がこんなこと知ったら」

「お前知らねえのか、いや知ってるわけがないか下っ端じゃ、そりゃそうだよな、くっくっく」

「な、なにがですか」

「最後になるだろうし教えといてやるよ、依頼書の中にはな、その依頼書にだけはなんでも頼むことが出来る特別なものがあるんだよ。殺しも、人攫いも、もちろんそれなりの代価を貰うがな」

「つまりこれはプロキシの仕事だ」

「そ、そんな話聞いたことがない」

「そりゃそうだ、プロキシでも本部にいる人間しか知らねえ、お前みたいな研修が知ってるわけがねえんだわ」


クロウの頭の中に、本部での光景が浮かんでいた、つまりあの人も、あの人も、こういう仕事があるのを知っていた、そしてしていたという事なのか、クロウは認めたくない事実を前に、それでも頭の中で否定していた。だがどれだけ否定しても目の前の光景だけは変わってくれなかった。ガルムはいま敵なのだとクロウは否定することができなかった。


「運が悪かったなクロウ、お前が研修を終えた状態だったら何とかなったかもしれない。お前はなかなか優秀な人間で本部に入れられないかという話もちらほら見えてたんだ、もちろんすぐにってことではないが、お前ならだれよりも早く上に来れただろうがな。だがお前はそれより前に知ってしまった、俺も心苦しいがこれも仕事なんだ」


 憧れだった人に褒められたことも、既にクロウには届いていなかった。プロキシの裏の顔が、クロウにとってはその褒められたことよりも衝撃だった。だから放たれた魔法にクロウは気づけなかった。必要最低限に人を殺すだけの雷の魔法が一直線にクロウに向かって飛んでいったが、クロウの脳裏に浮かんでいたのは憧れが壊れていこうとする光景だった。


「私を無視して話を進めるんじゃないよ」


目の前の人物がクロウのすぐ近くまで飛んでいた魔法を剣で叩き落としながらそういった。激しい動きのせいかフードが外れた。後ろからみたクロウにはその燃えるように赤い髪が、何処かへ行こうとしたクロウの心をつなぎ留めた。

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